#シロクマ文芸部 忘れ物~短編小説~
小牧幸助さんのお題で書きはじめる企画「波の音」に参加です。
締切は7/22(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。
※この物語はフィクションです。
波の音。
寄せては返す、その変わらないリズムを聞くたびに、私はここへ帰ってくる。
何かを探しに来ているはずなのに、何を探しているのか、自分でもよくわからない。
砂浜をゆっくり歩く。
丸くなった石。
波に磨かれたガラス。
小さな貝殻。
どれも「これじゃない」と思いながら、気づけばまた足元を見つめている。
子どもの頃、この海で夢中になって貝殻を拾っていた。
夕暮れになって母が、
「そろそろ帰るよ」
と呼んでも、
「あと一つだけ。」
そう言って、しゃがみ込んでは砂をかき分けていた。
あの頃は、探しているものがちゃんとあった。
大人になった今は、何を探しているのかさえ、わからなくなっている。
仕事を頑張ってきた。
誰かの期待に応えようと必死だった。
いい人でいよう。
迷惑をかけないように。
もっと役に立てるように。
そうやって歩いてきた道は間違いではなかった。
でも、いつからだろう。
「私は何が好きだった?」
そう聞かれても、すぐには答えられなくなったのは。
波が足元までやってきて、私の足跡を静かに消していく。
その景色をぼんやり眺めていると、小さな女の子が砂浜を走ってきた。
「あった!」
嬉しそうに貝殻を握りしめ、お母さんのところへ駆けていく。
その笑顔を見た瞬間、不思議と胸が熱くなった。
私はずっと、何かを忘れてしまったと思っていた。
夢かもしれない。
自信かもしれない。
勇気かもしれない。
そう思って、この海へ何度も足を運んできた。
でも違った。
忘れていたのは、「何をしたいか」ではない。
「どんな私だったか」でもない。
もっとずっと手前にあるもの。
誰かに合わせる前の私。
ちゃんと笑えていた私。
理由なんてなくても、好きなものを好きと言えていた私。
探していた忘れ物は、
ずっと、この胸の奥にいた。
海は何も教えてくれなかった。
ただ、変わらず波の音を響かせていただけだった。
けれど、その音はまるで、
「おかえり」
そう言ってくれているように聞こえた。
~ 終 ~

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