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『小学生日記 —— 愛と夢は、なぜ壊れるのか』 第2話「やさしい嘘」


朝の教室は、昨日と同じ音がしていた。
笑い声。椅子の音。誰かの名前。
でも、少しだけ違っていた。
直人の席のまわりに、空気ができている。
見えない円みたいなもの。
誰も露骨に避けているわけじゃない。
でも、誰も踏み込んでこない。
「おはよ」
小さく言った。
返事は、少し遅れて返ってきた。
「……おはよ」
それだけで、終わる。
陽菜は、いつも通りだった。
笑っている。
誰とでも話している。
でも、一度も直人の方を見なかった。
結衣は、見ていた。
ずっと、見ていた。
ホームルーム。
佐藤先生が、いつもより少しだけゆっくり話している。
「昨日のことですが……」
教室の空気が、また少し変わる。
「日記は、自分の気持ちを整理するためのものです」
黒板に書く。
“相手を傷つけるためのものではありません”
直人は、その言葉を見ていた。
「正直に書くことは大切です」
先生は続ける。
「でも、伝え方も大切です」
誰も何も言わない。
「このクラスは、みんなが安心できる場所であってほしいと思っています」
その“安心”が、どこにあるのかは、誰も分からなかった。
休み時間。
男子が小声で言う。
「なあ、あれマジで思ってたの?」
直人:
「……何が」
「陽菜のやつ」
直人は、少しだけ考えてから言った。
「違うっていうか……そういう意味じゃなくて」
「でも書いたんだろ?」
その言葉は、軽かった。
でも、逃げ場はなかった。
「……うん」
その瞬間、何かが決まった。
放課後。
直人は、教室に残っていた。
ノートを開く。
書こうとする。
でも、書けない。
“正直に書く”
その言葉が、もう前と同じ意味じゃない。
ドアが開く。
「まだ帰らないの?」
結衣だった。
「……うん」
結衣は、直人の前の席に座る。
「昨日の、見たよ」
心臓が、少しだけ速くなる。
「先生が読んでたやつ?」
結衣は、首を横に振る。
「その前」
直人の手が止まる。
「……見たの?」
「うん」
結衣は、悪びれもせず言った。
「机に置いてあったから」
沈黙。
「本当のことだと思った」
直人は、何も言えなかった。
「陽菜のこと、ずるいって」
結衣は、まっすぐ言う。
「私も思ってる」
直人は顔を上げる。
「……え?」
「誰とでも仲良くするって、結局、誰のこともちゃんと見てないってことじゃない?」
その言葉は、昨日の直人の言葉よりも、ずっとはっきりしていた。
「だから、あれは間違ってないよ」
結衣は、少しだけ笑った。
「いいこと書いてると思う」
その言葉は、やさしかった。
でも、少しだけ重かった。
「……でもさ」
直人は言う。
「言っちゃいけなかった気がする」
結衣は首をかしげる。
「なんで?」
「だって、ああいうのって……」
言葉が続かない。
「本音じゃん」
結衣は即答する。
「本音って、言っちゃいけないの?」
直人は、答えられない。
「私は、言った方がいいと思う」
結衣は立ち上がる。
「みんな、思ってることあるのに、言わないから変になるんだよ」
ドアの方へ歩いていく。
「ねえ」
直人は呼び止める。
「それ、誰にも言わないで」
結衣は振り返る。
少しだけ考えて、
「うん」
そう言った。
やさしい声だった。
その日の夜。
直人は、また日記を開いた。
書く。
4月11日
手が止まる。
昨日みたいに書いていいのか、分からない。
少し考えて、
書く。
今日は、少し気まずかった。
それだけを書く。
本当は、もっとある。
でも、書かない。
書けない。
ノートを閉じる。
その時、
スマホが鳴る。
クラスのグループチャット。
見たことのない流れ。
スクロールする。
誰かが言っている。
「これ、直人が書いたやつ?」
画像。
見覚えのあるノート。
自分の字。
“ずるいと思う”
頭の中が、一瞬で真っ白になる。
「誰これ出したの」
「やばくない?」
「普通にひどくない?」
次々に流れる。
名前が出る。
「結衣が見せてきた」
指が止まる。
もう一度、その一文を見る。
“うん”
あの時の返事が、頭に浮かぶ。
やさしい声。
守られたと思った約束。
全部が、同じ場所にあった。
直人は、何もできずに画面を見ている。
その時、新しい通知。
陽菜から。
一言だけ。
「そう思ってたんだ」
それ以上は、何もなかった。
既読だけが残る。
直人は、スマホを置く。
机の上に、日記。
ゆっくり開く。
白いページ。
そこに、ペンを置く。
少しだけ考えて、
書く。
本当のことを書くと、人は離れる。
書いたあと、
少しだけ震えた。
ページを閉じる。
もう、戻れないと分かっていた。
—— やさしさは、守るためのものじゃなかった。

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