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【掌編小説】桜の季節は

 桜の季節はあまり好きじゃない。
 仲の良かった幼馴染と離ればなれになったあの日を思い出すからだ。


 俺が5~6歳の頃両親と引っ越して来たアパートの隣りの部屋には、一家4人で暮らす家族がいた。
 挨拶をしてもほとんど反応がない、いつも苦虫を噛み潰したような不機嫌そうな顔した中年男性と、ほとんど怒りもしない代わりに笑いもしない、必要最小限のことしか話さないような静かな若い女性、そして8~9歳のカケルと、俺と同い年のマコトだ。
 カケルは年上なだけあって、色んなことをたくさん知っており、マコトを気遣う優しい兄である彼は、俺にとっても兄貴的存在だった。
 同い年のマコトは、「僕も僕も」と言って、いつもカケルの後をついて回り、兄を頼りとしている様子が幼さを感じさせながらも、いつも見せているニコニコとした笑顔が場を和ませる存在だった。
 2人の両親は仲が良くないらしく、時々大声で怒鳴る男性の声や女性の悲鳴が、俺の家まで聞こえることがあった。
 そんな険悪な雰囲気を察して家にいない方がいいと思ったからか、それとも親から遊んで来るよう言われたからか、日曜日でも割りと朝早い時間から、2人は俺を遊びに誘いに来ていた。
 あまり生活が豊かでないためか、マコトは少しくたびれた服を着ていて、カケルのお下がりの服だと言っていた。
 幼稚園に行っていなかったマコトは、俺が幼稚園から、カケルが小学校から帰って来るのを待っていて、3人揃うとアパート前の公園や、お互いの家で遊んだ。カケルやマコトの家に行くこともあったが、俺の家で遊ぶことの方が圧倒的に多かった。
 そんなふうに俺達3人は、たくさんの時を一緒に遊んで過ごした。
 中でも一番思い出に残っているのは、夏祭りに一緒に行ったことだ。
 俺達3人と、俺の両親、そしてカケルとマコトの母親の、6人で出かけた近所のお祭り。
 俺達は出店で、テレビで流行っていた戦隊モノのストラップ人形を買ってもらった。
 俺は赤を、カケルは青を、マコトは緑を基調とした、デフォルメされたヒーロー人形。
 俺達は「お揃いだね」と、笑顔で喜び合った。
 しかし桜の季節になって、そんな日々も終わりを告げた。
 不仲だったカケルとマコトの両親が、父親が警察沙汰を起こしたことをきっかけに離婚することになったとかで、カケルとマコトは母親と共に母親の実家のある遠い他県に引っ越すことになったのだ。
 引っ越しの日、母親とカケルとマコトが挨拶に来た。既に父親は1人で家を出ていたようだ。
 カケルは気丈に振る舞っていたけれど、マコトは泣いていた。
 俺も泣きそうになりながらも涙を堪え、夏祭りで買ってもらったお揃いの赤いストラップ人形をマコトに手渡した。
 「大事な物だからお前にやる。寂しくなったらこのファイヤーレッドを俺だと思えよ」と言って。
 マコトも、お揃いである緑のストラップ人形を俺にくれて、「ケースケも元気でね。リーフグリーンがケースケを守るよ。また、いつか会いたいね」と、涙を流しながらも少し微笑んでいた。
 普段あまり感情的な表情を見せないでいたカケルとマコトの母親から、「ケイスケ君、今までカケルとマコトと、たくさん遊んでくれてありがとう」と、少し涙ぐみながらも穏やかに微笑んで言われたことは、何だか意外で印象的だった。
 出立し、遠くなって行く3人を見送る俺の眼前で、アパート前の公園の桜が、薄桃色の花を一杯につけていた。
 「桜がきれいな引っ越し日和ね」という幾分寂しげな母の言葉に、俺は複雑な思いで「うん」とだけ答えた。
 それから毎年桜の季節が来ると、俺は幼馴染が遠くへ行ってしまった日のことを思い出す。それは、微かな懐かしさを伴う寂しさ。
 年を経るごとにその寂しさは薄れているとは思うけれど、それでもやっぱり俺は、桜の季節があまり好きだと思えずにいる。


