「いいよ」の功罪 #青ブラ文学部
言語って、知れば知るほど面白いし難しいと思う。
とくに、私や息子を含め、亡くなった家族のほとんどの口癖だった
「いいよ」
という言葉。
それは使いようによって、肯定的にも否定的にも使用される言葉。
例えば、
「晩ご飯、なに食べたい?」
甘々な恋人時代だったら
「君が作ってくれるものだったら、なんでも♥️いいよ♥️」
と、実に肯定的な言葉になるけれど
惰性で一緒にいるような夫婦もしくはカップルになると
「晩ご飯は、何にする?」
「何でも、いいよ」← この場合、イントネーションも違えば
いいよの前に来る助詞ひとつで意味合いが違ってくる。
つまり、どうだって〈いいよ〉ってこと。
また英語でいうところのMay I~やCan I~に対するOKやSureのような意味合いを持つ時にも使用される。
甘々な恋人時代
「君のこと、抱きしめたいな」
「抱きしめて、いいよ」
となる。
惰性で一緒にいるような夫婦もしくはカップル
妻(彼女)が見たがっていた映画を一緒に観に行って、横で爆睡している夫(彼氏)に対して放たれる。
「帰って、いいよ」← むしろ早く消えてくれという意味合いが深くなる。
それからGoodのニュアンスに似た使い方だと
甘々な恋人時代
「このワンピース、どうかな?」
「とっても可愛くて、いいよ💕」
彼氏は、ワンピースを透して彼女の裸体を想像しているわけで、簡単に脱がせる物ならば、なおのこと〈いいよ〉となるんだな。
惰性で一緒にいるような夫婦もしくはカップル
「この服、どう思う?」
「どれだって、いいよ」
妻(彼女)にしてみれば、いくつになっても女性として見られたいのに、夫(彼氏)にとって、5年も過ぎれば、何を着ようが〈いいよ〉なのだ。
でも、Wishに似たニュアンスで使う時ぐらいは
甘々な恋人時代だろうが惰性で一緒にいるような夫婦もしくはカップルだろうが、いいよの前の助詞を『が』でおさえたい。
「僕の横には、いつも君が、いいよ」
「俺と最期までいるのは、お前が、いいよ」
日本語って、その使い方によっては良い方向にも悪い方向へも行ってしまうので、日々是精進ですな。
「なに一人でブツブツ言ってるの? ちょっと手伝ってよ」
「いいよ」
山根あきら様
今回のお題も大変面白く、書かせていただきました。
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無職で色無し状態だニャ~ン😭
