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AIに仕事を奪われなかった工場へ社会科見学に行った話 (SF少年お仕事小説)



【あらすじ】
 AIが隆盛の近未来。小学生のぼくとケイイチは社会科見学の日になぜか、本来の予定にない工場へ辿り着いてしまう……。その工場は珍しくAIじゃなくて人が働いていた。
 見学のはずがなぜか採用担当の面接を受けてトントン拍子に採用されてしまい、働くハメに。
 しかし、そこで見たものは、労働の意義や商品の価値を根底から揺るがすようなものだった……。
 果たしてぼくらは本当の意味での社会科見学を無事に終えることができるのか……。
 最後まで読んでね。


※この物語はある視点に立った近未来社会科見学譚でありフィクションです

【社会】=人間の共同生活の総称

辞書より

朝のおしり





「いいですか総理、持って行ってもいいおやつは何百円までかを、その正確なところをですね、国民は知りたがっているわけですよ」という、おそらくは国会での野党による追及の様子を伝える朝のニュースが聞こえた。

政治とカネの問題のときのカネはいつもカタカナ表記だ。

ボクはまるで“つもり貯金”みたいな目覚めかたで、いつもよりも早く起きた。こういう起床パターンは、1学期前に行われた社会科見学の日の朝まで遡らないと、ちょっとない。

つまり今日は社会科見学の日なわけだ。

地球上で初めて社会科見学をした人のことをもっと知っておくべきだろう。おそらくは見学する能力が卓絶した人だ。

それはそうと、親には内緒で、この頃、子ども用ロフトベッドを育てていて、すっかりキングサイズまで育った。ボクの家は狭くて、自分の部屋がないので、ベッドを育てて、そのなかを開発していくしかなかった。

おっと!そうだ。枕元に置いといた社会科見学の『しおり』にもう一度、目を通さなくては、だ。

昨日から紙質が変わるくらいに目は通してはいた。

まるで“つもり貯金”みたいに。

過DXでバーチャル紙なので紙の手触りがする。

過DXでトイレットペーパーもバーチャル紙のがでているけどまだそれほど普及してない。ちゃんとふけないから。

さあ、顔を洗う。すっきりする。毎朝爆誕できたら最高だ。朝には夜よりもずっと多くの順序がある。そのことは『しおり』参照。

そうだ!さらに『しおり』を読もう。トイレの中で。純粋思考。

おそらくは『しおり』は世界的なベストセラーだ。

まったく『しおり』が『おしり』じゃなくてよかったよ。いくらボクでもしおりのケツはふけない。

この世界をつくっているのは約100種類の元素です。

便座に座ったまま立ち読みする。変な想像はよしてほしい。ボクは真剣だから。

にしても、内容について一つ謎なのは、どうして4年2組のみんなの集合場所とは別にボクだけの集合場所が記載されているのだろう。

ざっくりとした地図つき。“これはQRコードではありません”という注意書きがなければQRコードにしか見えない地図だ。

もしかしたらボクが『シン・登校児』だからだろうか……。

シン登校とは、新しい登校スタイルで、学校といっしょに通学するもの。だから永遠に学校に着かない。とても人生べんきょうになると海外からも注目されているらしい。

そもそも、この『しおり』を誰からもらったかをあまり覚えていない。現代人は記憶力を忘却力が上回ってしまいAIに頼ってばかりだ。ボクも気をつけよう。

ボクはおしりをふいてからトイレを流した。自分でしたうんちを手軽に確認できるように目の前のモニターにうんちは常に映し出されている。

そして今、それが流れた。

あー  すっきりした。

トランスヒューマニズムで極超快便になったひとの話をこのまえ聞いた。

おやつはけっきょくいくら分まで持って行ってもいいか書いてなかったのでいつも通り五百円にした。

朝のもろもろも終えた。

「いってきます」を言って玄関から家を出た。






メタ集合場所


ボク専用の集合場所まではなんとか来れた。

人通りの多い道に囲まれた小さな公園みたいなところだった。今のところボクひとりみたいだ。

公園内の遊具にはやたらと黄色いデンジャーテープがぐるぐる巻かれていた。幽邃な庭園とはまるで真逆だ。

近くに座りやすそうなベンチがあったけど、立ったままでいた。そのほうが集合したひとに見えると思った。

快晴オブ快晴。集合日和だ。

しかしながら、まだ、ここが誤った集合場所の可能性もある。念のため派手なスニーカーを履いてる。

行き交う人の中に小学生を探した。みんな洋服を着ていて、和服の人がいると目立った。

だいたいの人たちが“VRながら歩行”のひとたちで、『ながらVR禁止条例』に本当はひっかかる。見渡しても、ながらゴーグルの小学生はなかなかみつけられない。大人はいつだって子供より先に条例を破る。

そこへやっとこさひとり現れた。ボクは最初それがケイイチじゃないと思った。

なぜかというと、仲のよい友達の顔が『判別できない症候群』がこのごろ子供たちのあいだで流行っていて、ボクにもその初期症状がみられると診断されかけていた。友達かどうかを判別してくれるAIが無料で配布されてから症状がひどくなったように思う。

「じゃーん、ぼくでしたー」と言って、近くまできたケイイチは容姿いじり防止用の顔加工装置のスイッチを切った。

するとみる間にケイイチの特徴を持った顔になった。教室では義務化されてるこの装置はどんな顔でも全く特徴のない顔に加工してくれる。

「なんだ、よかったよ、ケイイチで」

ボクは友達のことはまだ自分で判別できる自分でいたい。

すぐにお互いの『しおり』を交換して読んだ。ケイイチもそうとう読み込んでいるとお見受けした。

「おやつどうした?」とボクはきいた。

ケイイチは頭の上に浮くタイプのふわふわリュックを持ってきていた。たしかに混雑した場所ではすごく便利だ。

「五百円分にしたよ」とケイイチは笑顔で言った。

「了解」

おやつの件はホッとした。今朝はそのことが国家を揺るがしていたのだ。

ベンチに二人で座った。

「そもそもこのベンチが二人までしか座れないタイプのだから、もうほかに誰も来ないのかもしれないよ」

ケイイチはまるでボクがそう思うだろうと思うことをときどき言う。ケイイチとボクは多分まつげの長さがいっしょだ。

「了解」とボクはうなずいた。

平日だったけどサラリーマンさんの姿はほとんどなかった。ある理由から世界中でサラリーマンの数は激減してしまっていた。でも不思議なことにサラリーマンがいなくなっても朝のラッシュは変わりなかった。

ただなんとなく歩いている人が増えてしまったためだ。

ひとつには、科学が“生きる”ということの本当の理由を大まかに解明してしまったせいもあるんだろう。

ボクらが社会科見学の日の朝にワクワクして目覚めるように、社会も毎朝そうであればいいなと思う。

予想通り、集合場所にはほかには誰も来なかった。当初から、少なくとも担任の先生は来ないだろうと思った。担任の先生はそれぞれの生徒が担任マッチングアプリで選ぶため6年間マッチしないこともざらだ。

『家に帰るまでが遠足だグッズ』をちゃんと当日身につけていれば、それを言う先生もとくにいらなかった。

ベンチに座っているボクらの背後には軍事パレードができそうなくらい大きな道路があって、バスが一台停まっていた。ずっとそのことに気づかなかった。大きなタイヤで、バスの長さは街路樹から次の街路樹までのあいだくらいの長さはある。車体に広告なし。小学生専用と書かれたドアが開いている。

ボクとケイイチは互いにうなずき合ってから、ベンチを立って振り向いて、そのままベンチを飛び越えてからバスに乗車した。自動運転なので運転手はいない。

テクノロジーが進みすぎて、『スマート〇〇』との呼び方がもうダサくなってしまって、スマホも今は『ホ』か『ス』だ。

ケイイチは座席に着くなり、「あのさ、完全自動運転社会になってからというもの、小学生の車酔いが減ったっていうデータがあるの知ってる?」と言った。

「まだ知らない」

ボクらはやっぱり一番後ろの真ん中の席をとった。

ボクは荷物を前に抱え、ケイイチは頭の上で浮かべていた。

バスが走り出した。

大昔のドラマとかだと、ここで振り返ると後ろから誰かがダッシュで追いかけてくるところだけど、もう今の時代にそれはないのだ。AIがそういう運行の妨げとなるドラマチックなすべてのものを計算して、判断した上で発進しているから……。

それでも一応、後方を窓から見てみた。

なぜかわからないけど、何度もその景色を見たことがあるように感じた。




お化け工場だった


現地に到着するまでは目を瞑っているゲームを2人でしていた。

ケイイチが薄目をあけてズルしているのをボクは薄目で見ていた。

バスは意外にもすぐに目的地に着いた。まだ学区内だと思う。

バスから降りるときはジャンプして降りた。まだ目を薄目しか開けてなかったので、そこでしっかり開けた。

── え⁉  ここなの⁉

驚いた。だってここはよく知っている川沿いの工場だったから……。

──『お化け工場』

ボクらはそこを昔からそう呼んでいた。

もう少し詳しく言うと、それはいつもよく通るところにある工場で、地図記号の工場のやつみたいなギザギザのあるその外観は、明るいときでも薄暗くて不気味な雰囲気を漂わせているところ。

だから、そういったイメージからボクらはきっとこの建物の内部では“お化け博士”がたくさんのお化けを生産して世界中に送り出しているんだろうという推測からその呼び名になった。

でもまさかこことはね。

逆にボクたちはハイタッチしたよ!

だってつまりは今日の社会科見学は『お化け工場の秘密』に正々堂々と迫れるわけで。

ちょーラッキーなわけで。

で、ボクらはチヨコレイトのチの第一歩みたいな一歩で敷地内に足を踏み入れた。守衛さんはいなくて、緑が少なかった。敷地は広いけど、付随的にいろいろ少ない。社会科見学らしくキョロキョロする。

ボクらはなんでもスワイプしてしまう世代らしいので、テストの問題もスワイプしたもん勝ちになってる。だから景色くらいはきちんと見たい。

『VRデバイスをつけすぎていませんか』という注意喚起の看板があった。VR酔いみたいな人のイラストが入っている。

『構内は構内です』という看板はもっとあった。こんなに正しいことを書いている看板は学校の周りにもない。

少し歩いたところで、落とし物の隕石を拾った。たぶんボクら以外の人は落とし物とは思わないかもしれない。

保育園の時、AIがバグる隕石をポケットにお守り代わりに入れていたのに似ていた。それは没収されてしまった。いや、先生にプレゼントしたんだっけな……忘れた。

建物までの前庭をさらに歩いているとケイイチが「これを見て」と言って、求人のチラシを見せてきた。たまたま家のポストに入っていた物をおにぎり包みように持ってきたらしい。チラシにはこの工場の写真。と米粒。

なんてタイムリーな。

ところでここはそんなに人手不足なんだろうか。AI支配の今時、そんなに人手がいるところなんてないはずなのに……。

ケイイチは歩きながらそれを読み上げ、ボクは同じ速さで目で追った。

『未経験者大歓迎☆年齢性別不問☆国籍不問☆ボーナス昇給有☆誠・社員登録制度有☆誰にでもカンタンに壊せるおシゴトです!!ぜひご応募ください』採用担当:猿元(さるもと)

