EP4:約束との離別、安息への回帰――シナイ ft.サエコ
音のある方へ
MC:サエコ
「あなたがたは、まだ主が与えようとしておられる安息と嗣業の地に、入っていないからである。」
約束の地は、まだ到達点ではない。
シナイは、滞在地でも終着でもなく、
安息が与えられていないことを自覚させるための場所だった。
……
…………
さらさらと、乾いた音が耳の奥に滲みます。
それは風が砂丘を撫でる音なのか、あるいは数千年の時を隔てて積み重なった、無数の歩みの記憶なのだろうか。
シナイの荒野に立つと、自分の輪郭が風景に溶けていくような錯覚に陥ります。
見渡す限りの赤茶けた岩肌と容赦なく降り注ぐ光。
ここは、湿度という潤いは存在しません。
あるのは、喉を焼くような渇きと、石が弾ける静かな響きだけです。
かつて、この乾いた大地には二つの異なるベクトルが交差していました。
一方は、飢えを凌ぐパンを求めてエジプトの肥沃な大地へと吸い込まれていった、ヤコブとその息子たちの足音。
そして数百年後、重い鎖を断ち切り、自由という名の不確実な光を求めてこの荒野へ戻ってきた、モーセ一行の重い沈黙。
同じ砂の上に、正反対の祈りが重なっている。
その時間の厚みに触れるとき、歴史は知識ではなく、足裏に伝わる石の硬さとして私に語りかけてくるのです。
私はジープの轍を眺めながら、ふと思います。
ここは今も、国境という名の境界線が引かれた、
通過するための場所なのだと。
…………
……
ヨルダン、ネボ山の頂に立ちました。
夕暮れの霧の向こう、目を凝らせばエルサレムの灯りがかすかに、本当に幽かに瞬いています。
気象条件が整わなければ見ることのできない、幻のような光の粒。
モーセは、この場所で旅を終えました。
目の前に広がるパノラマは、彼にとって「辿り着けなかった絶望」だったのでしょうか。
それとも。
目的地を「約束」という名の聖域として残したまま、自分はここから先へ「行かなくて済む」という、静かな安堵を抱いていたのでしょうか。
境界線の上に立つ風の音を聴きながら、
私はただ、呼吸の間を数えていました。
サエコの寄り道 都市ノート:シナイ――「内なるエジプト」との決別
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