笑顔の後に (「再会」 風まかせ文芸部) ショートショート
僕には、ひと回りちょっと上の先輩がいた。その頃、僕はある小さな劇団に入っていて、そこに佐田さんという中堅の俳優さんがいた。
彼はそれほど背が高くなかったけれど、よく通るいい声をしていた。演技もうまく、彼が舞台に上がると、それだけでキリッと場が締まった。
我流のタップダンスをしたり、多才で、いつも笑顔で優しくてユーモアもあったので、みんなから慕われていた。
けれど、彼はある日突然いなくなってしまった。大道具のバイトを彼はしていたが、その時事故に遭ってしまう。
50ccのバイクでの帰り道、車と接触し、転倒して頭に大怪我を負ってしまったのだ。ヘルメットはしていたが、ベルトを着けていなかった。
意識不明の重体で病院へ運ばれ、僕たちは仕事や用事が終わった後にあわてて駆けつけたけれど、すでに亡くなっていた。
白い包帯をぐるぐると頭に巻かれ、布団に横たわる顔色の悪い彼を見て、僕はその場に崩折れた。
さよならを言うことさえ、できなかった。
彼には何年も前から同棲している彼女がいた。真由さんという、気さくな明るい人だった。彼女も役者で、舞台にも一緒に出ていて、プライベートでも仲睦まじい様子だった。そのうち2人は結婚するんだろうと、誰もが思っていた。
佐田さんを失くした真由さんは、まるで別人みたいだった。数ヶ月経っても、その顔からは表情というものがすっかり抜け落ちていた。何をしていても影のある雰囲気で、真っ黒な目をして、笑っていても目が笑っていなかった。
そんな彼女を目のあたりにし、僕も胸が痛かった。みんなそのことに気づいているようで、沈んだ顔をしていた。
ヘルメットをちゃんと被っていれば。バイクに乗っていなければ。その道を通らずに帰っていれば…
いろいろな思いが心に押し寄せる。けれど、今となってはどうしようもないことだった。
***
僕はもう彼の年齢をとうに過ぎてしまった。あの頃は、佐田さん達がすごく大人に見えていた。でも僕は、いまだにそうなれている気がしない。
そのことも寂しいし、しだいに彼を忘れていっていることも切ない。
もしも、また彼と会うことができるのなら。
くだらない話をしたり、佐田さんの芝居談義をずっと聞いていたい。
劇団のみんなで酒を酌み交わしながら、夜通し話していたい──
そんなことを思った夕暮れだった。
了
iさんの企画に参加させていただきました。ありがとうございます。