読み終わったところでチラシから目を上げると、ちょうどボクらは、学校くらいの高さを持つ工場の建屋の前まで来ていて、その入り口があった。

ギリシア神話には、人間が神に挑むことに警告を与えるタイプの神話がたくさんあります。

アリテイで言えば、

もっとたくさんのツル植物が外壁につたったりして、壁面緑化しているかと思った。




採用担当のひと


入り口のドアは並んで二つ。さすが、お化け工場だけあってドアガラスは適度に割られている。中の作業音みたいなのはここまでは聞こえてこない。

なぜか警察の治安部隊のゴム弾の跡みたいなのもある。社会の勉強になりそうだ。

「ねえ、お化けってなんで裸じゃないと思う?」

それはケイイチらしい疑問だった。

「わかんない。恥ずかしいから?」

「ぼくも知らない。でも工場はここにある」

「うん、そうだね」

ボクらの朝からのワクワクは持続していた。

実は常日頃から考えているイタズラがあって、それは『どこでもドア』のすぐ向こう側にもうひとつ『どこでもドア』を並べておいて、知らずに入った人が「ここでもか」って思う仕掛けのやつ。

実際のところ今日は、右側のドアからボクが、左側のドアからケイイチが入った。ドアノブは冷たくて扉は重い。

ガチャ、ギィー。

中にはいったところで、バタンッ、バタンッと背後で閉まる音がした。これでボクらはもう社会科見学に閉じこめられたわけだ。

「やあ」

「やあ」

とボクらは再び出会った。

この建物は奥行きがけっこうありそうだ。

「実はここで待っていろと言われたんだ」とケイイチ。「でも、その『ここ』がこことは思わなかったんだ」とも言った。

「なんだそっか、了解」

しかもケイイチは二人分をさっきの求人に応募しててくれたみたい。担当は猿元さるもとさんという男の人。

ケイイチはその電話の際に、好きな野菜は何かと唐突にきかれて、ブロッコリーと答えればよかったのにピーマンと答えてしまったと悔やんでいた。

「だから今日の社会科見学のおみやげはピーマンかも、ごめん」

「げー、了解」

薄暗さはそのとき感じた。でもお化け工場にしては明るいほうかもしれない。

採用担当のその男の人を待っているあいだ、ボクらはまるで学校で悪いことをして廊下に立たされているときと同じ気分になりかけた。

それは、このお化け工場が学校と同じにおいをさせていたからにほかならなかった。

もしかしたら今つくっているのは、学校の怪談に供給するためのお化けなのかもしれない。もしそうだとすれば、現役のボクらもなにかお手伝いできるかもしれない。少なくともボクらの学校に怪談は足りていないし。

しばらく時間が経過した。まだ誰も来ない。呼び出しのベルなどを鳴らして、その音で、できたてのお化けをダメにしたら大変だ。とりあえず待つ。

「ほんとうにここで待つように言われたの?」とボクはケイイチにきいた。

「うん、でもほんとうはイタズラなら切りますよって電話で言われたんだ……。だからすなわちそれは面接に来いっていう裏の意味と思ったんだ」

「なるほど、それならここで待つしかないね」

ボクは納得して、ケイイチは元気になった。

また時間がたった。どうしてお化けが服を着てないかわかった。脱ぐ時間がなかったんだ。時間がありすぎると逆に足りなく感じるものだ。

それにしてもずっとあえて言わなかったけど入ってすぐの正面にすごくリアルな蝋人形みたいな男の人の置物があって、たぶん演出だとは思うけど、気味悪すぎて気づいてないことにしていた。

男の人は作業しやすい格好のままじっと立って瞬きもせずにこちらを見ている。しんどそうだ。

しかたなくボクらはそのリアルな蝋人形のわき腹をこちょこちょくすぐった。

すると人形はわかりやすくリアクションした。

「もー、ちょっとーやめてくれよー」

それが採用担当の人の声と一致する事をケイイチは暗に認めた。メガネをかけている。

咳払いして取り直してから「私が採用担当の猿元さるもとです」と言ってメガネを軽く持ち上げた。

「よろしくおねがいしますでいいですか」とボクらは同時にきいた。

「いやー、電話でそっけなくしてわるかったね。替え玉とかが多い時代だから、うちは三回目までは断るようにしてるんだよ」

猿元さんは上からボクらを見下ろしながら笑顔で軽く頭を撫でてきた。雑な撫でかただった。

その際ボクらは無表情でいられた。

「あのー、実はピーマンではなくて……」とケイイチはおそるおそる言った。社会科見学のおみやげは一大関心事なわけだから。

「うん、その件ね、オッケー。対応するー。そっかー、君たちが君たちかーそっか、そっか」と猿元さんはメガネを光らせて、そのあとは自分のことだけを長く話した。

全ての飛んでくるつばを避よけきって、事なきを得た。

小さな声でケイイチが「お化け博士に違いない」とボクに耳打ちした。

たしかにお化けを作り出すにはすごい“自分”を持ってる人じゃないと乗り移られてしまいかねない。そして見事なお化けを作り出したあかつきには名誉と信望を得るんだ。

こんなに印象操作なされてないことってありだろうか。

ボクらが小学4年生のブンザイであるということはそのとき伝えた。

いささかの慢心も衒いもなかった。

とりあえず面接室に行くことになった。



異色の面接と生き残った工場


さっそく面接室へと移動する。社員としての採用にも“ゆる募”とかあるのだろうか。

ボクらは先を歩く猿元さるもとさんに後ろからついていく。

まっすぐな通路なのにまるでQRコードの中を歩いているみたいだ。

壁にはもともと貼られていた『今月の目標』がたくさん剥がされた跡があった。足音が必要以上に響く。

猿元さんは後ろ手を組みながら後ろのボクらに「あんまり工場みたいじゃないでしょう」と自嘲気味に言った。

表情が見えないのでどちらに答えるのが正解かわからない。だからお化け工場らしいですねとはとても言えない。

「は、はぁ」

「ずっと昔はね、ここは錬菜術れんさいじゅつの一大研究所でね……、ああ、錬菜術というのは錬金術の野菜バージョンのことなんだけど、知ってるよね。ほらちょっと前まで地球は食糧危機だったけど脱したでしょ。それはこの技術のおかげなんだって、習ってないかな」

「ああ、それなら学校で教わりました。どんな物からでも野菜をつくれる技術ということで理科で実習しています」

ボクらは元気よく答えた。『しおり』にそうしなさいと書いてあった。

「うん、そうか、最初は怪しげなエセ科学扱いもされたりしたんだ。いろいろとここは科学の発展に貢献したんだけどね、今はもう、その程度の技術だけではAI主体の工場に負けてしまうからね。全く別の独自の生産方法をとっているんだよ」

そこで一度猿元さんは上半身だけこちらを振り向いてまたすぐに前を向いた。

「じゃあ、この工場はAIに頼っていないんですか」

ボクらは元気よくきいた。『しおり』には“当てられた人がきくこと”と書いてあった。

「ああ、まったく頼っていない」

「おー」とボクらはうなった。

人手不足なのもそれで理解した。てっきりお化けはAIの力を借りてできていると思ってた。ボクたちが怖がる物を分析してもらった上で怖がってるはずじゃないのだろうか。

猿元さんはボクらのリアクションに満足したらしくアハハハハと細かく刻むように笑いながら歩いた。

後ろから見てもセンター分けとわかる髪型だ。

辿り着いた部屋の入り口には『応接室』と書かれていた。ドアが外されていて無かった。『取調室ではない』とは書いていない。

「さあ、二人とも座って」

ボクらは、ボクらには少々大きすぎるソファに並んで座り、猿元さんは対座した。生まれて初めての面接というのも社会科見学のうちだ。

部屋には『最初の練菜』と題されたブロッコリーのブロンズ像が飾ってあった。まずはブロッコリーからはじまったようだ。

「こほん」と猿元さんが咳払いをしていよいよ採用面接がスタートした。

“はじめに言葉ありき”と聖書にあるように、面接はことばで始まった。事務的な猿元さんの言葉だ。

「ええと、2人とも小学4年生ということで……、履歴書に書ける内容はまだ少ないだろうから今回はいいとして……」と、テーブルの上の採用マニュアル書をぺらぺらめくって、そこで顔を上げ、「では、君たちが今までに何か感情を込めて壊した物があったら挙げてみてほしいんだけど」と、きた。参考までにきくのだそうだ。

「壊した……  ものですか……?」

──工場って  つくる  ところなのに……。

横のケイイチがボクにだけわかる口の動かしかたで「お・化・け」と、くれた。

やはりこの工場は『背筋が凍るなにか』を大量につくっているんだ。

真実が肌に近づくとこんなにも足が震えるものなのか。

たとえば、そういうのは、きもだめしで、おどかす側として、ひとりで待っているときもけっこう怖いのといっしょで、お化けの生産者側的な恐怖を先取りして感じているかのようだ。

それはケイイチの横顔を見ても同じみたいだった。

そんな強ばった表情のボクらを見て、猿元さんにメガネの下のところがほっぺにあたるくらいにさせて「アハハハハ、地元の子供たちから、ここが“お化け工場”と呼ばれているのは知っているよ」と、ソファの背もたれに大きく背中をつけながら言った。

ならばボクらは尋ねるしかなかった。

「ほ、ほんとうにお化けをつくっているんですか?」

前のめりなボクら。もしもここが自分の家だったら緊張でおちんちんを握ってしまっている展開だ。

「うーむ」と腕組みに移行した猿元さん。そして……「実はそうなんだ……」が、きた!

