恋のゆくえ ショートショート #片思い文芸部
ここは遺失物預かり所だ。ある私鉄電車の落とし物は全てここに集められ、保管されている。
小さい犬のぬいぐるみのキーホルダー、かわいいキャラクターが描かれたブザーや耳のついた幼児の傘、トミカのパトカー、カップルらしき2人の写真の入ったパスケースなど様々だ。中には高価そうな指輪などもあったりする。
今日も、届けてくれた人たちや、問い合わせの電話の対応を僕はしていた。そろそろ営業時間が終わる頃、またお客さんが現れる。
「すみません!」
息せき切って事務所に駆け込んできた人がいた。
「はい」
振り返った僕は、心臓がドクンとはねる。それは、元同級生の早坂さんだった。高校の頃に生徒会の副会長を務めていて、憧れている生徒は男女ともに大勢いた。
僕もその内の1人だったけど卒業後はすっかり見かけなくなり、次第に思い出になっていた。
その彼女が、さらにきれいになって僕の目の前にいる。
「あの、電車に忘れ物をしたようなんですが」
と彼女は話し始めた。僕が同級生だったことも、気づいてないようだ。
同じクラスでも、話した事は1、2度くらいしかなかった。遠くから、彼女や彼女の友達を見ているだけだった。
「…お品物はなんでしょう」
僕は彼女に話を合わせる。久しぶり、などと話しかけても、きっと誰だろう、といぶかしげな顔をされてしまう。
そんな目で見られるくらいなら、知らない人のふりをしている方が楽だと思ってしまった。
「あの、15分前位に長田行きの電車に乗っていたんですが」
彼女は息を切らしながら話す。
「上の網棚に置いて、うっかりそのまま降りてしまって…」
「そうなんですね」
普段はキリッとしてるのに、ちょっと抜けてるところは相変わらずだなと思う。そんな所もかわいいんだけどね。
「それで、何をお探しでしょう」
「……」
彼女は少し顔を赤らめ、ためらった後に答えた。
「恋心です」
「えっ?」
「恋を置いてきてしまいました」
それを聞いて、僕はドキンとした。もしや…
「形状は…?」
動揺を抑えながら聞く。
これくらいで、と両手の人差し指と親指でハートを形作った。
「サーモンピンクです」
僕はぎゅっと胸を押さえる。
そのポーズはやばい。反則だ。めちゃくちゃかわいいじゃないか!
「何両目だったか覚えていますか」
内心、息も絶え絶えになりながら聞いた。
「…多分先頭から3両目の前寄りだったと思います。通勤でよく使っているので」
そうなのか、と思う。僕の勤める鉄道会社に、君が毎日乗ってくれているなんて。
ほんの少し、心が潤う。
「調べてみるので、少しお待ちください」
彼女は小さくハイ、と言って置いてあるパイプ椅子にすとんと腰掛けた。乱れた少し茶色がかった艶のある長い髪が、華奢な肩からひと房落ちる。
僕は少しだけ長い間彼女を見つめた後、手元のパソコンで検索した。
『18時40分ごろ、長田行きの電車。前から3両目、品物:恋心』
入力してEnterを押すと、結果が出た。
僕はため息をつく。これを彼女に知らせたら…考えると胸が痛かった。
深呼吸をした後、早坂さんを呼ぶ。
「お客様」
「はいっ」
彼女は弾かれたように立ち上がった。その様子を目にして、一瞬ためらう。ここで、無いと言えば、僕にも勝ち目があるのかもしれない。けれど…
「お探しのものは、こちらでしょうか」
パソコンの画面を彼女に見せた。
「ああ…!きっとそうです!」
彼女はパッと顔を輝かせる。
「右上に少し傷が入ってたんですけど、これも同じ辺りにそれが見えるので」
「よかったですね」
僕は気持ちを隠してほほ笑んでみせた。
「ありがとうございます。よかった…中沢くん」
彼女はホッとしたように息をつく。その名前には聞き覚えがあった。前に噂を聞いた気がする。
そうか、彼とまだ付き合ってたのかな。そう考えると、胸がしくしくと痛んだ。
用紙に名前と住所などを記入し、心を受け取ると、彼女は嬉しそうにいそいそと町の喧騒の中へ帰っていった。
僕はそれを見ながらため息をつく。
隠しておくこともできたけど、彼女が恋を失って悲しむのが分かっていながら、見過ごすわけにはいかなかった。たとえ僕が失恋することになったとしても。
僕は小さくなっていく後ろ姿を、いつまでも見送っていた。
了(1776字)
#片想い文芸部 #落とし物
ナルさんの企画に今回も参加させていただきました。
今週はnoteでも創作大賞の応募作品公開と、なんのはなしですかの回収週だったのでタイミングを見計らってました() 毎日創作したいけど、あんまり記事を出すのもうっとおしいかなと😓
他の方のも拝読して勉強させていただいてます。ありがとうございました✨
