#シロクマ文芸部 灯台の約束~短編小説~
小牧幸助さんのお題で書きはじめる企画「波の音」に参加です。
締切は7/22(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。
※この物語はフィクションです。
波の音。
その音を聞くたびに、不思議と心が静かになる。
答えを探しに来たわけじゃない。
ただ、少し立ち止まりたくて、この海へ来た。
岬の先に、小さな白い灯台が見える。
子どもの頃は、あんな細い光で船を導けるなんて信じられなかった。
今なら少しだけ、その意味がわかる気がする。
灯台は船を引っ張るわけじゃない。
進む方向を命令するわけでもない。
ただ、そこに立ち続けているだけだ。
その日、灯台のそばで一人の老人に出会った。
年季の入った帽子をかぶり、海を眺めながらベンチに座っていた。
「迷った顔をしているね」
突然そう言われて、思わず笑ってしまった。
「そんなに顔に出ていますか」
老人は小さくうなずいた。
「みんなそうだよ」
少しの沈黙のあと、老人は海を見たまま話し始めた。
「昔、この灯台を守っていた頃ね」
私は思わず姿勢を正した。
「嵐の日ほど、船は灯りを探す。でもね」
老人はゆっくり続けた。
「迷わない船なんて、一隻もなかった」
その言葉に、私は息をのんだ。
老人は穏やかに笑う。
「迷うから灯りが必要なんだ」
「迷わない人なんて、いない」
「もし、そんな人がいるように見えたら、それは迷ったことを話していないだけさ」
その瞬間、胸の奥で張りつめていた糸が、ふっとほどけた。
私はずっと、自分だけが迷っていると思っていた。
やりたいこと。
これからの人生。
仕事。
人との距離。
選んだ道が正しいのか。
誰にも聞けず、一人で答えを探していた。
でも、本当は。
迷うことは、進もうとしている証なのかもしれない。
老人は立ち上がり、灯台を見上げた。
「灯台は船の代わりに航海はできない」
「でも、帰る場所があるって知らせることはできる」
その言葉は、まるで私自身に向けられた約束のようだった。
帰り道。
夕陽に照らされた灯台は、何も語らなかった。
それでも、その白い姿は静かに立ち続けていた。
私は振り返って、小さく会釈をした。
迷わなくなる日は、きっと来ない。
でも、迷ってもいいと思えた日から、
人はまた、一歩を踏み出せるのかもしれない。
波の音は、今日も変わらず海に響いていた。
~ 終 ~
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