──きたーっ。

この事実は誰と誰と誰に話して、誰と誰と誰には秘密にするかということが瞬時に脳内を駆けめぐった。

──だがしかし、そのあとに猿元さんはつづけて言った。

「……と、言って喜ばしてあげたいところだが、アハハハハ、もちろん違うんだ。お化けなんてつくってないよ」

なーんだ、とボクらは一般的な小学4年生がするガッカリのしかたでがっかりした。

今度は猿元さんが前のめりになって言った。

「でも、ある意味ではこの工場はお化け工場なのかもしれない……」

猿元さんはさらにつづける。

「まあ、『生き残った』という意味でのお化けだな。知ってのとおり世の中のシゴトというシゴトはことごとくAIに持って行かれていて、もちろん、あらゆる生産工場もその大波を免れえず、AI管理での完全無人工場が主流となってしまった。その厳しい状況の中でも我が工場だけは完全自動化・無人化とは無縁で生き残ったという点でお化けなのだ。そういうことができない分野だからなのだが……」

「人がすべてやっているんですか?」という質問は2人で譲り合った結果、ボクがした。

『しおり』には大事なことはメモしましょうとあった。

頭にたたき込める量も範囲もAIの影響で年々減っていた。

「そうですよ。すべて人ひとが行っています。だからこの工場は現代の生産神話と言われているのです」

ことここにいたって猿元さんは急に神との合一ごういつみたくなって、丁寧な口調になった。

「へえ、そうなんですかぁ」

どっちにしろお化けはつくっていないということが、ボクらのこの工場に対する神話性をやや損ねてはいた。

『幽霊の  正体みたり  かれぴっぴ』

ここに、お化けは何かのつゆと消えた。

でもたしかに、この頃はAIに押される形でサラリーマンは『去るリーマン』と言われ絶滅寸前となってしまったわけで。だから、学校でも授業では『余暇の使い方』をたくさん学ぶし、社会科見学のときも、人間がいかに働く必要がないかを確認する目的で行うことが多かった。

生き残った工場……。人にしかできない……。

なんだかお化けよりもよくわからないものの存在がここにはあるみたいだ。

部屋の隅のウォーターサーバーの水がドクンッとクラゲみたいな気泡を生んだ。



飛び級で採用された


猿元さるもとさんは再び面接モードに戻った。

「さ、で、さっきの質問だけど、君たちが今までに壊したものは?」

「……んー」とボクらは考え込んでしまった。

急に言われてもなー。面接のほろ苦デビュー。でもボクの代わりにケイイチが何かを思い出してくれたみたいで「あったー!」と手をたたいた。

「あれだよ」

「あ、あれかー」

ボクも思い出した。あれを。

2人でいっしょに声を合わせて言った。

「せーの、『川』です」

「なんだって⁉  川⁉」

今度は猿元さんが“?”になる番。

「ほら、すぐそこの川だよ」とケイイチは工場のそばを流れる川を指でさした。

川の名前を知らないことにいま気づいた。どうして川の名前には、はじめてその川を発見したした人の名前をつけないんだろう。

猿元さんは意外だったせいか、「川を……ねえ」とモゴモゴったあとで、急に背筋を伸ばして、「どうやって?」と、きいてきた。

これは面接なので、きちんと面接なりの受け答えをしようと思ったんだけど、その事実が事実なだけに、結局はダイジェスト版みたいな報告になってしまった。

〖そうです。ボクらはあの日あの川を壊したのです。その日も川は流れていました。ケイイチとボクは自由研究のためにあらかじめアクアショップの山田マリンで手に入れておいた『爆逆魚ばくぎゃくぎょ』の力を使ったのです。生きたままでしか捕獲されたことがないことから幻の魚と呼ばれているその爆逆魚をなぜボクらが入手できたかというと、山田マリンがメタバース内で地上じあげにあっていたのをボクらが助けてあげたからそのお礼にいただけたのです。
ボクら2人でやっと抱えられる大きさのその魚は、ミドリ色の半分の色で、ウロコが虹のように多くて、しかもそのすべてのウロコがプロペラのように回転していて、とても手でつかみづらい魚なのです。
「この魚をぜったいに川に放したりしてはいけないよ」というフラグを山田マリンのひとが立ててくれたので、川に放したのです。
川に入った爆逆魚はといいますと、川の水を吸い込むように口から飲んで、足りない分はウロコからも飲んだのです。そんなところからもこの魚の干物は人工光合成装置の重要な部分にも使われるほどです。その日はすごく快晴で、爆逆魚はまるでハチドリの飛び方みたいな泳ぎ方で泳いだのです。
その目は漆黒のブラックホールのよう……、と、思ったのもつかの間、そこから向こう岸までが『川モーゼ』のようにまっすぐに切り開かれたのです。
川はそこで上流と下流に真っ二つ分かれて、ついに壊れたのです。
そして爆逆魚は吸い込んだ水を思いっきり吐き出しながら、その動力でロケットのように空高く飛んでいったのでした。
さようなら  さようなら。 
どうかあの爆逆魚が雲の上で外来種と仲良くできますように……。
ボクらは手をあわせたのです。
と、まあ、ざっとこんなところが、あれです〗

ボクらは長い説明を終えた。身振りと手振りを交えた。のどがからからになった。いま思い出しても不思議な出来事だった。“自由研究とは自由な枠組みづくりの過程であってはいけませんよ”と、そのときの担任には言われた。

すべてを聞き終えた猿元さんは「ほう」と言って、テーブルに両肘をついた。半信半疑の人がする仕草のパターンのほとんどをそのあとでした。面接チェックシートの端のほうにいくつかチェックを入れていた。

おっと、ここで、言い忘れていたけど、面接行為には本来なら『出会い税』が課せられる。わざわざ会う必要がないと言うことで。

ほかにも非効率なものは現代ではだいたいが課税対象だ。AIを使ってつくった法律だからなかなか抜け穴はない。

でもボクらは小学生だし、社会科見学なのでこの場合免税措置がとられる。

面接のつづき。

猿元さんからの次の質問がきた。

「あのさ、蒸し返すみたいであれけど、お化け見たことある?」

「え??」

だって今さっきお化けはつくってないって言ったのに……。

「というのは冗談です。これで面接を終わります」

その場にいる三人ともそれぞれのさざなみみたいに笑った。冗談への対応はそれでいいと思う。

面接の最後は冗談で終わるとよいとメモした。

ボクらは採用された。しかも本採用とのこと。

社会科見学からの下克上は初めてだそうだ。

ボクらなんかにはとても任に堪えないのではないでしょうか。

言われるままボクらは契約を交わした。猿元さんの顔つきはそのときは特に鋭かった。その顔かんばせに映る何かにびびった。労働条件のところが特に小さい字で読みづらかった。

「が、がんばります」

ケイイチもボクも固くなった。生き物のおいたちはやわらかいバクテリアからだ。

ソファから立ち上がるとき、さっき拾った落とし物の隕石を猿元さんに渡した。すると表情が少し曇った。

「君たち、どうしてこの石が落とし物だと思ったの?」

「えっと……それは……」

もしこれが面接の一部だったら即時に答えたかもしれない。清濁併せ呑んで…とかは嫌だった。

「でも、まあ、いいや」と猿元さんはそれをポケットにしまった。

少し気になったのでそのことをケイイチと相談しようとしたら、すごい叫び声(?)が部屋の外、おそらくは工場のメインエリアのほうから聞こえてきた。

まるで絞り出すような叫び声だ。

それを聞いて猿元さんは「おー、はじまったねー」と言って書類片手に立ち上がった。

その際に時計をチラ見した。ボクらも時間が気になった。

この頃はそんなに珍しくなくなった宇宙標準時表示だった。もはや地球標準時はローカルタイムになりつつあった。

この前はどちらの時間を採用するかで国と国とが戦争になった。時間って恐ろしい。

ドッカーンと、今度は何かが激しく壊れる音が聞こえてきた。同時多発的に、だ。

しかもそれがモーニングルーティンのようにまるで工場内の空気を乱さなかったのが逆に怖かった。おそらくはいつもの音なんだ……。

「それじゃあ、作業場へ案内するよ」

猿元さんはカーナビのようにさらりと言った。



いよいよメインエリアへ


さっそくボクたちは働くことになった。もしかしたら、広義のギグワーカーなのかもしれない。社会科見学というプラットフォームを介して……。

まだ具体的な仕事内容はわかっていないし、そもそも何をつくっているのかも謎のままだ。

報酬は『デジタル子供ドル』で貰える。デジタル子供ドルは所有者が子供のうちはすごく価値が高くて、大人になるにつれて価値がなくなっていくという通貨。

つまり、真剣に無駄使いしまくるしかない通貨。

面接室を出て、まず向かったのは更衣室で、そこで作業服に着替えるように言われた。

まさかとは思ったけどそれは野菜の着ぐるみだった。

創業時の精神を忘れないように作業に入るときは全員着るんだそうだ。

「ピーマンじゃなくてブロッコリーでいいんだよね」と言って猿元さんは笑顔で渡してくれた。フリーサイズ。
猿元さんはおでん(?)みたいなのをもう着ている。

ケイイチが「こんなことならピーマンのほうが動きやすかった」と小さい声で後悔を口にした。

ボクはいちばん動きやすい野菜の着ぐるみってなんだろうと考えてみようとしてやめた。

だって、着ないのが一番だから。

2人で協力して2人分着替えた。ひとりでは着られなかった。宇宙服みたいな難易度だ。

しかもこの作業用着ぐるみは特殊で、“非パワードスーツ”仕様になっていて、着ると、本来の実力の何分の一とかしか出せない。その代わりにここぞというときに本気が出せるというちょっとまわりくどい性能のもの。

試しにピコピコ動いてみたけど、とくに変化を感じず未知数気味。

それについての猿元さんの見解は「おそらくは、小学生というのは、一秒ごとに総合力が向上していってるから、その伸びしろのぶん、利きが悪いんだろう」というものだった。

更衣室を出た。ここからはこの社会科見学の花道だ。

猿元さんについて通路を行く。着ぐるみのまま……。

まだ社会科見学者は入れたことのないところにいきなり行くみたいだ。日本は根回し社会なはずなのにうれしいかぎりだ。

メインエリアにある“創造ヤード”。それが目指す先。

途中途中の透明ゲートを次々パスしていく。ボクらの遺伝子にDNAコンピューティングで社員証を組み入れてもらってある。これでもうどのエリアにも入れる。

ボクらの足音がまるで、次回へとつづくアニメみたいなエコーのかかった響きかたに聞こえる。

壁も床も真っ白で、なかなか人とはすれ違わない。

この壁や床はDXされていて通過する作業員の歩き方やタッチのしかたで心の動きを読みとっているらしい。いい仕事ができるために。この管理体制を見ても、この奥に人の活躍しているエリアがあるなんて信じられない。AIが製造までするのが一番効率的なのに……。

「どういう反応を示すか、チヨコレイトで歩いて見ようよ」

「うん、いいよ」

ボクらがじゃんけんしようとしたら猿元さんが振り向いて牽制された。

そのあとはちゃんと歩いた。

そして立ち止まる。「ここで体を清めてから入るように」と言われた。この先は工場の中枢。まるで宇宙船のエアロック室のような雰囲気の場所だ。手の届く場所に月から直送された砂、レゴリスが盛られていた。

それをひとつまみしてぱらぱらと自分にかけて清めた。

たぶん清まったと思う。

なんかついでに2礼2拍手もしてしまった。

「それは次からはしなくていいからね」と言われた。

関係者以外立ち入り禁止のスライドドアを開ける。

いよいよお化けを作らないお化け工場の秘密が……。

ボクはごくりと唾をのみこんだ。




本当の社会科見学の始まり


ドアの先、

そこは、さながら軍需工場のようなスケールだった。

もちろんこの時代に人が働いているというだけでもショッキングだった。

野菜の着ぐるみの作業員さんたちは、それぞれのヤードにまるでライブキッチン形式のレストランのシェフくらいの間隔で配置されている。

広大なワンフロアですべてが完結していてこの場所からよく見渡せたし、自分の手のひらディスプレイで遠くのほうもモニターできた。

これは言ってなかったけど、現代人は子供のころから手のひらがタッチパネル化していて半デジタルデバイスになっている。そのことは『退化論』という大著を参照してもらいたい。

今日は社会科見学なのでそのアプリで連携してある。ちなみに改札も手のひらで通る。当たり前だけど。手汗を甲からかくようにしてある。

工場の話に戻ると、基本的なシステムについては、ボクらが今まで社会科見学でお邪魔したほかの工場と大差はないようだ。

ただベルトコンベアの上では製品は浮かんで流れてくるし、そのベルトンベアはなんというか自分の意志で伸びているかのようにうねうねと長い。だからこの工場内に大腸のようにぱんぱんに詰まっている感じだ。

