砂浜 ショートショート
私は海辺をのんびり歩いていた。静かな波が押し寄せ、足首を洗っていく。歩くたびに、ビーサンの下の珊瑚が、カシャリと音を立てた。鳥の声に顔を上げると、真っ青な海と空がどこまでも遠く続いている。
久美と梨寧は、沖縄に移った。熊本の住処もよかったけれど、何年かするとやはり気づいた人がいて、それが次第に広まっていった。久美は気にしていなかったけれど、梨寧は
「このままいると、いつか敵意に囲まれてしまうかも」
と、愛する場所を離れることになった。
ここは本州と違って、お日様がカラッとしている。まぶしくて、日陰でも明るい。そんなところが気に入って移住したようだ。
今は郊外でコーヒーと、夜はお酒を出すお店をしている。
私は年に1度、彼らに会いに行くのを楽しみにしていた。久しぶりに会った彼らは真っ黒に日焼けして、笑顔になると歯だけ白くて、すっかり地元の人みたいだ。
「もうこっちには慣れた?」
「うん。みんないい人たちだよ」
「そんなこと言って、油断してるとまた追い出されるよ」
「悪いことなんかしてないから大丈夫だよ。ただ住んでるだけ」
2人は過去のことで、日本中を転々としていた。けれど、罪を犯したわけじゃない。厳密にはしたかもしれないけれど、久美も梨寧も本当は悪くないのだ。
私が不満をもらすと、彼女はちょっと困ったように笑って
「そうだよねえ」
という。けれど、心のどこかに罪悪感があるのかもしれない。
彼らは、ある事件の容疑者と被害者だった。ある銀行強盗の現場に居合わせて、久美は捕まった。結局容疑は晴れたのだけれど、マスコミにより彼らの顔が報道された。そのため、意図せずいちやく有名人になってしまった。
彼女はその時未成年だったけれど、その後も情報を提供する者がいて、なぜか梨寧まで容疑者のように扱われる始末だった。
私は心のもやもやを振り払うように、散歩へ出た。透明な水と穏やかな波の音が、ささくれだった心を少しずつ洗い流していく。
ウミネコが波の向こうでのんびり飛んでいた。空の青さに、目を細める。
ここでは、ゆっくりと時間が流れていくような気がした。
「2人と住みたいなあ、」
私はつぶやいた。何度かお願いをしてみたが、2人は「だめ」と即答した。
「咲まで悪く言われるなんて嫌だ」と。
――私は気にしないのに。でも、自分の事で彼らが傷つくのは嫌なので、しぶしぶ意見を引っ込める。
「……帰りたくない」
私もいつか、久美と梨寧みたいに好きな人と暮らしたい。彼らに言ったら
「(相手のことを)好きじゃない」
って言うと思うけれど。
でも、彼らの形は理想の夫婦のように、私には思える。
潮風が私の髪をさらり、となでて横を通りすぎて行った。
了(1123字)
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ショートショート集『いつか君と遠く離れても』
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