四季に巡りて【春】
四季を通して生まれる、誰かの物語――
❀長過ぎた春の先に❀
(三)
長いようで短かった京都旅行を終えてから、既に一ヶ月が経とうとしていた。
久し振りに定時であがり、会社の玄関を出て駅へ向かう途中、洸人に出会った。
会社も近い為、すれ違うくらいはあるかもしれないと思っていたが、前触れも無くこんなに真正面からばったりと会うと、驚きで声も出なかった。
洸人もそれは同じだった様子で、少しの間動けずに無言だった。
「…久し振り、元気だった?」
最初の一言を発したのは、洸人のほうだった。ありきたりの言葉で、きっと自分が最初でも同じ言葉を言ったかもしれないと思うと、少し笑えた。
「…うん、洸人は?」
私も、ありきたりの返事をする。
「うん…、まあまあ、かな」
洸人も返す。やはり気不味さはゼロでは無く、
「…良かった…じゃあ、ね」
そう言って立ち去ろうとすると、
「あ、あのさ!……これから、飯、行かない?」
「……え?」
驚きで聞き間違いかと思ったが、どうやらそうでは無かった。
微妙な距離感で歩きながら、私たちは適当な居酒屋に入った。金曜日ともなると、どこもそれなりに混んでいたが、タイミング良く二人掛けの席が空き、私たちはそこへ案内され、これで満席となった。
「とりあえず、ビールだよね。それと、ねぎまと豚串、塩で二本ずつだな。あとはーー」
手際よく、洸人はメニューを決めていく。注文し終えると、ビールはすぐに運ばれてきた。
「じゃあ、乾杯しようか…っていうか…お疲れ様か」
そして、ジョッキを傾け合った。
他愛のない会話が続くと、付き合っていた頃のような感覚に陥ってしまう。でも、それは不意に流れてくる、ぎこちない雰囲気に気付いては、あの頃とは違うのだと、チクチクと胸の奥が痛んだ。
だが、アルコールが体内に蓄積されていくと、その感覚はあっという間に麻痺したようで、御手洗いに行った洸人が、戻って来るなり「ねえ、気付いてた?もう、二十二時近くになってた」と笑う。
席につき、ビールを一口飲んだ洸人は、「…あのさ、侑里…」と、急に真面目な表情に変わった。「うん…」と、私も一口ビールを飲み、少しだけ居住まいを正す。
「実は、さ…俺…転勤、するんだ」
転勤という言葉で、胸の奥のチクチクは蘇えってきた。
ーー洸人が以前、海外転勤について、話していた事。
あれは、付き合って四年が経った頃だろうか。「一緒に、行かないか?」と、洸人に言われた事があった。ちょうど私の仕事が忙しく、立て続けにトラブルもあったりで、気持ちに余裕が無かった時だった。
「…どうして今、そんな事言うの?」
洸人に対しての私の返答――
洸人がどんな思いで言ったか、考えもせず。
今思い返しても、酷い事を言ったと、胸が痛む。
「そう…なんだ…。行き先は?どこに、行くの…?」
「…うん、シンガポール」
「…シンガポールか…。遠いね…。まあ、海外なら、ここからだと、どこでも遠いけど…」「…そうだな、遠いいな…あ、知ってる?やよい軒とか、すき家とかもあるみたいで、日本食恋しくなっても、まあ、大丈夫かなって」
「…そうなんだ…。海外にも、あるんだね」
動揺しない振りをしながら続ける会話。本当は、やよい軒なんて、どうでも良かった。
海外転勤なんて、いくら直近でも、何ヶ月か前から、言われるものなんじゃないの…?
ひょっとして、別れたのって、そのせい…?
私が前に、酷い事を言ったから…?
だから、言えなかったの…?
そんな考えが、頭の中を巡った。
「――実はさ…去年、辞令が出てたんだ。何度も、侑里に話そうと思った。……でも、言えなかった…。俺に勇気が、」
「私のせいだよね。…私が前に、洸人に酷い事、言ったから」
思わず、洸人の話しを遮った。
「いや、違うよ、侑里。俺に、勇気が無かったんだ。その結果、侑里から、…逃げたんだ。酷い事をしたんだ――」
洸人はそう言って、俯き、少しの間沈黙になった。
「……私ね、洸人に酷い事言ったくせに、自分勝手に…傷つけたことも忘れて、そろそろ、結婚かな、なんて、思ってた。笑っちゃうよね。本当、自分勝手――」
洸人を、責める気持ちなんて微塵も無い。
自分の過ちを、素直に伝えたかった。
休日の空港は、一段と混雑している。
今日、発つことしか知らない。約束を取り付けた訳では無い中で、見つけるなんて不可能だろう。わかっていても、気が付くと家を飛び出していた。
フライトインフォメーションを見上げながら、時々、行き交う人とぶつかる。
どんな結果になっても、後悔はしない。
――でも、見つけた。
京都で出会ったあの女性のように、大切だと思う誰かに出会えたことが、とてつもない奇跡なんだと。
この笑顔に、出会えた奇跡を。
長過ぎた、春の先に。
終