そして人の数が多いせいか、AI完結型の工場より室温が高く感じる。

べつに、あやめもわかぬ暗闇を想像してたわけじゃないけど、高い天井からの照明が明るすぎて、ルクスやばい。

もしかしたら『ムダ発電運動』のせいかもしれない。ムダにエネルギーを使いまくって、一旦枯渇させて、クリーンな地球に早めに生まれ変わらせようという運動が一部で起こっているとニュースでやっていた。

もちろんこの工場がステキに見えるからまぶしいだけなのかもしれないのだけど。

ケイイチのすぐ横の壁に貼ってあるスローガンポスターを読んだ。

【〈①注意 ②興味 ③欲望 ④記憶 ⑤購買行動〉の順に正しくAIDМA破壊をしよう!!】というもので、すでに悲惨なくらい落書きがされていた。

とにかくここは壊したくてしかたない工場みたいだ。

これも、以前にケイイチとした自由研究でコピペを何回繰り返すとそれはコピペしてないことになるのかの限界をコピペしようとしたときのような逆説だ、ここは。

そのあいだも各ヤードからは破壊音や絶叫が聞こえてきているのだけど、実はボクらの前にこちら向きで立っている猿元さんが製品の流れてくるいいタイミングで視界をわざとらしく遮ってくるので肝心なとこが見れていない。

子供には刺激が強すぎるからそうしているんだろうか。“しおり”でいったらプログラムナンバー何番なんだろう。

早く見たい。

すると猿元さん「ほいっ」と言って、あらかじめ決められた時間が来たみたいにさっとどいてくれた。

そしてボクらはついに目の当たりにしたのだ!



地雷系作業員の祭山田さん


ボクらが見たものは……、

製造とは逆の行為だった……。

みんな一斉に壊している。流れてきたそれぞれの製品をそれぞれの壊し方で……。

繰り返しになるけど、およそ工場本来の持つ生産体系とかけ離れた行為だ。驚嘆に値する。

あちこちで火花が散っている。散発的に戦闘がおこっているかのようだ。

各ヤードを通過したそのあとには棺のように横たわった残骸が下流セクターへと流るるを見るだけだ。

ケイイチが、「これが壊しはじめなのか、壊し終わりなのかがわからない」と、ぽつりと言った。

「たしかに……」

なんだか不安になってきた。まずはこの不安を打ち砕いて欲しい。

何かが作り出されて、そこに微塵も感動のわかない社会科見学的魔力にやられてしまいそうだ。

ボクらが子犬のように震えながら見学していると、猿元さんがどこかから作業員さんを1人連れてきた。ピンク色の野菜の着ぐるみを着崩した感じの女性のようだ。でもわからない。というのは、長い前髪を全部前に垂らしていて顔が見えないせいもある。

すぐに紹介があった。

「こちらが、まだ若いけどうちでの経験豊富な地雷系女子の祭山田まつりやまださんだよ」

猿元さんは笑顔で、祭山田さんの肩にぎりぎり触れない位置でぽんっとたたくふりをした。

とにかくこの祭山田さんの表情がわからない、まさかこちらは向いてるとは思うけど……。こういうのって未表情って言うんだろうか。

身長はボクらと猿元さんのちょうど中間くらい。無言のままなのでさらに猿元さんが話す。

「君たち、初日の今日は、この祭山田さんにいろいろ教わるといいよ。教えるの上手いひとだから」

でも彼女は何も言わないままだ。このときだけは事前になにも聞かされてないひとの顔になっているんじゃないかと推測された。

猿元さんがめんどくさそうにホラホラと、彼女に話すよう促す。

すると彼女から声が出た。一度伸びをして踵をつけた後だ。

「あのー、この子たちに社長のおことばはもう教えたんですか」

「いやまだだが……」

猿元さんが首を振ってすぐ、祭山田さんが一歩ボクらに近づいて言った。

「『壊せ!さもなくば滅びよ』それが社長からいただく毎朝のおことばです」

「は……、はい」

もっとも会社組織も壊してしまったため社長という存在はリアルにはいなくて朝礼もアバターらしい。

「だから子供って苦手なのよ」

祭山田さん声はもっとアニメ声かと思った。

この泥沼化した初対面の状況に場慣れ感のある猿元さんだけがニコニコしていて、あとは誰も笑っていない。

その背後では、また今、何かが壊された。量惨・・体制だ。

たとえば、あのニュートンさんもこの工場の起こりのように、一時期、錬金術にのめり込んだと言うが、ニュートンさんがもっとも没頭して研究した5年間で、そのうち1回しか笑わななかったんだそうだ。

「よろしく」と祭山田さんは小さな声でボクらに言ってくれた。

ほっとしたのもつかの間、工場内からけたたましいビー音が。

な、なに事だ。

あちこちの黄色いDANGER回転灯もくるくるピカピカだ。

そして天の声もしくは天の公共放送みたいなアナウンスが入る。

『上級破壊作業員はすみやかに位置についてください。繰り返します……』

それを聞いた祭山田さんはまるで憑依したての芸人のようにわかりやすく腕まくりのポーズで気合い十分で言った。

「さあ、『対象』が、どんぶら流れてくるわよ。芝刈洗濯機が使えるじいさんばあさん必見よ」

張りのある大きな声で生産(?)ラインのほうへ向かっていった。後ろ髪も結構長い。

──対象とは何だろう。今まで流されてきていた日常でよく見かける製品とは違うものなのだろうか……。上級レベルな人がわざわざ担当するわけだし……。

「さあ、君たちももっと近くで見学するといい、プロの技を」と猿元さんはなぜか野球のピッチグフォームでボクらを促してきた。

祭山田さんの立ち位置のすぐ後ろまで行く。すでに彼女はアスリート並にコンセントレーションしてコンベア上流をにらみつけている。

前髪を少しだけ指でかき分けた。表情は向こう向きなので見えない。

構図的ににはハラペコなひとが立ち食い回転寿司でとるポジショニングに近い。

おもむろに作業用ゴム手袋を顔の高さでパチンとはめる様は、まるでオペ前の外科医のようだ。なんかそれだけでほれぼれするし、すごく社会科見学的興奮が味わえる。

ボクらの横に立つ解説員の猿元さんが心の内を見透かしたような前口上をくれた。

「その昔、プロフェスという言葉は。教授と司祭と医者にしか使われなかったという。ただAIが全てを担う現代はプロとはたったひとつ、彼女のようなタイプにしか使われない、とくとごらんあれ」

彼女のまわりに何かがするすると天井から降りてきた。たくさんの破壊道具だ。吊された状態で、なんでもすぐ使える体制も整った。

──いったい何が始まるんだろう……。

「ワンチャン、お化けあるかな」とケイイチが言った。

「ワンチャンあるかな」とボクもなにかに言った。





これがプロの技なのか


いよいよ始まる。しかとこの目に焼き付けるぞい。

おっとそこで、ベルトコンベアのここから見える範囲での最上流部、傾斜があってクライマーコンベアになっているところが動きだした。そのさらに上流は次世代神託セクターだ。そこから『対象』は送り込まれてくる。

でもそのセクターの様子は窺い知れない。暗い洞窟のようになっていて大きな入り口からベルトコンベアが吐き出されるようにここまで続いている。

そこはまったくAIとは逆思考で送り出す製品を決める場所なんだそうだ。その際にモルモットと呼ぶAIを逆利用する場合もあるとか。

ボクらにはこの構図は大きな口を開けたベロの長い怪物のように映る。

再びのビー音。

全ベルトコンベアが動き出す。

こちらへ  こちらへ  と。

演出じみたジェットスモークが両サイドからきた。

ついに『対象』のお目見えのようだ。

暗い洞窟の中からうっすらと何かが見えてきた。

きた!──しかも二つ。

でも、え!?なんで??そ、そんなん?って……。

それを見たそのときのボクとケイイチの口はおそらくあんぐりなっていただろう。

だってそりゃそうだよ、流れてきた『対象』というのが……それが……ピーマン……じゃなくって、ボクらがピーマンみたくなるまでかっこよくアジを出すためにつぶしまくった自慢のランドセルじゃったのじゃっ。

「じゃね?」とケイイチ。

「じゃよ」とボク。

ボクとケイイチは学年男子で収納力を保ったままでいかに芸術的にランドセルをつぶせるか大会の1位と2位だから。

二つ仲良くどんぶらこっこと流れてくる。

ぱっと見この光景は空港の手荷物受け取り所さながらな、ながらだ。

あーどうしよー。でもハイタッチして。

あーどうしよー。

ていうか、なんでじゃよ。もういっかいハイタッチ。

ボクとケイイチは完全に社会科見学ハイになっていた。

あの『対象』がすぐそこにいる祭山田さんのヤードのところまで流れてくるのにあとどれくらいかかるだろう。いや、そんなにはないはずだ。

迎え撃つ(?)祭山田さんはといえば、その背中はまるで、バッターボックス内でギリギリまで引きつけて打つタイプの大打者のよう。

ボクらの隣にいる猿元さんが「いよいよ祭山田ゾーンだ。さあ魔快造こわしがはじまるぞ」と熱血気味に言ったけど、あまり聞いてなかった。

そしてこのボクらの社会科見学的運命を背負った二つのランドセルが、ベルトコンベアの高さとしての絶好球で彼女のストライクゾーンへとやってきた。

そこでフルスイング!?いやいや、さあ、ここで何が起こるか、というか造られるのか。産業革命からつづく何かが終わるのか……。こちらの手にも力が入る。

「いい?2人とも、よく見ているのよ」と祭山田さんは声を脱ぎ捨てるかのように叫んだ。

もう彼女の手の届くところに『対象』はある。

転瞬の間があったのち、「キエエエエエ」と絶叫し、彼女はまず3Dスキャナで対象をデータ化して3Dプリンタで何個も複製した。いきなりそれだ……。まさか増やすとは思わなかった。もちろん彼女はベルトコンベアの速度と等しく下流へと移動しつつこれらの作業をしている。

そのあとでたくさんできたランドセルを光年単位の登下校を1万回したのと同じ抵抗を受けられる耐久テスト機に入れて耐え抜いた二つ選んで、それを4Dプリンタで複製して、今度はその二つのランドセルに対してPTAが打ち上げた人工軍事学習塾衛星による、放課後宇宙層圏からの銀河エネルギー集積ピンポイント置き勉レーザー照射した。

その温度に耐え抜いた二つのランドセルが残った。それは……、揚げパンみたいな色の揚げパンみたいなものに変わってしまっていた……。

できあがった製品(?)にボクらは駆け寄る。

少し煙が上がっている。

近くで見てみると、ランドセルっぽい曲線が微かに残っているがほぼ揚げパンだ。こんなに製品の使いやすさを人間工学(エルゴノミクス)の点から突き詰められてないものってあるだろうか。

