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苗木城と岩村城

久しぶりに下呂から、加子母への道を走った。子供が小さいうちは、頻繁に走っていた道。懐かしさを感じながら途中の道の駅などを見たが、飲食店や、コンビニエンスストアの中には、すでに店を閉じているところもあり、時間の経過を感じた。

今回この道を走ることになったのには、目的がある。苗木城。別名霞ヶ城とも言われる。中津川市苗木に存在する国の史跡である。1242年。恵那領を統治した地頭の遠山氏の初代遠山景朝の長男、景村がこの地域に進出。1331年から34年に高森山に砦を築いたのが始まりだとされる。その後時間が経過し、1532年から55年に遠山正廉が現在の苗木城を築いたのだそうだ。

木曽川に面した急峻な場所。山の上に登ってみると、周りの山や町までがよく見える。現在、ただの山の中に感じられる中津川市苗木が、鎌倉時代にすでに交通の要所として施政者の目に留まっていたのだと思うと興味深い。

加子母から、中津川への道を走る時に、苗木城を頭においていたのは今回が初めてだ。付知の道の駅、福岡のお城の形をしたラーメン屋は前から知っていた。でも今回、苗木城を意識して向かっていくと、割とあちこちに苗木城への案内看板が立っている。私が知らないだけで、有名な場所だったのだ。

行ってみると、狭い道を上ることになり、比較的城に近いところに駐車場があった。1時間500円。入場料が無いことから、この駐車料金が入場料という感じだ。もう少し歩くつもりになれば、周りに無料で車を停められるスペースはありそうだ。

車を停めて歩き始めてすぐ、立派な石垣を持つ城の全貌が目に入る。巨大な自然石をベースにし、そこに時代ごとに築かれた、いろいろな石垣がある。おそらく野面積と言われる積み方の石垣が古く、切込接の部分は、比較的近代に積まれたものだろう。最近仕入れたばかりの石垣の積み方の知識を、目の前の石垣に重ねながら見ていく。

山全体が城になっていて、現在観光用に作られている見晴らし台からは、恵那山、笠置山、木曽川がよく見える。またリニアモーターカーが通るための橋が、木曽川にかけられている。おそらく将来、その橋の部分だけが地上から見える形で、手前部分も、橋を渡ってからもトンネルの中をリニアは走るのだろう。

リニアモーターカーは、静岡県でのトラブルが落ち着いて、いよいよ岐阜県で順調に工事が進むかと思ったら、岐阜県に入ってからも地下水が噴き出し、地盤沈下なども起きている。中津川から、名古屋までの所要時間が15分というのは、魅力的な話だけれど、いつになったら完成するのか。完成するまで生きていられたら、この苗木城からの景色をもう一度見てみたい。

この現在と過去が入り混じったような景色を見に、多くの人たちが訪れている。天守の少し下にある井戸や、武器倉庫の跡などの史跡も、わかりやすく示されており、見学しがいのある史蹟。特に運ぶことは困難と思われる巨石があちこちに使われており、この場所がそもそも巨大な自然石に恵まれた場所だったことが感じられる。

この後岩村城に向かう。岩村城は女城主で有名な城。私は女城主という言葉を、日本酒の銘柄として最初に目にしたが、柴咲コウが主演でNHKの大河にもなったようだ。岩村城には、岩村町の街中に車を停めて、石畳の道を、石垣を見ながら上ることもできる。ただ苗木城で足が疲れていた私は、国道418号線をもう少し上矢作向かって走った後、自動車で狭い道を上って岩村城のすぐ下の駐車場に車を停めた。こちらの駐車場は無料。入場料もかからなかった。

岩村城は、恵那市岩村町にある城。1221年に遠山景朝が築いた。別名霧ヶ城と言われる。先ほど見た苗木城より、前からある城のようだ。岩村城の石垣を降りたところに神社があり、その向かいに井戸がある。この井戸に蛇笏を入れると霧が発生して山全体が霧に覆われるという伝説があるそうだ。

守りやすさという点では、苗木城の方が守りやすそうだが、地域に密着しているという点では岩村城に軍配が上がる。岩村城は標高が高い所に立っているという理由で、日本三大山城に選ばれている。そのためか、外国人の見学者はこちらの方が多かった。

どちらの山城も、一歩のステップが高い階段が多く、景色は良かったけれど疲れてしまった。戦国の武将のような気持で城を見られるようになるには、もう少し修行が必要なようだ。

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