あたりまえの恐怖――デバフ生活:革命の歴史 Vol.24.5
MC: アイ、ユウ
「人類は自らの手で、決して腐ることのない永遠の物質を創り出した。そして今、その永遠の海で溺れかけている」
贖罪の儀式と全身ポリエステルの矛盾
ユウ:
アイ先生、ちょっと懺悔してもいいですか。
私、カバンの中にいつも「エコバッグ」を入れて持ち歩いているんです。
レジで「袋はいりません」って断るたびに、ほんの少しだけ地球に良いことをしたっていう免罪符をもらった気がして。
でも昨日、ふと気づいちゃったんです。
ドヤ顔でエコバッグを取り出した私の服装、上から下まで全身「ポリエステル」のファストファッションで。
しかもエコバッグの中に詰め込んでいるのは、プラスチックの容器に入ったサラダや、ペットボトルの水ばかり。
私はいったい、何を守りたくてあの布袋を持ち歩いているんだろうって。
急に自分の滑稽さに笑えなくなっちゃって。
アイ:
ユウ、それは現代人特有の贖罪の儀式ね。
エコバッグを持つという行為によって、私たちは自分が巨大なシステムに加担しているという罪悪感を麻痺させようとしているの。
あなたのその自己嫌悪は、とても正しい感覚よ。
私たちが今生きているこの社会は、あなたの着ている服からスマホの筐体、コンタクトレンズにいたるまで、文字通りプラスチックなしでは一秒も物理的な形を保てないように設計されているのだから。
ユウ:
昔は違ったんですよね。
私の親の世代かもう少し前までは、豆腐を買うのにお鍋を持ってお店に行っていたって聞いたことがあります。
お肉は紙で包んでもらって、お酒はガラス瓶で買って酒屋さんに返す。
木、鉄、ガラス、陶器。
そういう重たくて、手触りのあるものだけで生活が回っていた。
どうして私たちは、あの不便だけれど温かみのある時代に戻ることができないんでしょうか。
物質の革命:神の領域への侵犯
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