見出し画像

空の海、君の声

 目の前に、彼がいた。
 私は驚いて息が止まりそうになる。

「どう……し、」
 やっとそれだけ言うと、彼はいたずらっぽく笑ってこう言った。

「君が願ったから」

 ――嘘だ。彼はあの時いなくなった。水難事故に遭あって、この世から消えてしまったのだ。
 これは、都合のいい夢か何かだ。ほら、頬をつねっても痛くない。
 とまどう私を見て、彼は悲しそうにほほ笑む。

「ごめんね。でも、決まっていた事だから」

 そんなの、分かってたよ。私にはどうする事もできなかった。

「ずっと一緒にいたかったけど、……」
 その先を聞きたくなくて、彼にキスをする。

 彼は驚いたように大きな瞳を揺らめかせた。でも、止めさせようとはしない。
 柔らかくて優しい感触を唇に感じた。
 けれど、それがしだいに薄らいでいく。

 ――ごめん、もう行かなきゃ。

 彼の声が聞こえたような気がする。
 気づくと、私は独りだった。
 それを認めたくなくてぎゅっと目をつぶる。まぶたの奥から、涙があふれた。

 レンくん、レンくん。
 いつまでも、君と一緒にいたかった。
 またあの砂浜で、星降る夜におうね。

                    了

鳥居の向こう←前の話 次の話→Leave

ショートショート集『いつか君と遠く離れても』  1話から↓


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集