見出し画像

給食の向こう側に、畑がある

協力隊の着任前に、
地元・神奈川で大根農家のバイトに3ヶ月ほど携わっていた。

三浦半島は大根が有名で、
入社した農家はいわゆる「慣行農法」による大根を大量に生産、出荷しているところだった。

軽トラの荷台の高さいっぱいに大根を積み込むと、
リヤの板バネはほとんど真っ直ぐになる。
タイヤの接地面も、地面に押しつけられるように平らになる。

絵が小さいけど、この積載量はだいぶ少ない方

「三浦に軽トラをよこすと墓場に行く」と農家が誇らしげに語っていたほど車を酷使し、
ほぼ毎日、満載にした軽トラ3-4台の大根を収穫する。
そして専用の機械で洗浄し、重さに応じて分別する。

昨年末は、協力隊の応募にあたって頭を酷使したから、
土に触れ・身体を動かそう!
なんてたいそう呑気なことを思っていたら、
想像以上に重労働で、わずか一週間で身体は根を上げた。

「自衛隊出身の子は一週間で辞めたけどね」の言葉に、
自衛隊には負けぬ!と意地になって働き、

おかげで辞めてからというもの、上半身をしばらく使わなくても
マッスルメモリーはどうやら当時を記憶していて、
腕立てを今でも難なくこなせているのは、我ながら誇りだ。

私がその現場で強く感じたのは、
この大根によって、その農家の暮らしが成り立っているということだった。

親と子どもを養い、
立派な家を構え、
日々の生活を不自由なくつくっている。

私は知識と経験として、
有機農法やリサイクルといった「意識高い系」の頭を持って、その農家に携わっていたので、
「こうしたら、あーしたら…」とつい頭に浮かぶ。

けれど、日本が半世紀以上かけて研究し、整えてきた慣行農法によって、
ごく普通の「幸せな家庭」が、ただそこにあった。

私は何も言える立場でない。
ただただ、無心に大根を収穫するだけの人間だった…。
むしろ、私は彼らの生活を尊敬していた。


そんな記憶を頭の片隅に置きながら、
6月14日、高坂町の organic farm GENTEN さんで開催された、
給食部会・給食畑の共催イベント「畑から給食へ」に参加してきた。

パンフレットには、こう書かれていた。

「地域の農業の問題を解決したい、
子ども達に顔の見える安心で安全な給食を届けたいという
お母さんの思いからスタートしました」

今回、私たち参加者は、
実際にじゃがいも掘りを体験することを通じて、
給食に納入されている食材がどのように作られ、
届けられているのかを知る機会をいただいた。

畑には大勢の子どもたちと大人たちが集まり、
とても平和で賑やかな時間が流れていた。

今回、収穫する予定だったじゃがいもたちは生育が予想よりも届かず、
全量収穫とはならなかった。

これも「有機農業のリアル」ということであった。

一畝を全員で鍬やスコップを駆使して掘り返す。
差す位置に注意しながら、じゃがいもたちを傷つけないように進める。

慣れない道具に奮闘する子。
土の中から出てきたじゃがいもを、一つずつ丁寧に拾い上げる子。
大人も子どもも、いつの間にか夢中になっていた。

GENTEN代表の坂本洋平さん

最後には、GENTENさんが最近使うようになった機械を使って掘り返す。
苦労して掘り返していたじゃがいもがあっという間に出てくる。

文明の力はやはり、すごい。

というか、子どもたちはトラクターで遊びまくる(笑)。

収穫後には、事前に蒸していただいたじゃがいもを頬張りつつ、
全員で意見交換会が行われた。

本郷にあるお菓子屋さんCahonさんも出店
GENTENさんの小麦粉を使用している
2種類のじゃがいも、
さっぱり味とねっとり味

そこで特に印象に残ったのは、
給食に野菜を届けるということは、
「良い野菜を作る」だけでは成り立たないということだった。

入札、価格、量、時期、配送、事務処理、品質、虫害、天候。

そのすべてが重なり合って、ようやく一皿の給食に届く。

有機農業や小規模農家の取り組みには、大きな可能性がある。

一方で、天候や虫害の影響を受けやすく、
安定した量を決まった時期に届けることは簡単ではない。

給食という公共の仕組みに関わるには、思いだけでなく、
供給を途切れさせない体制が必要になる。

だからこそ、農家同士がつながり、不足したときには補い合い、
余剰や規格外が出たときには別の販路で受け止めてもらう。
そうしたネットワークづくりが、いままさに進められているのだと知った。

もう一つ印象的だったのは、
「有機」を前面に出しすぎることへの慎重さだった。

もちろん私自身、有機農業が広がってほしいという思いはある。

肥料や資材を海外の資源に頼る現状を考えても、
生産に関わるものができるだけ地域内で循環していくことは、
とても理想的だと思う。

けれど、
慣行農業が悪で、有機農業が正しい、というほど単純な話ではない。

三浦半島の大根農家で見たように、慣行農業にもまた、
生活があり、
家族があり、
積み重ねてきた技術がある。

一方で、GENTENさんたちのように、
地域の子どもたちに、顔の見える食材を届けようとする人たちの挑戦もある。

どちらにも、生きるための「思い」と「願い」がある。

今回、大切だと感じたのは、
まず地域の中で食べものがつくられ、
地域の中で食べられる循環を少しずつ太くしていくこと、
だった。

それは、地域のプライドにもつながる。
災害時には、地域のレジリエンスにもつながるかもしれない。

そして何より、子どもたちが自分の食べているものの背景を知るきっかけになる。

給食の向こう側には、畑があり、人がいて、地域の仕組みがある。

そこをもう一度見えるようにすることが、地産地消の第一歩なのかもしれない。

私自身の活動も、根っこでは同じところにつながっていると感じた。

食べものも、
エネルギーも、
住まいも、
普段は見えない仕組みの向こう側にある

スイッチを押せば電気がつき、
蛇口をひねれば水が出て、
時間になれば給食が出てくる。

けれど、その背後には必ず、
自然があり、
人の手があり、
地域の技術がある。

机の上の学習だけなら、
AIがいくらでも答えを出してくれる時代になった。

でも、土の中のじゃがいもがどこにあるのかは、
掘ってみなければわからない。

場所を間違えれば傷つくし、浅すぎれば掘れない。
天候も、生きものも、人の思い通りにはならない。

自然は複雑系。
人の頭で考えた想定を、いつも軽々と超えてくる。

だからこそ、自分の手で自然に触れ、
うまくいかないことも含めて体験し、
そこから学びへつなげていくことには、大きな意味があると思う。

自然を深く知り、自分の手で生を切り開く逞しさ。
そしてその中に、楽しさや喜びもあるような世界。

そんな学びの場を、
三原の地域の中で少しずつつくっていけたらと思った。

集合写真撮っていたら、
中に入ってと呼ばれた!




いいなと思ったら応援しよう!