魂の踊り場 ショートショート
秋の午後、天気がいいので遠出をして戦場ヶ原まで行ってみた。
青い空の下、見渡す限りススキの海が広がっている。日は傾き始め、ススキが風に揺られながらキラキラと輝いていた。私は深呼吸をする。景色を眺めていると、ススキの間にちらちらと白い何かが見えた。何だろうと目を凝らす。手のひらくらいの大きさの、光のような炎のようなものが動いている。
それが、いくつもいくつもひらひらと漂っていた。それはまるで鬼ごっこをしているようだ。
「これは一体…」
思わずつぶやくと、
「あれは魂ですよ」
と誰かが答えた。振り向くと、1匹の狐がいる。2本足で立ち、巫女さんのような和服を身につけていた。
「あなたは…」
「あの向こうに神社があるのをご存じですか」
狐は、左手の方向を指しながら尋ねた。
「いえ…」
「私はそこで宮司の手伝いをしている者です。
ここは昔戦場で、大勢の人が亡くなったんですよ。それで、まだ成仏できていない魂も集まって来るんです。
彼らが悪さをしたり他の所へ行ってしまわないように、時々見回りに来ているんですよ」
「それはそれは」
とお辞儀をした。狐も私に合わせて会釈をする。
「憑かれたりはしないと思いますが、あれを持ち帰ったりしないでくださいね。そうしないと、この場との縁が切れて魂があの世へ行けなくなってしまうので」
「分かりました」
そう答えると、狐は
「では」と言って手を後ろに組み、ゆうゆうとどこかへ去って行った。私も魂たちの追いかけっこを眺めながら散策する。
すると、その中に弱々しい光を放つものがいた。
──今にも消えそうだな。そう思っていると、
「透? 透じゃないか」
と声がする。どうやら、その魂が話しているようだった。なんだかその声に聞き覚えがある。
──もしかして、まさか…そんな。
「え? 馨兄さん……?」
「そうだよ。ああ、久しぶりだね」
それは、嬉しそうな声でそばへ寄ってくる。両手でそっとそれを受けた。燃えているように見えるが、熱くない。ほんのり肌が暖かくなる程度だった。
「本当に兄さんなの?」
「ああ、そうだよ。懐かしいな、まさかこんなところでお前と会えるなんて」
彼は幼い頃に亡くなっていた。3つ歳上で、元気いっぱいのやんちゃな人だった。
家族みんなでキャンプへ行った時に川で遊んでいたら、前日の雨で増水していて流され、そのまま行方不明になってしまったのだ。捜索隊も出動されたがどこにも見当たらず、とうとう遺体さえ見つからなかった。
「何だか道に迷ったみたいで、自分がどこにいるのか分からなかったんだ」
「そうなんだ」
「家へ連れて帰ってくれないか」
「え、でも…」
「お願いだよ。もうへとへとなんだ」
懇願され、私は困惑した。
『魂を持ち帰ってはいけない』と、さっき言われたばかりなのに。辺りを見回すが、狐はいなかった。兄を見ると、光が薄く明滅して、息も絶え絶えな様子だ。
……仕方がない。一緒に帰ろう。元気になってから、またここへ連れてくればいいだろう。
「兄さん、分かったよ」
と答え、その場を離れて帰宅した。
マンションに戻り、彼をどこへ置いておこうと思案する。この前空になった高さのある菓子箱があったのを思い出し、そっと中に入れた。彼が怖くないように、蓋を少し開けておく。
「ゆっくりしてね」
と声をかけた。
──ふと気づくと、天井を見ていた。私は何度か瞬きをする。起き上がって周りを見回した。おや? 兄はどうしたんだろう。
「…もしかして、夢だったのか?」
さっきの出来事は現実ではなかったんだろうか。部屋の様子がなんだか違うような気もするけれど。
テーブルの上に菓子箱があった。あそこに彼がいたはずだ。気になって中を確かめる。…何もない。空だった。
──いや、何か入っている。何だろう?
私はそれを指でつまんでみる。
「……お金?」
昔の銅貨のようだ。黒ずんでいて、丸い形で真ん中に四角い穴が開いている。
「持ち帰りましたね。あれほどいけないと言っておいたのに」
不意に耳元で声がした。ギョッとして振り返る。箱が手から滑り落ち、中からコロコロと銅貨が転がった。
そこには誰もいなかった。けれどミシ、ミシ、と何かが歩く音がする。それは玄関へ行き、バタンとドアを閉めて外へ出て行った。
「もうあの世へは行けないよ」
了(1770字)
なんのはなしですか本の話で考えていたのですが、何だか意味がありそうな感じになっちゃったのでどうなんだろう。楽しんでいただけたら嬉しいです。
今年もいろいろ話を作っていこうと思うのでよろしくお願いしますー🎍🌅
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ショートショート集『いつか君と遠く離れても』 1話から↓