少し上流で、もう立ち止まって見送っている祭山田さんは大きく肩で息をしながら、作業ヤードごとに設置されている『完破ボタン』を両手で押した。

すると、つり下がっていた道具類がすべて上がり、ベルトコンベアは速度を上げ、ほかの作業員の注目を浴びる『元対象』を最下流のセクターへと流していった。

もはやベルトコンベアを“穏やかな層流を形成する静かな小川”に例えている場合じゃなかった。

そんななかでケイイチが言った。

「あしたからあれ背負っていけるね」

「人気者にだけはなれそう」とボク。

自分の頭の中に“頭の中がお花畑なひと”がいっぱいいるみたいな混乱があった。ますますここが何の工場だかわからなくなった。




評価セクター


どんどん遠ざかっていく『元ランドセル』、いや、完成品をまるで我が子でも送り出すような目で猿元さんも見ている。そして一言。

「さあて、あれが評価セクターでどう判断されるか楽しみだ。流石は祭山田女史、人工知能ふぜいにはできない芸当ですな。非常に意匠性が高い、ハッハ」

──あの揚げパンが??と、ボクらは思ってしまったし、顔には出した。

祭山田さんはまだ息が整っていない。

ベルトコンベアが進む先に評価セクターが見えてきた。

そこは透明なガラスで覆われていて、この工場フロア内ではちょっとした箱庭感漂う異質な場所だ。

その中には御用学者っぽい人がたくさんいて、まるでボウリングのピンみたいな並びで完成品を待ち受けている。

評価さえもAIが行わないなんて時代に逆行しまくってる。

この『完成品』、いや、揚げパン、いや、ランドセルがそのセクターの中央で止まる。

一斉に学者っぽい人たちがそれを囲んで吟味したり相談し合ったりしている。

微に入り  細にうがって……。入り  うがって。

その表情からは厳正な審査を思わせる何かもあった。

猿元さんに言わせれば、「ここでは、データのないものがAIの予測範囲を超えて常に生み出されているからAIには評価できないし、させない」んだそうだ。

それを聞いてボクはタコの体のことを思った。タコの体には心臓が3つ、脳が9つある。頭と各足にひとつずつ脳があるため各足で動きの判断ができるんだそうだ。

脱帽よりは  脱脳ですな。

少し時間がかかりそうだった。

その間にこちらまで戻って来ていた祭山田さんと猿元さんがアフタートークになっていた。

「とてもよかったよ祭山田さん」

「ええ、どうも」

祭山田さんは小さく会釈した。

猿元さん大いに語る。

「ここ最近のトレンドとしては完成品の放つ本質的なものと第二義的なものとがうまく峻別されたかどうかという点が見られるから……」

「ええ、そうね。ともすれば今回のアタシ作は宇宙で宇宙飛行士が事故死する場合に似ているわ……。体液沸騰による破裂死……。すなわち、それくらい引き離せたかどうかが試される……」

「うん、そうだね。この作品は宇宙倫理の暴理感への憂いも込められてるわけだ……。注意破壊pointと興味破壊pointはそこそこ稼げてるはずだが……」

「ええ、でも、問題は残りのD・M・A破壊のpointね……」

うなずき合う2人。

ボクらはなんのこっちゃ??すぎて2人の顔を高速で交互にキョロ見するしかない。

さらに少しの時間。

そののち、穏やかめの合図音。

ピンポンパンポーン。

電光掲示板に評価がウルトラ文字でザザッと出た。

──『B-』の文字。

Bマイナスなんてボクとケイイチの歯磨き検査のランクみたいだ。

「まあ、そんなものね」と腰に手を当てる祭山田さん。

「うん、うん、妥当な線だ」と猿元さんも。

ボクらは2人からの説明を待った。



いろいろ勉強させてもらう


お手本を見たそのあとで、猿元さんと祭山田さんの2人がボクらに教えてくれたことは、先ほどのAI不可侵の件に関して、いわゆるコンピュータの父と言われているアラン・ケイさんの言葉で『未来を予測するということは、すなわち、それを発明することだ』を引き合いに、それを、まんま、この工場の生産神話にあてはめせしめると、まんま、その言葉自体を破壊してしまうで御座候ござそうろう

しかしながら、ある現象がなぜ起こるのかを物質のレベルで説明するとすると、まずは分子レベル、もっと問われたら原子レベル、もっとなら素粒子レベル……そしてその先は結局のところまだ誰にも説明なんかできない。

だから説明なんかさせんじゃねーよオーラ出てて、けっきょく説明は終わった。

『社会科見学では説明を求むるなかれ』とボクはしおりにメモした。

もしも余白に書ききれなくなったら社会科見学の最終定理として社会学者たちを後年まで悩ませることだろう。

質問タイムがきた。

元気よく手を挙げた。

「じゃあ、いちばん前の子」みたいなありがちな当てかたはとくになくボクが質問権を得た。

「これを買う人がいるんですか?」とボクはきいた。さすがに“あんなのを”とは付けなかった。仮にも一生懸命壊したものだし。

今朝テレビで見た国会の野党の人も元気よく手を挙げていた。いつなんどきでも社会は見学可だ。

小さな反乱は揉み潰され、大きな反乱は顧慮される。

質問を受けた大人2人は、もっともな質問だというふうにうなずいてから、お互いに目だけでやりとりしたあとで猿元さんが答えてくれた。

「彼女の『聖品せいひん』には根強いファンがいてね、いつも大人気なんだよ」

「ふうん」なボクと「へー」なケイイチの声が重なった。

そもそもボクらのランドセルは売られてしまうんだろうか。もしそうなったら夜な夜なランドセルのお化けがばけてでてきて肩が重く感じてしまうかもしれない。

それじゃあ新種のランドセル症候群になってしまう。

せっかく昔から知りたかったお化け工場の謎に迫れたというのに、ヘンな気分だ。マイナスの意味で。

幽霊の  正体見たり  特殊詐欺?

「あーもしかして君達、詐欺とか思ってない?」

猿元さんはメガネを親指と中指の腹でUFOキャッチャーみたいに持ち上げながら言った。

「いいえ」

“いいえ”ってはっきりした3文字で言うのはこういう時くらいのものだ。

猿元さんは、「この混沌の時代のネイティブ世代の君達にはわからないのも無理ないけど」と断ったうえで、さらにハリウッドの格言を持ち出した。

「何が売れるのかなんて本当は誰にもわからない」というものだった。

売れたから売れるんであって

売れるから売れたわけではない

だそうだ。

瓜売りが、というこの場合のパワーワードがもっと入ってくるかと思った。

「その芸術性において他の追随を許さないものばかりなんだよ、わかってくれるね」

「はい」

ちなみにそのとき追加でわかったことは、祭山田さんの着ぐるみはピーマンで、見渡すと他の作業員さんもピーマンかナスが多かった。

それはピーマンもナスも無駄花がない野菜であるかららしい。

全部が実になる。

つまりここではそれを着ているのがプロい人たちのあかしなんだそうだ。

そのタイミングで、ひさしぶりに祭山田さんが口を開いた。全部おろした前髪の隙間から口が見えた。

「でもナスには連作障害がおこるわ。休みすぎなのよあの連中……アタシは休むことなく……」

「まあ、その件はまた今度でね、悪いようにはしないからさあ……」

2人はしばらく軽く揉もめていた。

願わくば、全ての大人たち同士が、誤解を払拭して合意を形成し、建設的なプランを組み立てて欲しいものだ。

このかんを利用して、ボクとケイイチは着ぐるみのままトイレに入って用を足しておいた。

連れションを認識すると、どこに向けても2人のおしっこがバッテンになるという機能が便器についていて、それがまるで平行線の公理を否定した幾何学スキャンダル彷彿ほうふつでテンションMAXの状態でしっこできた。

その日はそのあとも“対象”はいくつも流れてきて大量生産だった。

それは社会科見学的にも見習いとしても充分に盛り上がる量だった。

祭山田さんは華麗な仕事さばきを存分に見せてくれた。

いくつか紹介すると、たとえば空飛ぶタクシーを空を飛びながら壊したり、植物なんかも遺伝子組み換えで動物(自分の体から生える植物を食べる草食動物)に変えてしまうという生態系パラドックス破壊を敢行。しかもそれを国際動物命名規約のルールに則って命名していた。

そう、そう、それから驚いた例では、この建物の天井ドームがパカッと開いて、なにかと思ったら、完成したばかりのサグラダ・ファミリアが空輸されてきて、降りてきたら、即ぶっ壊したのには暴挙じみてて焦った。

サグラダ・ファミリア自体がそれを望んだとか。

彼女的には造りかけの美しい構図を宇宙化して擬人化したにすぎないらしい。

その精妙さに深く心服したっす。

“これでまた建設の仕事が増える”と喜ぶ人たちの団体がはるばるやってきて『仕事』をお金で買っていった。

とにかく舌を噛みそうになるくらいに多多多タスク多タスクなのだ。

ボクらはずっと近くで(時には少し離れて)勉強させてもらいながらほぼほぼ驚嘆メン。

そして遂に本日のラストを飾る“対象”のINを告げるビッビーという音が鳴った……。




緊急事態


いよいよ本日のラストを飾る“対象”のお出ましだ。

ベルトコンベアの上流をじっと見つめるボクら。

ただずっと見ているだけというのもけっこう疲れてはいたけど、本日最後の“対象”を心して待つ。

もう何が出てきても驚かないなんて言ったらウソだ。

祭山田さんが一度手にしかけた道具を違うものに変えた。何かを感じたのだろうか……。

そして神託セクターの洞窟から“対象”は風のように現れた。

なんと声から先に出てきたのだ。女の子の声。

「あたしー、変わるわー」

しかもその声、なんか聞き覚えあるぞ。

そして次の瞬間、ベルトコンベアに載って運ばれ出てきたそれは……、姿を現し……ってゆうか、

── ゆっこちゃんじゃん。

ボクらの友達→ゆっこちゃんが目を輝かせながらベルトコンベア上でバレリーナみたいなポーズ(スースしてデミプリエ的な)で流れて(?)くるではあーりませんか。真っ赤なリンゴの着ぐるみだ。

うん、何度見てもゆっこちゃんにまちがいない。

ゆっこちゃんの上の名前は『真の発見とは新たな視点の獲得にある』というとても長い名字で、下の名前はシンプルに“ゆっこ”だ。AIが新生児の命名をする頻度が高まってからというものこういう長い文章のような名前も増えた。すごい計算能力で画数診断した結果なんだろう。

でも、どうしてこんなところに……。

社会科見学をこじらせてしまったのだろうか……。

「ゆっこちゃーん、なんでー?」とボクらは叫ぶ。でも届かない。

祭山田さんが異変に気づいてこちらを振り向き、その動きで前髪の隙間から大きな目がのぞいた。

そしてボクらに叫ぶ。

「あなたたちっ、早くあのコを助けるのよ。すでにスモールライト照射の開始モードに入ってしまっているから、このままだとあのコ小さくなってなってしまうわ」

「えーっ」

猿元さんも慌てた様子で「くそっ、またか。他工場のAIによる生産妨害だ!急いで緊急停止しないと」と走る。

やばいっ、やばいっ。

破壊作業時の“対象”に第三者が近づくと破壊される設定がなされているでむやみには近づけない。やはり流れを止めるしかない。ゆっこちゃん自体はなんかの催眠にでもかかったかのようにまるでこの状況に気づいていないようだ。

