遊ばうや  鬼りんご

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 遊ばうや

或ひは能動的認知障害


この橋 いいねえ この反り加減この風情/
だいたい 橋つてのはいいもんですよ/
橋の下には ほれ たいてい川の流れてやつがある/
水がどんな深さ速さでどんなカアヴで流れるか/
橋脚のところにどんな渦ができてるか/
橋からどんくらゐ低いとこ流れてるか そゆのがね/
ひとつひとつの橋それぞれの趣といふやつでな/
飽きないやね いくら見てても/
水の流れてのは真理のすがたの まあ 象徴ちふか何ちふかね/
この橋を渡れば向かふの未知の領域へさまよひこめる/
誘ふみたく橋の袂の柳なんぞがしなりと揺れたりな/
向かふ岸の異界も 自分のあくがれも なんかこはくてね/
ここからどこへゆけばどこからここへくればいいのかな/
でもね いいのか悪いのか とか どこ とか こことか/
そゆこと気にしてるやうぢや人間だめ ぜんぜんだめだめ/
そゆ細かいこと気にしだしたらもうその時点でオシマイ/
いいも悪いもなく進むの 前へ ほら前へ前へ/
どこへでもどこまでもこやつて進んでみるの/
みんなかうして進んできたの/
まぼろし探偵だつてその正体は富士進ふじすすむ少年だつたらう/
*進め すスメ ヘイタイ ススメ だ その冒頭は/
**サイタ サイタ サクラ ガ サイタ だろ それ以前は/
ハナ ハト マメ マス と来たよ うまいもんだ/
花 鳩 豆 枡 よくできてる 賢いやね 尋常小學國語讀本は/
こんな賢い始まりをだ 咲いた 咲いた 桜 が 咲いた と/
これまた賢い大転換でしたな/
あんたら サイタ サイタ サクラ ガ サイタ だつたかい?/
いや わたしら ハナ ハト マメ マス/
一級下の俊坊らからが サイタ サイタ だつた/
さういふ会話で互ひの年代を確認してた世代があつたんだ/
あ ほら 花が咲いてるね/
うん もちろんさくらぢやない そのくらゐはわかるよ/
だいいち時期がちがふ 花の様子もまるでちがふ/
あれだね あれ あの さう ねむだ ねむ ねむの花だね/
初めて見たときびつくりしたろ 合歓の花/
****合歓の木に合歓の花咲く なにごとの不思議なけれど/
なあんて 頭のいい人はバカ言ふからいけねえやな/
不思議無えわけ無えだらう ええ?/
合歓の木に合歓の花咲くんだぜ/
これが不思議ぢやなくて ほかにどんな不思議がありますか/
実際 ガキん頃から飽きもせず見とれたろ 誰だつて/
あんなおませな幼女みたいな花があるだけでおどろきなのに/
あんなでかい不愛想な冴えない木にだよ なんで/
あんなおとぎ話みたいな花がふはつと咲いてんだ つてな/
しかもあのでかい木がマメ科とか わけわかんねえ/
実際にでかくむくつけき莢の豆ができるから あの花からね/
さう かるいんだあね 花のふんいきが 甘い夢みたいにね/
次々むしり取つて次から次にむさぼり食ひたい悩ましさ/
いやだ をぢさん もうやめて つても やめてあげない/
たいていは ほら/
かういふ蒸し暑いやうな曇り空に咲きはじめるから/
よけいにむうつと なかよしこよし したくなる/
ほほずり したい/
なかよし したい こよし したい はづかしいほど したい/
だから今かうして橋を渡つてわたしはね/
いや さつきこの橋を渡りましたよたしかに/
渡りました 渡つたからまぼろし探偵の進少年が/
赤い帽子に黒マスク 黄色いマフラーなびかせてね/
さう 口笛探偵長には逢へなかつた 日曜ぢやないし/
口笛を吹かなかつたからね さういへばわたし/
毒蜘蛛タランチユラはどこに潜んでゐるのか?/
どこにでもゐさうだつたのに どこでも見かけなかつた/
見かけなかつた てのは ゐなかつたことにはなりません/
どこか たとへば上着のポケツトとか 机の抽斗とか/
ほら あそこの少し剥げかけたバーバーコイケの看板の裏とか/
その隣ほら あの南食堂の屋根の雨樋の中とか/
あかちやんの掌ぐらゐの黒い蜘蛛だつたね/
あるひは学校の下足箱の 朝桐瑞ちやんの靴の中/
瑞ちやんの濃い髪の中の襟足近くとか/
瑞ちやんを守つてあげないといけない だから/
朝桐瑞ちやんの家に行かうとして橋を渡つたんですよ/
今日は瑞ちやんと一緒に宿題する約束だから/
それやうれしいよ 瑞ちやんの隣でくつつきさうになつて/
ねえこれどう思ふとか瑞ちゃんにきかれる/
きかれる なんか宿題とかどうでもよくないか と思ふ/
約束てのは嬉しいやね/
約束 つて ほら なんかかう 胸の中で/
やはらかにひろがるあつたかい明るさが来ますよね/
約束/
にんげん 約束があるのは尊いことでもあり/
またくだらないことでもあるのであります/
今日みづきちやんと約束はしてありますが/
瑞ちやんは八十七歳で亡くなりました/
亡くなる前 いちど見舞ひに行きましたよ/
瑞ちやんは あれおぢいちやん生きてたの 何しに来たの と/
皺だらけの顔で思ひつきり子どものこゑでいふのです/
おぢいちやんぢやないよ 瑞ちやんぼくだよ/
あ ほんとだ おぢいちやんぢやないかも/
あなた誰 こんなきたない人きらひ と/
約束? 今日の約束なんて 何になりますか/
だけど 待つてるわけだからね 瑞ちやん/
ぼく行かなけやなんない/
たしかあの自転車屋の角を右でしたよ/
よくこのあたりでみづきちやんと手をつないだよね/
けふもつながうよ ほら みづきちやん/
え やだな なに照れてんの瑞ちやん/
早く 早く あいつらにみつかつちやふから


 *ススメ ススメ ヘイタイ ススメ  小學國語讀本 巻一(1933〜1940)
 **同
 ***同(1918〜1932)
 ****薔薇ノ木ニ/薔薇ノ花咲く//ナニゴトノ不思議ナケレド(北原白秋 『白金ノ独楽』所収『薔薇二曲』より)



 (「子どもだま詩宣言」対応 原文は縦書き・行末スラッシュ無し)                                                                                                                                                 


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