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ちょっと待った! ビバルディは危険な香り

人は退屈な時間に、
妙な遊びを見つける。

昔、船に乗っていた頃もそうだった。
360度、波しかない退屈な洋上で、
いかに面白いことを見つけるか。

そんな「退屈しのぎの遺伝子」が、
陸に上がった今でも、
僕の中で暴れているらしい。

僕は昔から歯磨きが
あまり好きではない。
もちろん磨かないわけではない。

「口が臭い人」にはなりたくないから、
一応ちゃんと磨いている。

ただ、
積極的にやりたい作業かと言われると微妙だ。

毎日やっているのに、
毎日ちょっと面倒くさい。

そんなある朝のこと。
いつものように、
YouTubeを流しながら歯を磨き始めた瞬間、
突然、
ビバルディの四季『冬』が流れてきた。

あの、
シャカシャカシャカシャカ!!
……という、
「本当に人間が弾いているのか?」
と思うような高速のやつである。

 ▼これ
  四季「冬」リンク

すると不思議なことに、
歯ブラシを持つ右手が、
完全に演奏モードへ突入した。

最初は普通だった。
前歯を磨く。
奥歯を磨く。
まあ、いつもの退屈な歯磨きである。

ところが、
弦楽器隊が激しくなってきたあたりから
様子がおかしくなった。

右手が勝手にテンポを合わせ、
暴走し始めたのだ。

シャカシャカシャカシャカ!!
シャカシャカシャカシャカ!!!

口の中を高速移動する歯ブラシ。
もはや歯磨きではない。
ヴァイオリンの超絶ボウイング奏法である。

洗面台の前に立っているはずなのに、
気分は完全に世界のソリストだった。

途中から、「磨いている」のか、
「演奏している」のか、
自分でも分からなくなってきた。

クラシック音楽というのは恐ろしい。
人を優雅にするどころか、
時として歯ぐきを危険領域へ導く。

気づけば曲は終盤。
こちらもラストスパートである。

シャカシャカシャカシャカシャカシャカ!!!!

そして、渾身の演奏終了。

鏡を見る。
少し息が上がっている。
そして、口の中がほんのりと血なま臭い。

なぜ朝の洗面台で
ここまでの達成感を覚えているのかは分からない。
でも、
いつもより妙に楽しかった。

歯磨き嫌いの僕が、
最後まで一瞬も飽きずに
集中して磨いていたのだから、
これはもう立派な
音楽療法(あるいは荒療治)なのかもしれない。

歯ぐきが限界を迎える前に、
次は、
「ラ・カンパネラ」か「チャルダッシュ」に挑戦したいと思っている。

「ラ・カンパネラ」リンク

「チャルダッシュ」リンク

「ラ・カンパネラ」を調べてみたら、
あれは元々バイオリン曲をもとにした作品らしい。

なるほど。
どうりで危険なわけだ。

……いや、その前に。
明日の朝は、
とりあえず「G線上のアリア」あたりで、
傷ついた歯ぐきを
優しく癒やすことからはじめようと思う。

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加々本 豊|人生を言葉にする人 ここにある言葉が、 もし少しでも役に立ったなら。 その気持ちを、そっと置いていってもらえたら嬉しいです。 無理はしなくていい。 でも、届いてることはちゃんと知りたい。