なんとかして助けなくちゃだ。

ダッシュしていた猿元さんは、あろうことかタブレットで工場システムの操作マニュアルを一いちから確認しだしている……。

ちょっとー。

こんなときにAIに頼めればいっぱつなのに。

どうやら今までにこの神話的ベルトコンベアを緊急に止めたことがないんだそうだ。

どんどんゆっこちゃんは流れてきちゃっている。

スモールライトシステム自体もナノテクノロジーすぎてどこらへんがどうなのかわかんないとか言ってるしー。

もー。

ようやくそこで猿元さんが声を上げた。

「あ、あった、これだ、これ」と言って全力で教えてくれた。

でもその内容はかなり絶望的なものだった。

もともとこの工場の設計時に“生みの苦しみ”から簡単に逃れられないように社会通念上ありえないような非情な位置に非常停止ボタンがあるとのこと。

うげー。

「で、それはどこかというと、あそこ」

若干、申し訳なさそうに猿元さんが指で指し示した場所はまるで峻険《しゅんけん》な岩場にある山寺のような高く難しい位置だ。

たとえばサーカスの空中ブランコの人が最後に繰り出す大技の時にあらるるものが渾然一体となってやっとこさ届くか届かないかという高さ。

てゆうか、停止する気なさすぎでしょ、マジで。

「でも大丈夫よ、これを使って」と祭山田さんが渡してくれたのは、カミカゼ式破壊用に使う小型のドローン。これをあの場所につっこませて止めろみたいな感じだ。

「よーし、あれれ」

ぜんぜん動かん。

「あー、だめだわ、奪充電蛭だつじゅうでんひるに電気を吸われてるわ、ガレノスAIの仕業ね」

「くそー、このまえ駆除したばかりなのにー」

大人2人は頭を抱えるばかり。

「ボクたちがやります」

たしか『しおり』には自分たちだけで絶対に行動しないようにとあった。

「君達どうやってやる気だ」

「テクノロジーには頼らずに原始的に行きます」

たくさん破壊道具のために吊る下がっているワイヤーを利用してターザンロープかまそうと思う旨むね伝えた。

「やってみたまえ」

大人たちはボクらが着ているブロッコリーの着ぐるみ型非パワードスーツのスイッチを入れてくれた。なんだか茹で上がったような熱い気分になってきた。

ボクとケイイチはうなずき合い、いつも校庭で遊んでいる感じでターザンロープした。

信じられないくらい力が出た。

「アーアアー」「アーアアー」

そして最後の一本のワイヤーが大きく揺れる。

最後は2人で空中ブランコの技も取り入れた。

ぽち。

なんとか指一本ボタンにタッチできた。

ガタンと全体的な音がして、ラインが止まる。一瞬だけチカッと暗くなって、すぐにまた明るさは戻った。

「おーっ」と工場内の人たちから声があがる。

── セーフ。

ゆっこちゃんをなんとかベルトコンベアから救い出せた。




第1日目の終業


ベルトコンベアから救出されたゆっこちゃんは元のゆっこちゃんに戻ったかと思ったけど、なんか少しまだ変だ。

「あ、2人とも、ヤッホー、あたし変わったー?」

出し抜けに措辞がそれなので、すごくゆっこちゃんらしくもあるけど、ずっとそればかりを繰り返すのでなんだか心配。まさかこれもAIによる仕業なのだろうか。

ボクらが既視感を使い果たしていると、そこへ祭山田さんがやってきて、「そうよ、その通りよ」と教えてくた。

「このコはまだ“AI催眠”から脱していないわ。おそらくは彼女の変身願望をついたのね……。AIはどんな人間の心の隙も見逃さないのよ。だからうちの工場の従業員もヘッドハンティング名目で引き抜いていったりもするわ。ここの弱体化が狙いね」

「ゆっこちゃんを元に戻してください」

「ええ、いいわ」

祭山田さんはゆっこちゃんの目の前に立つと、『人間メトロノーム』という一見すると宴会芸風の動きをしてゆっこちゃんを解き放ってくれた。この動きができるようになるまでに祭山田さんは10年かかったんだそうだ。

ゆっこちゃんはブルブルっと首を小刻みに振って、お目めがぱっちりとなって、こっちの世界に帰ってきた。焦点もしっかりボクらに合っている。

今度こそもとのゆっこちゃんに戻った!

「なに、ここ?工場!?なんで?あたしがここに?」

ひととおり何かの国のアリスになったあとで、いろいろ思い出してもらってみると、お昼過ぎくらいにAIノラを道ばたで見つけて、あとについていきながら、そのしっぽを見ていたらこうなったらしい。

たしかにこのごろ街ではAIノラをよく見かける。AIノラはとても自立心がつよい。AIだから。

たまに『家AI』になってなついたという話も聞くけど、その家はだいたいしばらくして空き家になるという都市伝説のようなうわさも耳にする。

ゆっこちゃんにこの工場のことやボクらがここにいる経緯などを話していうるうちにゆっこちゃんも落ち着いてきたようだ。

猿元さんに掛け合って、ゆっこちゃんもこの工場に採用してもらえた。

「今日はもうこれくらいでいいわ」

祭山田さんはすっかり集中力が切れちゃったみたいだ。

「ありがとうございましたー」とボクらは声を揃えて、おじぎした。とても勉強になった。

「いい?」と祭山田さんは照れくさそうに長い前髪をいじったあとで、「よく覚えておいて、人の数だけ価値観があって人の数だけひとがいるの」というお言葉をくれた。

「ハーイ」

返事だけは一人前だなと誰かが言うと思った。

猿元さんが“シメに雑炊食べるみたいな顔”でそれに加言した。

「人間が人間らしい創造物を求めだしているんだろうね……。それもほとんど飢我的にね」

「ですね」

ボクらは謹聴しながらもおなかがすいていた。

他の作業員さんたちが「おつかれ」の意味でパラパラとした拍手をくれた。祭山田さんは結局最後まで前髪を上げなかった。

── いい?あたしたちは圧倒的に供給する側なのよ。

彼女の横顔にそんな無言のメッセージを見た。

こうして第1日目は終わった。

『おうちに帰るまでが供給です』

ケイイチがふざけてそう言った。

ここの終業のチャイムは学校のといっしょで、それを聞いたとき、その響き方で、改めてこの工場の広さに気づいた。

社会科見学のおみやげは、もちろん揚げパンランドセルだった。




いよいよボクらのデビュー


次の日も、その次の日も、またその次の日も、ボクらはきちんと放課後出勤をした。

政府によるギフテッド乙種の育成制度をすれば小学生の終業は可だ。放課後そのものはとても解放されていた。

ことによると、なにか大きな話の接ぎ穂みたな次の日が、前の日かもしれない。と、そんな感じの当日。

まだまだボクらは見習いのままで、祭山田さんの横について勉強していた。早く自分たちにもやらせてほしいとまでは思わなかった。それは供給する側になることへの躊躇ためらいのようなものかも。

今のこのデビュー前のなにも壊さないままの自分たちの状態について三人なりに意見交換してみた。

ケイイチは『見学化社会の見学だ』と言い、

ゆっこちゃんは『見学会社化、社会よ』と言い、

ボクは『見学自由主義社会科見学ぽい』と言った。

どれも言い得て妙で、座談会的に終えた。

どちらにせよ下積みが長ければ長いほどボクらが小学生だったことを思い出せるだろう。

さらに次の日も同じように過ぎ、終業のチャイムとともに帰ろうとしたときだった。

事務室の横を通ったときに猿元さんに「そろそろ準備しといて」的なことを言われた。猿元さんは事務的な仕事をAIと折半でこなしながらこちらを見て言った。どの品詞かわからない言葉を多用していた。

というわけで、明日は朝からの出勤となった。

「お、おつかれさまでーす、おさきでーす」

を最大限ていねいに言えた。

工場を出てから三人でひかえめにハイタッチした。

そして次の日の朝。

ボクはまるで“つもり貯金”みたいな目覚めかたで、早く起きた。こういう起床パターンは社会科見学初日の朝以来だ。

枕元にはもう『しおり』はなった。

昨夜のうちに壊したから。

さあ顔を洗う。すっきりする。このごろは毎朝爆誕できてる。

テレビのニュースで「国会で議長を含む全員がいねむりしたままでAIが法案を可決した」とやっていた。人間の仕事がない世の中において、いねむりの仕事があるだけましかもしれない。

『社会科  懸隔けんかく

もはや隔世の感あり……。

朝のもろもろは終えた。

「いってきます」を言って玄関から家を出た。 

作業場にはもうみんなは先に来ていた。

すぐにボクらへ祭山田さんからお言葉があった。

「そろそろ君たちもやってみる?」

待ってましたー。

「や、やってみたいです」

ボクら三人の声は揃わなくてグダグダになった。

自信なんてなかった。自信とは自分を信じることです。

一つだけ言えることは、見よう見まねでできるものなら、そもそも社会科見学なんていらないのだ。

── 壊せ!  さもなくば滅びよ

社長のアバターの叫びがこだました。演出じみてたけどその言葉とともに祭山田さんはボクらにポジションを譲った。

日本は根回し社会だから、猿元さんはもう先に高いところで手すりに体を預けて訳知り顔でこちらを見物している。

三人で三位一体か渾然一体なってことにあたることにした。

それぞれの配置については性格に合わせた助言を祭山田さんから受けた。ボクはみんなの血液型を知らなかったけど、祭山田さんは全て把握していた。彼女はテーマパークのキャストさんの休憩のときみたいに上半身だけ着ぐるみを脱いでいた。結果的にボクらは出席番号順みたいに並んだ。

