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短編ドラマ「名もなき主役たち」第15話「この電車、明日には走っていないかもしれないから」

最終電車。

蛍光灯がブーンと鳴ってる。
線路の継ぎ目が、ピッチ、ピッチとタイヤを小突く。
眠いんだか、考えごとなんだか。
この時間の電車は、今日と明日の“すきま”を運んでる。

ホームに響くドアの開閉音。
フードを深くかぶった若い男が乗ってきた。
学生か、新入社員か。顔に“今日しゃべってない感”がべったりついてる。

乗るなり、ぺたんとドア脇にしゃがみこむ。
背中を窓に、リュックを抱いて、スマホをいじる。
見られたくないくせに、どっかで“誰かに気づいてほしい”顔してる。

向かいのロングシート。
ネクタイがはちまきになったサラリーマン3人組。

「主任がよぉ、カキフライ2個だけ残して“もう入んねぇ”ってさぁ」
「それ、胃袋じゃなくて、心の問題だろ」
「いや、“誰か食べるかな”って顔してたぞ」

くだらない会話。
でも、たまに“間”が真剣で、妙にいい。
そのうちの1人は、笑いながら、結婚指輪をそっと撫でていた。

車両の隅では、年配の女性が居眠り。
「おたふく焼き菓子本舗」の袋が、腕にひっかかってる。
誰に渡すのか。家族か、病室の誰かか。
それとも、持って帰る“理由”としての土産か。
眠ってるのに、その紙袋だけはしっかりぶら下がってる。

電車が動き出す。
フードの男が立ち上がる。
スマホを開いて、文字を打ちかけて……止まる。

「……やっぱ変か。電車の中で送るとか」
「いや、今しかないんだよな。今送んないと、明日には……」

わざと聞こえるくらいの声量。
誰かに止めてほしいのか、背中を押してほしいのか。
缶チューハイを持ったサラリーマンが、にやっと笑う。
「わかるぜ」って顔だけして、何も言わない。そういう連帯。

次の駅。ふたり組が乗ってくる。
大学進学が決まった兄と、高校2年の弟。
部活帰りのジャージ姿。
背丈は似てるけど、間に見えない“壁”がある。
でも、その壁は、音を通す。

兄がぽつりと言う。

「……たぶん、これが最後。一緒に電車乗るの」

弟は、イヤホンを片耳だけ外す。

「明日、引っ越すんだ。寮。ひとり暮らし。
言うタイミング、逃してさ……。
でも、電車の中なら、なんか言える気がして」

弟は、黙ってコードを指に巻きつける。
ふーんとも、マジかとも言わない。
ただ、少しだけ体を兄の方へ向ける。それだけ。

兄が続ける。

「……この電車、明日には走ってないかもしれないからさ」

車内に、妙な空気が流れる。
湿気じゃない、冷気でもない。
人間の“よれ”みたいなものが、車両の角にたまっていく。

フードの男は、まだスマホを見つめてる。
打ちかけの文章が、画面に点滅してる。
送信できずに、ただ“間”が過ぎていく。

ドアが開く。
乗ってくる人はいない。
誰かが降りて、誰かの今日が、ホームに置き去りにされる。

言いそびれた一言。
飲み残した勢い。
勇気のつもりで買った缶チューハイ。
誰にも見せられなかった涙のタネ。

床のきしむ音と一緒に、それらが運ばれていく。

車両の一番うしろ、老人がひとり。
眠ってるのかと思いきや、目はうっすらと開いてる。
誰にも話しかけられない時間帯を、知り尽くした人の顔だ。

リュックは古びていて、
地図が1枚、くしゃっと丸めて差し込まれている。
行き先じゃなくて、居場所を探してる感じ。

フードの男は、スマホをそっとしまって、降りていった。
送れなかったメッセージと、言えなかったタイミングを残して。

誰にも言わなかったけど――
今日は、彼の誕生日だった。

誰にも祝われず、誰にも見つけられず、
でも「なにかが変わるかもしれなかった日」として、ちゃんと終わった。

兄弟も、同じ駅で降りる。
「じゃあね」も言わず、曖昧な手振りだけで別れ、
それぞれ違う方向の階段へと歩いていく。

終点。
老人が、ゆっくり立ち上がる。
夜の空を仰ぐ。月も星も、なーんもない。

けれど、その目は、ちゃんと何かを見ていた。

「この電車、明日には走ってないかもしれないから」

あの言葉は、兄弟だけの会話じゃなかった。
この夜、同じ電車に乗った、誰かの“今日”すべてに触れていた。

最終電車には、名もなき主役たちが、静かに揺られていた。

「あと一歩」が踏み出せなかった人。
「最後のひとこと」がどうしても言えなかった人。
「おかえり」と言う相手がいない人。
笑ってもらうために、くだらない話を繰り返す人。
理由もなく、ただ夜に揺られていたい人。
そして、“今日が誕生日だった人”。

彼らがそれらを置いていったのか、
抱えたまま持ち帰ったのかは、誰にもわからない。

ただ、まるで何もなかったかのような顔で、
その夜の揺れのなかから、静かに降りていった。

そして――最終電車は、
まだ終わり切れない夜を、もう少しだけ走っていく。

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※本作に掲載している写真は、記事のイメージに基づいて作成したものです。
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