#シロクマ文芸部 漂着~早朝の緑色の瓶~短編フィクション小説
小牧幸助さんのお遊び企画「早朝に」にもう1作品滑り込み参加です。
締切は本日、1/28(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。
漂着~早朝の緑色の瓶~
早朝に、海辺で拾った瓶の中に、知らない子どもの絵が入っていた。
それは私の幼い頃の家を描いていたものだった。
波の音が遠くで響く中、私は砂浜にしゃがみこんだ。
冷たい海水が足首を濡らし、手の中の瓶が朝日を反射して眩しい。
緑色のガラスは、どこか懐かしい色だった。
慎重に栓を抜く。
中から、折り畳まれた紙が一枚。
濡れてはいるものの、絵の具は奇跡的に残っていた。
そこには、見覚えのある古い家が描かれていた。
庭に一本だけ立つドウダンツツジの木。
玄関の赤いポスト。
窓に掛かる、白地に小さな花柄のカーテン。
間違いない。あの家だ。
胸が締め付けられる。
息が詰まる。
あの家は、六歳の私が家族と一緒に暮らした、最後の場所だった。
母と父が別れる前、毎朝あの窓から海が見えた。
台所では母が味噌汁を温め、父は新聞を広げていた。
私はドウダンツツジの木の下で、砂遊びをしながら二人の会話を盗み聞きしていた。
「もう無理だよ」
「少し考えさせて」
そんな言葉が、朝の静けさを切り裂いていた。
そしてある日、父が家を出ていった。
それ以来、私はあの家を思い出すたび、胸が痛んだ。
家族がバラバラになった場所。
二度と戻れない、失われた時間。
瓶の中の絵を、震える指で広げる。
子どもの下手なタッチで描かれた家は、どこか幸せそうだった。
煙突から煙が上がっている。
庭には花が咲いている。
窓からは、暖かな光が漏れている。
まるで、あの家がまだ、家族で満ちていた頃のようだ。
ふと気づく。
絵の隅に、小さな文字が書かれている。
「みんながまた一緒にいられますように」
その筆跡に、私は息を呑んだ。
間違いない。私の字だ。
記憶の底が、急にざわめき始めた。
あの家の裏庭に、小さな小屋があった。
そこには絵の具と紙がしまってあって、私はよく絵を描いた。
母が台所で泣いているのを聞いた夜。
父が帰ってこなくなった朝。
私は小屋に隠れて、家を描いた。
家族みんなが笑っている、家を描いた。
そして、その絵を瓶に入れて、海に流した。
「戻ってきてくれるなら、なんでもいいから」
そう願いながら。
何枚も、何枚も。
砂浜に座り込む。
膝を抱えて、瓶を胸に抱く。
波の音が、遠くで響いている。
何故、今になって、この絵が戻ってきたのか。
三十年以上経った今、海がそれを私に返してくれたのか。
涙が、こぼれ落ちる。
でも、それは悲しみの涙ではなかった。
あの頃の私は、ただただ、家族が元通りになることを願っていた。
大人になった今も、心のどこかで、同じ願いを抱えていたのかもしれない。
でも、現実は違う。
母は新しい人生を歩んでいる。
父は遠くで、静かに暮らしている。
私は、ひとりでここまで来た。
それでも、この絵は教えてくれる。
あの頃の私が、諦めずに願ったこと。
どんなに辛くても、希望を捨てなかったこと。
空を見上げる。
朝日が雲の間から差し込んでくる。
木の長い影が砂浜に伸びている。
あの家は、もうない。
でも、私の中には、あの頃の願いが生きている。
家族が元通りにならなくてもいい。
それぞれが、それぞれの場所で、生きている。
それでいい。
私は立ち上がる。
瓶の中の絵を、大切に畳んで、バッグにしまう。
海に向かって、小さく手を振る。
あの頃の自分に。
そして、これからの自分に。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
波が寄せては返す。
遠くで、カモメが鳴いている。
私はゆっくりと、砂浜を後にした。
足跡が、朝日の中で輝いていた。
~ 終 ~
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