#シロクマ文芸部 光が散る朝に~短編小説~
小牧幸助さんのお題で書きはじめる企画「シャボン玉」に参加です。
締切は4/8(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。
※この物語はフィクションです。
シャボン玉が目の前をよぎったような気がした。
春の朝、商店街の通りに淡い光が差し込む。
パン屋のバターの香り、花屋のチューリップ、遠くで小学生の笑い声。
幸助は、会社へ向かう途中、いつもの時間、いつもの道を歩いていた。
だが、その朝、視界にふわりと漂うものがあった。
シャボン玉。
ひとつ、またひとつ。
風に乗って通りの真ん中を揺れながら進んでいく。
そして、その向こうに少女が立っていた。
白いワンピース、肩までの黒髪。
手には小さなシャボン玉の道具。
顔はよく見えないが、光を受けて笑っているように見えた。
幸助は一瞬、足を止めた。
次の瞬間の風でシャボン玉も少女の姿も消えていた。
それからというもの、彼は毎朝その通りでシャボン玉を見るようになった。
雨の日でも、曇りの日でも、必ず一瞬だけ光る泡が浮かぶ。
そして決まって、向こうに少女の影。
何度か声をかけようとしたが、近づくたびにその姿は霞のように溶けてしまう。
ある日、思い切って花屋の店主に尋ねた。
「ここでよく、女の子がシャボン玉をしていませんか?」
老店主は少し驚いた顔をして言った。
「……ああ。昔はよくいたよ。でもね、その子、もう十年も前に」
そこで言葉を止めた。
十年前、商店街の角で起きた交通事故。
小さな女の子が、学校へ行く途中にトラックに巻き込まれた。
その子の手には、壊れたシャボン玉の道具が握られていたという。
幸助は息を呑んだ。
あの朝の光景が、脳裏で再生される。
いつも通りに歩いていた、自分の高校時代の姿が浮かぶ。
通学途中、イヤホンをして通り過ぎたあの日。
サイレンの音が遠くから聞こえていた。
——まさか、あのときの。
胸が熱くなり、膝が震えた。
翌朝、彼は早めに家を出た。
商店街の入り口に立ち、静かに空を見上げる。
そして、ゆっくりと息を吐きだした瞬間、光の粒が舞い上がる。
いつものシャボン玉だ。
少女がこちらを見ている。
小さく笑っている。
幸助は一歩踏み出し、そっと言った。
「……ごめん」
風が吹いた。
シャボン玉がはじけ、光の欠片が通りに散った。
次の瞬間には、誰の姿もなかった。
それからというもの、シャボン玉は現れなくなった。
けれど通勤のたび、幸助は空を見上げる。
春の光が商店街に降り注ぐ。
その中に、丸い光がひとつだけ弾けた気がして、彼の胸の奥が静かにあたたかくなった。
~ 終 ~
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