 そんな俺も今年から大学生だ。
 幼馴染と別れたあの日から12年以上が過ぎ、年々桜の開花時期は早まってはいたが、今年はまだ入学式にも桜が花を添えていた。
 入学式を終え、学生証他、色々な紙袋入りの荷物を大学から受け取った俺は、校門から出ようとしている所で、後ろから走って来た女性の「すいませーん、待ってくださーい……!」という声に、足を止めて振り向いた。
 あどけなさが残るやや小柄なショートカットの黒髪の女性。同じような紙袋入りの荷物を持っているところを見ると、彼女も俺と同じ新入生なのだろう。
 「あの、これ、さっき落としましたよ」
 俺に追いついた女性が差し出したのは、マコトからもらった緑のストラップ人形だった。
 「やばっ……! どこで?」
 「さっき学生証を受け取って仕舞ったりしてたところで」
 クスッと微笑む彼女に「ありがとう」と言って受け取る。
 「大事な物なんだ。いつもはリュックに付けてたけど、さすがに今日はそういうわけにもいかなくて、外してバッグに入れてたんだ。失くさなくてよかった」
 ホッとしている俺に、彼女は躊躇いながら、「あの……名前聞いてもいいかな?」と尋ねた。
 「ん? 俺は島田敬介。君は?」
 「私は、杉野真琴。……ところで島田君、これから一緒にお昼でも食べに行かない?」
 校門を出て少し歩いたところにファストフード店があったはずだ。
 「いいね。丁度腹も空いて来たところだし。……そうだ、拾ってくれたお礼に、俺が奢るよ」
 「そう? やった~」
 無邪気に喜ぶ杉野さんと並んで歩きながら俺は、真琴という名前から幼馴染のマコトを思い出していた。とは言え、あいつは男だし、確か名字はミヤタだったはずだ。
 マコトも同い年だから、俺と同じようにどこかの大学に入学しているかもしれない。今頃どうしているだろう。
 ファストフード店に到着し、それぞれ注文した後、俺は支払いを済ませる。杉野さんは改めて「ありがとう」と笑顔で礼を言った。
 「いやいや、お礼は俺の方だから」と答える俺は、空いている席に杉野さんと向かい合わせに座り、それぞれ「いただきます」と言って食べ始める。
 杉野さんに、「さっきのストラップ人形、どんなふうに大事な物なの?」と問われ、俺はハンバーガーにかぶりつきながら、幼馴染にまつわる話をして聞かせた。
 真剣に、うんうんと相槌を打って聞いていた杉野さんは、最後まで聞き終わって言った。
 「やっぱりそうだったんだね」
 「何が?」
 尋ねる俺に、杉野さんは自分のバッグから赤いストラップ人形を出してみせた。それは確かに、12年前の俺がマコトに渡したファイヤーレッドだった。
 「ケースケ、久しぶり」
 微笑む杉野さんは、微かに涙ぐんでいた。
 「まさか……あの、マコト?」
 尋ねながら、俺は呆然としていた。


 「子供の頃、兄貴のお下がり着てたよな?」
 「うん」
 「確か、一人称は『僕』だったよな?」
 「うん」
 「……男のフリしてたのか?」
 俺の質問に、マコトは複雑そうな表情で口ごもりながら、事情を話し出した。
 それによると、実の父親は幼少期に亡くなっていて、一緒に住んでいた父親は、母親との再婚で家族になった、血が繋がっていない継父だったのだそうだ。
 再婚前は優しい顔をしていたその男が、再婚して同居するようになった途端、家族に支配的になった上に、「やっぱり女は若い方がいい」とテレビを見ながら度々口にするようになった。
 当時あるシングルマザーの恋人男性による同居女児への酷い性的虐待が報道で話題になっていたこともあって、マコトの母親はマコトのことを、異常なくらいに心配したのだそうだ。
 女の子を意識させないように、女の子らしい服は全部処分され、兄のお下がりを着せられたマコトは、母親の気持ちに寄り添って「僕」と言うようになった。
 その後、隣りに引っ越して来たのが俺の一家だったのだ。
 結局、マコトの父親は電車内で女子高生に痴漢行為をしていたのが発覚して逮捕され、それをきっかけに母親も離婚を決意したのだそうだ。逮捕までされた以上、父親も仕方なく離婚を受け入れたのだろう。
 母親の実家に引っ越し、母方の祖父母と同居するようになってからは、マコトはまた女の子の服を買ってもらい、もう「僕」とは言わず、女の子として過ごすようになったのだそうだ。
 ミヤタというのは継父の姓で、離婚した母親の旧姓が杉野だったのだ。
 俺は、想像もしていなかった話に驚かされる。
 「そうか……。大変だったな」
 そんな言葉では言い表せない話だとは思うものの、まず俺が口にできたのはそれだけだった。
 「大変だったけど……だからこそ、ケースケと3人で遊んだことは、大切な思い出だよ」
 マコトは昔を思い出すように、噛み締めるようにそう言った。
 「そっか……」
 「それに……」とマコトは言葉を続ける。
 「どんな私でも、私が私であることに変わりはないよ」
 マコトの瞳に宿る光は、しなやかな強さを感じさせた。もうそこには、12年前、別れ際に泣いていたマコトはいない。
 「そうだな。どんなマコトでも、マコトはマコトだな」
 笑顔でそう言う俺に、マコトも目を細めて頷いていた。


 ファストフード店を出てマコトと歩道を歩きながら、立ち並ぶ桜の、薄桃色の花を見上げて俺は言った。
 「実はさ、マコト達と別れてから、俺は桜の咲く季節があんまり好きじゃなかったんだ。あの別れの日を思い出しちまうからな」
 「同じだよ」
 マコトは並んで歩きながら同意を示した。
 「私もそうだった。でも、もう今年から違うね」
 暖かな春風が吹き抜ける。
 「そうだな」
 俺は、ようやくそう思えるようになったことを改めて実感しながら、口角を上げて答えていた。





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