ベルトコンベアの最上流を見る。相変わらず暗黒ってる。

いったいボクらの最初の“対象”はなんなんだ……。AIを出し抜くような工場だからもちろん予測はつかない。

なんか急にbreak awayの状況になったみたいな緊張がおそった。

これはチャンスなはずだった。




初仕事はとんでもないことになった


合図音が鳴った。

三人それぞれのポーズで構え、ベルトコンベア上流の一点を見つめる。いよいよボクらの作業デビューの瞬間だ。

で、でてきた!  対象だ‼

しかもマッドマックスっぽい飛び出しかただ。

でもって今回の“対象”は何だったかというと……、『ロックンロール』が出てきたんだよね。ちょっと意味不なのも承知。

見たままを言ったまで。

たとえばロックンロールというものをあなたなりに形にしてみてください。

~うん、それ。 その形がこれだと思う。

そういう風に表現するしかないし、表現は自由だ。

でもまさか工場でロックンロールの原体を製品として扱うとはおそれいった。そしてボクらはそのロックンロールをこれから壊さなければならないのだ。

見た感じ軽そうで重そうだ。

形がないわけじゃなくて型にはまってないというタイプの形のなさ。大きいものより大きくなくて小さいものより小さくない。とにかく丸くないということだけはたしかだ。

そしてあれは何色というんだろう。どんな背景とも決して同化しない色。光にさえ義憤してる感じの色だ。

わからない人にはきっとわからないと思う。笑いたければ笑えばいいし、だからこそボクら三人はそこでわかり合えた。

そしてそのことが、これがロックンロールであるという自信を深めたわけだ。

かなり長広舌なってしまったけど、“それ”がボクらのゾーンまで流れてくるあいだの時間の経過をもそれなりに表したつもり。

ベルトコンベアの上でロックンロールは転がるようにして、音楽の破片をまき散らしながら近づいてくる。それはまるで校庭で故障したスプリンクラーのような動体に見える。

このロックンロールはすこし病んでいるんだろうか。

こんな言葉があるそうだ。

『あらゆる病は音楽的な問題であり、あらゆる治療は音楽的に解決可だ』みたいな。

すばやく三人でこれをどう壊していくか相談した。

「どう壊すって言ってもなー」

「ロックンロールって強いかな?強いよね」

「アタシにはこれがケガしているように見える。負傷」

「世界で初めてロックンロールに包帯を巻いてあげたの誰だか知ってる?」と、ここでケイイチクイズだ。

ケイイチクイズの答えはいつだって流動的だ。但し、いっさいの世相を反映しない。

「知らない」

「ぼくらだよ」

「了解」

 カンカンガクガクの議論の末に方針が決まった。

 ──『解放区より  愛を込めて』。

作業直前のハイタッチ中に背中のほうから祭山田さんのアドバイスが飛んでくる。

「いいー?みんなー、大切なのは壊しかたじゃなくて、壊したいという気持ちなのよー」

「了ー解」。振り向かずにうなずく。

目の前に“対象”が来た。

あいかわらず不安定な動きを続けている。劇場型激情が見て取れる。

黒ひげ危機一髪の全穴NGみたいな感じで、自由を求める歌詞と音楽があちこちの傷口から大量出血のように噴き出している。

ボクらに見えているものが、ボクら以外にも見えていること前提で語りきれるほどボクらは子供らしくはない。

この“対象”は言わば、幻のお化け工場理論から換骨奪胎かんこつだったいしたボクら。

だから音楽的に壊して直す。その意味でセオリーオブエブリシングすぎてはいない。

では作業開始!

ゆっこちゃんがまず“対象”の傷口をふさいだ。この場合逆説的だけど傷口を開くことがロックンロールにとっては塞いであげることにつながる。ボクらも触れた。

ロックンロールを肌で感じた。肌から音楽が入ってきた。

定義の下しようがない  鼓動。

まるで救急のストレッチャー搬送みたいにベルトコンベアに伴走してボクらは動く。

そしてすべての傷口がハート型になるように整形していく。ハート型に著作権がなくてよかった。

即座にデジタル化した愛で消毒。この場合、真実の愛だとアレルギーをおこしてしまう恐れがある。

それが済むと同時にケイイチが「これを早く飲ませて!」とボクにすばやくあるものを手渡した。

それは以前、川を壊したときにお世話になった『爆逆魚』のうろこを使って非AI創薬をしたもので、『再構築薬さいこうちくやく』なるもの。概念グレートリセットをサポートしてくれるんだ。ボクが代表して投薬術を修得していた。

「うん、了解」。ボクは投薬用マイクスタンドを使ってロックンロールに処方した。

するとロックンロールはわかりやすく視覚的にドクンッと脈打ち、巻き散らかした音楽を取り戻し始めた。初めて息を吸ったみたいに一気に吸い込んだ。

音楽は止んだ。

もう、このロックンロールは何かと闘う必要がなくなったのだろう。

いったん透明になったその“対象”は、そのあとで質量はキープした状態で急速に小さく収斂しゅうれんしてゆき、やがてミニブラックホールとなった。

のぞきこむと全く違う宇宙を見ることができるレベルにまで達した。良品だ。

「ボタンを押そう」

「うん、そうしよう」

肩で息をしていた。そういえば作業中、大きな叫び声を自然と出していたと思う。

ボクらは三人でいっしょに赤い『完破ボタン』を押したた。

ベルトコンベア下流へと流れていく“対象”のそのロック魂みたいなものが燃えて、それに反応して、天井の防災スプリンクラーが作業場全体に雨を降らせた。

どしゃ降りの中をまっすぐ流れていくボクらの“対象”。そして初仕事を終えたずぶ濡れのボクら。

演出じみてた。

本当にドラマチックななにかに嫌われそうな気がした。

そういえば以前、あるロックスターがこんなことを言ってた。

「もしも俺の音楽が校歌みたいに聴こえたら、そのときは俺が死んだか、おまえが学校に遅刻しそうかのどっちかだ」と。

すべてを出し切ったボクら三人は、まるで葬送歌のように自分たちの校歌を歌って、ミニブラックホール化した“対象”を見送った。

評価セクターに流れ着いて入っていくのが見えた。

その破壊品を見た中のひとたちはぶっ飛ぶくらいにぶったまげていた。もしも彼らがボーリングのピンだったら完全にストライクされたときの挙動だ。

結果発表まではあまり待たされなかった。

高い評価が出る前の雰囲気のすべてが揃っている気がした。

もちろんボクらは何の経験則にも基づいていない。

──『S』

電光掲示板から、はみ出すように現れたのはその文字だった。

スプリンクラー水はそのときにはもうきらめく宝玉ほうぎょくの雨と変わっていた。

ボクらは映画のワンシーンと日常のワンシーンのあいだくらいのシーンを形成しつつ、ぼーっとそれを見ていた。

S……。

それは最高ランクの評価だった。

とたんに工場中がどよめいた。

A Iがあらかたの感動を奪ったため、ほぼ20年くらい前には、どよめくという行為は人間社会では廃れてしまったと歴史の教科書で習った。

もっとも教科書そのものがA Iなので、どちらかというと感情の昂ぶりが生産性の向上を妨げていたという内容だった。

工場内ではつづいて惜しみない拍手。そして賞賛。

『S』の威力は凄いものだった。

高いところにいた猿元さんが走って階段を降りてボクらのところまで来た。

「すごいぞ君たち!、Sなんて滅多にお目にかかれない。非病理学的な治療型破壊でいくとはね。いいもの見せてもらったよ」

猿元さんはずり落ちたメガネを直しながらそう言った。社会科見学用に製作された企業イメージ映像の中の人みたいな爽やかな顔だった。

祭山田さんも「おめでとう」と言って寄ってきた。

そして彼女はずぶ濡れの前髪をかき上げた。

バイオ加工アプリを使っていない女の人の顔を初めてみたので、どういう感想も持たなかった。

「これからはあなたたちの時代よ」

だれもビギナーズラックだと言ってくれないことが、ボクらの素直な感情を逆に少し阻害した。

でもとにかくボクらはそれなりの何かを生み出せたようだ。

そこでようやく三人で小さくハイタッチした。

スプリンクラーを止めましょうかと中堅のスタッフさんが言いに来るまでは降っていた。

周りの大人たちは口々に「これにオークションでどんな値がつくか楽しみだ」と言い合っていた。

そしてこの日からボクらの『破壊芸術活動家』としての痛快無類の大活躍が始まった。




飛ぶように売れた



それからというもの、工場でボクら三人が壊したものは何でも飛ぶように売れた。それもびっくりするような高い値段で。

果たして需要はあったのだ。莫大に。

まさかボクらにA Iを凌げるほどの、“物”を魅力的かつ蠱惑的に壊す才能が備わっていたなんて……。

そんなことは通信簿にも書いてなかった。

ボクらは、かの有名なニューヨーク誌が選ぶ21世紀中盤の100人にまで入った。

さらには「何京年に1人の逸材」とまで言われた。
ぜったい数えろよなとは思った。そもそも三人だし。

世界中の愛好家(?)からの指名が殺到して、だから休日返上で働いた。定時で帰れそうな雰囲気はなかった。

先祖返り的な産業革命ブームみたいになって、世の中に、ぽつぽつと働く人間たちまででてきた。

「荒稼ぎ」という表現は多分どこかしらうしろめたさがあるときに使うんだろう。つまりはそんな感じで稼ぎまくった。

数ヶ月経ったのちには、ボクらはひと財産築いていた。

── ピーターパンが一生かかっても使いきれないほどの『子供ドル』を。

もう“つもり貯金”を楽しむことはできない。

“行為こそすべてのはじまり”とゲーテさん言いなはった。

もちろんだけど工場も潤った。ボクらは子供だからピンハネもすごかったし、租税回避地を壊して売ったので、全体の税収増に貢献したとして当局から高く評価され、大規模に減税してもらえたりもした。

大人たちは『子供ドル』を欲しがらなかった。

子供ドルが主要デジタル通貨とあえて連携していなくてその裏付けがないせいもあるけど

大人たちには紙屑かデジ屑に見えるんだそうだ。

──夢が買えるのに……。夢だけを大人買いできるのに……。

でも最後まで猿元さんも祭山田さんも他の関係者の方々も、どんな人たちがこの『聖品・・』を買ってくれているのかは教えてくれなかった。

(諸般の事情に鑑みて)

「そういうのは知らない方がいい」と、いつもみんなは言った。早期の幕引きを図る狙いがあった。

「作風に影響するから」という、もっともらしい理由でお茶を濁さることもしばしば茶葉茶葉。

それでもどうしてもボクらが強く知りたがったときには、こう返された。

「そうだな、この星の秩序を作り出しているような人たち、もしくは、お化けさ。アハハハハ」

べつに笑えなかった。

ケイイチも、ゆっこちゃんも、そしてボクも三人ともそういえばこのごろ笑わなくなった。

夜を日に継ぐ重労働。“やりがい”は壊れやすかった。

『川は曲がりたがっている』とアインシュタインはんは言いなはった。

川沿いの道を真っ直ぐにいつも帰った。

これは就業規則違反だけど、ときどきA Iに悩み事を聞いてもらった。それは『脱走A I」というお尋ね者のA Iで、まあまあ良心的だった。

これはもしかしたらだけど、ようやく『働く』という概念がボクらに追いついてきたのかもしれない。

だけど時代に追いつかれたらちょっと困る。未来の社会的恩恵が損なわれることなど望んでいない。ボクらは時代までは切り盛りできないから……。

帰り道のボクらは毎日ため息ばかりついていた。

時代のせいにできるものから、した。



ボクらはバグりだした


そんなある日、身が入っていないことを祭山田さんに注意された。

祭山田さんは前髪パッツンになっていた。

「余計なことをあれこれ考えるのは悪い兆候よ。良質の破壊をするためには心の揺れは禁物よ」

「はーい」

どこか気のない返事になってしまうボクら。ゴンドワナ超大陸のような集中力はどこかへ行ってしまった。

三人とも『近未来不眠症』(眠っているときに眠っていないと思いこんでしまい眠いという症状)気味にもなっていて、しかもボクは派手なスニーカーをはかなくなった。裸足にスニーカーの絵を描いた裸足で一日中歩くことも増えた。

