期せずしてカフカ 鬼りんご
(行を明示するため、空白行及び最終行を除く全ての行末にスラッシュを施します)
*期せずしてカフカ
とろみのある濃い夢から覚める夢は浅緑で/
早くこのさはやか調の夢から覚めなくては/
覚めて現実を直視しなけや と思つてゐる夢から覚めた/
覚めたはずだ と思ふ/
少なくとも私は覚めたつもりでゐる/
なぜなら/
覚めたことを疑はせる事例は何ひとつみつからないからだ/
あへて私が反証を探査する必要がどこにあるか/
現状を現実だと認識して矛盾を見出さない/
少なくとも現実の中で見出す類の矛盾以外は見出せない/
ではやはりこれは現実と判断すべきではないか/
夢から覚める夢から覚めたのなら/
これも夢でないといふ証拠は何処にあるか と問はれるなら/
だつてこれは覚める気配も無く続いてゐるぢやないか/
いや それは証拠にはならない か/
私の生きてゐることに正義など無い/
正邪は生死と無関係である/
どうやら世界は失敗してゐる/
神が世界を失敗するだと?/
そんなグロテスクな神を考へる者に神を口にする資格は無い/
神もしくは神々は世界を失敗する能力を持つことができない/
なぜならそれが神や神々の(限界ではなく)原理だから/
神や神々はただ自らのみを失敗する能力を有つ/
世界を失敗してゐるのはわたしたちだ/
わたしたちにある能力は ただ失敗する能力のみである/
わたしたちは任意のことに失敗できるが それだけではない/
わたしたちは世界を失敗し続けることに成功してゐる/
すなはちわたしたちそのものを失敗してゐる/
失敗がなければ成功も無い のではない
成功といふ妄想はわたしたちの失敗のあらはれの一例である/
私の生きてゐることに意義などない/
意義は生死と無関係である/
世界はわたしを知らない/
世界はわたしを知る能力が無い/
世界は何かを知る能力など有たない/
わたしたちの無知は無尽蔵である/
わたしたちが何でも知つてゐるのは無知のおかげである/
無知を知つてゐるのではない/
無知だから知つてゐるのである/
世界はわたしに無関心である/
わたしも世界にほぼ無関心である ただ/
わたしは世界のために世界を悼む/
ほぼ目覚めてゐる間ぢゆう世界を悼んでゐる/
おほきなお世話だ と世界とわたしたちは思ひさへしない
*noteのための註 本タイトル「期せずしてカフカ」は、投稿済みの拙稿「遊ばうや 鬼りんご」に対し、noterのvitamincontents.31さんが、「カフカの『変身』を読まされたような」とコメンとされたことから、猛ふぶきに浮かんだ言葉を用いたものです。
(「子どもだま詩宣言」対応 原文縦書き・行末スラッシュ無し)
