見出し画像

虹くりっぷさんのテーマに応募させていただきました。

テーマは、「名前のない休日」

7月3日(木)まで募集しているそうです(*'▽')


影が語る、名もなき休日

北欧の夏は、夜がなかなか訪れない。

太陽は地平線のすぐ上をゆっくりと滑り、森の針葉樹たちの影を長く、淡く引き伸ばす。

村の子どもたちは、夕食を終えると、自然と森の縁に集まり始めた。

誰が声をかけるでもなく、ただ、毎年この季節になると、そうするのが当たり前のように。

森の入り口には、まだ日差しが残っている。

けれど、木々の間を抜けると、そこには淡い光と深い影が織りなす、静かな舞台が広がっていた。

子どもたちは、地面に落ちる自分たちの影を見つめ、手を伸ばし、指を曲げ、鳥や狐、時には想像上の生き物を作り出す。

影が重なり合い、踊り、森の床に物語が生まれる。

「ほら、見て。これはトナカイだよ」

一番年上のアストリッドが、両手を頭の上に掲げて角を作る。

ほかの子たちが笑いながら真似をする。

誰かが足元で小さなウサギを作り、また別の子が大きなクマを作ろうと手を広げる。

やがて、大人たちもぽつりぽつりと集まってくる。

手にはまだ温かいコーヒーのカップ。

遠くから子どもたちの声を聞きつけて、自然と足が森へ向かうのだ。

誰も「今日は何の日?」とは尋ねない。

ただ、みんながここにいることが、何よりの祝祭だった。

大人たちは木の幹にもたれ、子どもたちの遊びを見守る。

時折、誰かが懐かしそうに手を動かし、子どもたちに混じって影絵を作る。

昔は自分たちも、こうして遊んだのだと、柔らかな微笑みがこぼれる。

森の奥からは、鳥のさえずりがまだ聞こえる。

風が針葉樹の枝を揺らし、葉の隙間からこぼれる光が、影の輪郭を揺らめかせる。

アストリッドのトナカイが、誰かのクマと出会い、森の床で静かに向き合う。

影たちは、まるで自分たちだけの物語を紡いでいるようだった。

ふと、年配の女性が静かに歌い始める。

古い北欧の子守唄。

誰もが知っているその旋律に、子どもたちの声が重なり、森の中に穏やかなハーモニーが広がる。

影絵の動きがゆっくりと、優しくなっていく。

太陽は、ようやく森の向こうへと沈みかけている。

それでも、空はまだ明るい。

子どもたちは名残惜しそうに、最後の影絵を作る。

大人たちは、そっと肩を寄せ合い、今日という一日を心に刻む。

「また明日もできる?」

小さな声が聞こえる。

「もちろん。明日も、明後日も、好きなだけ。」

この村には、特別な名前のついた休日はない。

でも、こうしてみんなが集まる日が、何よりも大切な「名前のない休日」なのだ。

森の影と光が織りなす、静かでやさしい祝祭。

誰の記念日でもないけれど、誰もが心に残す、北欧の夏のひとときだった。


最後までお読みいただきありがとうございました。


いいなと思ったら応援しよう!

伊藤ようこ| 強み×IT×AIで女性起業家をサポート| 自己受容から始まるしなやかな生き方note あなたの応援が、私の毎日の創作の原動力になっています。最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。いただいたサポートは、書籍の購入など、これからの活動に大切に使わせていただきます。みなさんのおかげで、毎日noteを書くことが楽しみになっています。