霞(かす)んだ星 ショートショート (#片想い文芸部 あくび)
「ふわあ…」
思わず僕はあくびをする。外は暑いけど、ここは空調が効いていて心地いい。と、ムニュッと頬に何かが当たった。
「ふふっ」
ひよりちゃんがこちらを見て笑っている。
「もー、何」
僕は抗議の声をあげた。彼女は僕があくびをすると、いつも頬をつつくのだ。
「だって、かわいいんだもん」
ぷうっと頬をふくらませて見せる。
君の方が全然かわいいよ、と思うのだけど、とても口に出しては言えない。
代わりに
「もうやんないでね」とたしなめると
「ちえー」
と残念そうにしていた。
その様子もまたたまらなくて、彼女に擦り寄る。
そうやってじゃれあっていたら
「そうだ、おやつ!食べようよ」
ひよりちゃんは立ち上がって、お皿を持って来た。
「新商品があったから、試しに買ってみたの」
美味しそうでしょ、とゼリーを見せる。黄色っぽくて、何かの欠片が所々入っていた。
僕はひと口食べてみる。つるん、と心地よく喉を滑っていった。
「うん、美味しいね。食感もいいし」
そう言うと、嬉しそうな顔をする。
「でしょ?リョータ、気に入ってくれると思ったんだ」
とニコニコしていた。その顔がまぶしくて、僕は幸せな気持ちになる。
「ひより、大好き」
そう言うと、彼女は嬉しそうに笑って僕の頭をなでた。
***
ある日、外から帰ってきてリビングでくつろいでいると
「ただいまー」
と声がする。
ひよりが帰ってきた、と思ったら続いて見知らぬ男も部屋へ入ってきた。
え? こいつ、誰だろう。
「リョータ、この人はレンくん。同じゼミを取ってるんだ」
ふうん、と思う。なんだかおもしろくない。
「やあ」
と彼は挨拶した。いかにも軽そうなタイプで、いけ好かない。
僕は無言でじっと見つめた後、ふいと横を向く。
「あれ、もしかして嫌われちゃったかな」
と彼は苦笑いをした。
「えー、そんな事ないよね」
彼女はそう言ったけど、僕はそっぽを向いたままだ。
「ねえ、レンくんは私のお友達だから、仲良くしてほしいなあ…」
上目遣いで彼女は言った。
その顔はズルいよ、と思うけど、やっぱり彼女には勝てない。
「──しょうがないな」
渋々そう言うと
「ありがとう!リョータ」
ひよりちゃんはひまわりみたいな笑顔になった。
***
それから、奴はちょくちょく来るようになる。家が近いとかで、何かにつけて彼女と僕の家に上がり込んできた。
全然歓迎できなかったけど、彼女は嬉しそうに出迎えている。そのうち、ご飯も一緒に食べたりするようになった。
アイツはひよりの大事な友だちみたいだから、しょうがない。だけど──
僕は日に日に、割り切れない思いを募らせていった。
***
ある日、いつもより帰りが遅くなって、いそいで家路をたどっていた。
玄関へ入って部屋の方を見ると、ドアが半分ほど開いている。それで、彼女とレンがいるのが分かった。
──アイツ、僕がいない時まで勝手に上がり込んで。
ふつふつと怒りが沸いてきて、一言言ってやろうと一歩踏み出す。と、
「今日はリョータ、いないんだね」
とレンが言った。
「うん」
彼女がうなずくと、
「じゃあ、気兼ねしないで済むな」
と、ひよりのそばに座りこむ。
おい、そこは僕の場所だぞ。
僕は声を上げようとした。と、
「もーやめてよ〜」
ひよりが笑いながら、その背を軽く叩く。
──え、なんで。
僕は混乱して、棒立ちになった。
ひより、どうして? 君は僕の彼女でしょう。
フリーズした僕に、彼らは気づいていない。親しげにひそひそと何か言葉を交わしている。
そのうち、
「リョータ、遅いからちょっと見てくるね」
と彼女が席を立った。
マズい。
僕は足音を立てずに、その場を走り去った。
***
ひよりは部屋を出て、リョータの手つかずの餌皿を眺める。やっぱり、ちっとも減っていない。
「どこに行っちゃったのかな…」
彼女はつぶやいた。後ろから、レンが側に寄る。
「どうしたんだろうね、一体」
「うん。早く帰ってくるといいんだけど──」
***
リョータはとぼとぼと外を歩いていた。脳裏には、さっきの仲睦まじそうな2人が焼き付いて離れない。
辺りはすっかり暗くなっていた。
彼はハァ、とため息をつく。
もう、あそこへは帰れない…
肩を落として立ち止まった。視界がなんだか滲んで見える。
──ひより、どうか幸せにね。
僕も、新しい彼女が欲しいなあ。
彼の頭上には、満天の星がきらきらと輝いていた。その中を、一筋の光がサーッとななめに横切っていった。
了
ナルさんの #片想い文芸部 「あくび」で書いてみました。ありがとうございます…!
なんかバタバタしてて遅くなってしまった🫠
ナルさんの記事はこちら↓
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