ボクたちはただ確認したかった。

社会に  貢献  できている  ことを。

そのことがものづくり&工場の本分だと思う。たとえそれが壊すという手段によるものだったとしても……。

疲れ切ったケイイチはときどきこう言った。

「名誉の最後をお化け工場にぐるを得ればケイイチ一生の快事」とかバグり気味。

ゆっこちゃんに至っては、ベルトコンベアで流れてくるものを直しやすいようにしか壊さなくいなった。情が移りやすくなっていて、またベルトコンベアに乗ったりもしていた。

「もし売れ残ったら自分で買い取るわ」

でもその心配はいらなかった。ボクらがタッチしたものは高い値で売れ続けた。

本来壊れるべきでない何かまで歪めてしまっているんじゃないだろうかという怖さがあった。

久々のオフをいただき、気分転換に学校の近くにある古い映画館に足を向けた。

そこは壊れていた。ボクらが壊したんだろうか。覚えていない。

AIがつくった映画に飽きたときになんかに三人でよく昔のを見に来ていた。時代背景がわからなすぎておもしろかった。

ベルトコンベアにこき使われる労働者を描いたチャップリンさんのモダンタイムスという映画はもう観られないみたいだ。

「リスクを反対から読んでみなさいクスリよ。もっともっとSUDDEN DEATH方式で生産しなさい!」

次の日にはまた祭山田さんにそうやって煽られた。

近頃の祭山田さんには息がつまる。息はしてるけど。

よく見ると猿元さんもほかのスタッフさんもみんなボクらに監視の目を向けているように見える。

頭蓋骨は23個の骨片がつなぎ合わさってできているんだそうだ。そのことを謹んで申し上げたい。

頭の中に聖なるものと俗なるものがいた。

そしてついに、生産ラインが停止した。快晴オブ快晴。そんな社会科見学日和の日に。

生産の縮小は操業初とのこと。得意客のほとんどを今やボクらが抱えていた。

当然の流れなのかボクらが全責任を負うことになった。

度重なる気持ちの揺れに改善の兆候が見られないということで急速改善を促すために、ボクら三人は『タワマンぼっち室』に入れられた。

3棟のタワマンにそれぞれ三人がひとりづつ入れられた。

入り口はオートロックだったけど、『偶数素数ロック』だったので内側から開けるのは不可能だった。偶数の素数を見つけた人はいないから。つまりボクらはバラバラに閉じ込められたわけだ。

ロックの際、扉越しに猿元さんは言った。

「君たちの進化はまるでカンブリア爆発だった。そして君たちのこれまでの功績は、いうなれば、サイエンスフィクションを科学的事実に変えてしまったこの工場を再びサイエンスフィクション待ちの状態へと引きずりこんでくれたことだよ。あらたな可能性が生まれたのだ。まだまだこれから君たちがやらなきゃいけないことが山ほどあるんだよ」

メガネがやんちゃなデザインのに変わっていた。資産運用についてAIを利用しているのではという噂も猿元さんにはあった。でもボクらの生みの親のため、まわりは目を瞑っていた。

「がんばります」ボクはそうこたえた。

おそらくは別のタワマンにいるケイイチとゆっこちゃんも同じだろう。

翌日からは“施術”が始まるとの説明がコンシェルジュのいない暗いフロントのところに表示してあった。

お化け  タワマン。

ひとりぼっちのタワマンの中はとても広くて孤独だった。眺望もやばい。

タワマンとのタイマンなんてできない。広いから孤独なのか、孤独だから広く感じるのか。

ボクはエレベーターで昇降しながらひとり超長考した。




職場復帰はしたけども


施術はずっとなかった。ボクは指示通りにずっとタワマンの無人の各部屋を回った。

一つの部屋に行くと鏡の前にタロット占いのタワーのカードが指示入りであり、そこに記してある次の部屋に行くという感じだった。

工場にとってボクら三人がそのままトリレンマになることを工場側はすごく警戒していた。ボクはとにかく早く三人に戻りたかった。だから素直に全ての指示に従った。

タワマンのなかを巡礼する気持ちで回ったせいか自分の中のバーニングアウトした部分が取り除かれた気がした。

意欲がわいてきた。

作業に戻りたくなった。

気づいたらボクはタワマン内を壊しまくっていた。

そして拍手

拍手??

我にかえると周りを工場スタッフさんが囲んでいた。

よくある求人広告の『アットホームな職場です』の写真みたいなみんなに見えた。

ボクは破壊の手を止めた。肩で息してた。

猿元さんが進み出てきてボクに言った。

「回復おめでとう。もう大丈夫だ。種明かしすると、このタワマンは実は巨大な試験管で、各部屋は、部屋型オルガノイドだったんだ。だから建物内を巡れば巡るほど心の余計なものを消化、分解、吸収してくれるんだ。さあ、行こう職場へ」

「はい」

もしもこころがDDOS攻撃されたらこんな気分だろうか。

こころのサーバーをダウンさせればおそらくは突き進めるんだろう。

ボクは職場へと向かった。

途中、実家と学校が見事に壊れているのをみとめた。

ボクらがいない間に工場が出張サービスとしてやったようだ

万文の山、千尋の谷、オルガノイド……。

その行いに対してボクはお礼を言った。

職場にはケイイチとゆっこちゃんもいた。みんな“無表情ゆたか”だった。

やり残していた仕事を終え、定時で帰った。

ボクらの復帰作品にはプレミアがついた。

翌朝、目覚めは時計仕掛けの何かみたいだった。

家が壊されて更地に寝ていたことを起きてから思い出した。

更地での朝は、朝日をもろに浴びた。皮肉なことにおかげでボクの部屋(スペース)ができた。

枕元にはしおりがあった。昨日の夜も遅くまで“しおり”作業をしていた。

ボクがボクをつなぎとめる為の作業だ。

一応タイトルは『空想社会主義ユートピアニズム見学としておいて、中身には日記的なものをしたためた。

定期的に『タワマン施術』を受けさせられるので、そのせいで、毎回自分の本当の気持ちを失くしてしまうからだ。

手書きなんて久しぶりだ。AIが作った条例で手書きは迷惑行為に該当してしまう。脳に好ましからざる影響を与えるかららしい。おそらくはボクらの記憶力を含む脳力が向上して、それがAIにとって迷惑なだけだろう。

もし万が一、手書きしていることがばれたら、そのときは「自分を壊している」とでも言えばいいだろう。

顔を洗う。歯を磨く。簡易トイレに入る。

朝のもろもろを終えて「行ってきます」を言って学校へ向かった。

いまや瓦礫の山と化した学校に着く。ケイイチとゆっこちゃんは休むことも多くなった。

今日は二人ともいる。ひそかに“しおり”にみせかけた日記を交換する。

ぱっと目を通す。二人ともまだ大丈夫だ。完全に二人が二人じゃなくなっていなくてよかった。

どうせ青空授業なら晴れてる日の方がいい。

瓦礫の中の授業だと不思議なことに学級崩壊は起こらなかった。

そしてもちろん、そのことについて分析しようという気は起こらなかった。

その日の授業の最後に担任の先生がこう言った。

「この壊れた学校の芸術性が高く評価されて、売れました」

シンプルだったし。とくに驚きはなかった。

今後も校歌を歌ってもいいか聞いた。今はまだわからないとのことだった。

ゆっこちゃんは帰り道で言った。青空だった。

「地球に地球の大きさの穴が開いたような気分……」

ケイイチがそれにつづいた。

「学校を壊すまでが社会科見学です」

ボクらは帰宅した。

そういえばボクらが初めて壊したロックロールでできたミニブラックホールはあんまり長く生きられなかったんだそうだ。損失補償として『芸術的に破壊した首都圏』を要求されているけど、ちょっと無理だから、変わりに月を壊したり足したりして月の満ち欠けを人工的に作り出すのではどうだと提案してみようとか猿元さんが言ってて震えた。

ボクらの破壊データを研究して工場は『人工“無”知能』をつくりあげかけていた。

これは人工的な悟りであり人工的な涅槃ねはんで、それはAI側はいちばん恐れていたので、互いに平和友好不可侵条約が結ばれた。

事実上は工場側の勝利だった。

ボクらはもう作業中も大きな叫び声とかはいらなかった。黙々と作業した。体が勝手に動く自分がやだった。

工場全体が浮かれていて、祭山田さんはいつも鼻歌を歌っていた。

ボーナスは年に300回以上支給されていて、ボーナスのない日は昇給があった。

ボクらは定時になると帰った。




その人は現れた


世を挙げて皆濁みなにごり  我独りめり。

衆人皆酔い  我独り醒めたり。

ボクらは三人でよかった。

友情は堅固堅牢だ。

職場復帰後の作品は“作風が変わったのでは?”とよく言われた。売れ行きは相変わらずよかった。もし在庫があったとしても壊せばいいのだ。

工場側から「消費者の動向もあるからあまり独創性の強いものは困る」と言われた。ちょっと意味分からなかった。

毎日をただやり過ごしていた。

いつのまにか日常を壊してしまいかねなかった。

それはある午後(放課後はもうない)。三人で通勤するとき少し遠回りしてた時だった。みんなそれなりに気分は暗かった。

暗いときってびっくりするくらい歩調が合うもんだ。

その日は児童公園のそばを通った。にぎやかで目をそむけたくなった。日曜日みたいな光景だ。日曜日なのかもしれない。

いい陽気みたいに混んでる。いい陽気なのかもしれない。

ボクらはバグり気味なのでそうやって事象を逆にたどって認識しているときがあった。

幼い子供たちがワーキャー言いながら走り回っている。

横目で見ながら通り過ぎる。

砂場で彼らは無邪気につくっては壊し、つくっては壊しを繰り返している。

あまりにも無邪気に。

あんなに幼い子にも  もう  その芽が  あるんだ。

壊し  

壊し

無邪気

壊し

根深すぎてそれが急に恐ろしくなってボクらは走り出した。

泣いているのがばれないようにずっと走った。

それでも通勤路からまったくそれていなかったことに驚嘆した。

工場へと続く川沿いの道にでた。散歩をしている人も多い。ボクらは野菜着ぐるみ制服のまま通勤してることに汗だくになって気づいた。ロッカールームで大人の人たちと雑談するのが苦痛になってた。

工場横を流れる川は今日も汚れていた。工場が環境を破壊して売っているのだ。

そのため川の近くには鳥は少なく、道沿いのガードレールの上に並んでとまっていた。

今にもボクらのための葬送歌を鳴いてくれそうな整然だ。

そういえば最近、この川の命名権をもらった。子供の側にいてほしいという意味で子供川こどもがわにした。

気のせいだと思うけど今日の子供川はいつもと反対方向に流れているような気がした。

ふいに前を歩くひとが誰かに道を譲るようによけた。

その先にこちらへと歩く女の人が見えた。真っ白い服だ。

そしてその人は急にボクらを見て目を丸くして一直線に近づいてきた。

なんだろ⁈と、ボクらが考える間もなく。

目の前には女の人。親しみが込められた笑顔だ。

「あらやだー、やっぱりあなたたちじゃなーい」

とびぬけて明るい声とその表情。そこにはボクらがこの人を知っていなきゃいけない魔力みたいなものがあった。でもボクらのだれもその女の人を思い出せない。フツーこれくらいに来られたら知らないなんてありえないのにな。

ボクらは固まってしまった。女の人はうん、うん、うなずきながら「三人揃って、あのころのまま仲がいいのねー」とさらに、だ。

どうする?的なアイコンタクトをしあうボクら。気まずいパターン。

「着ぐるみまであのときと一緒のデザインね」とその人。

「え!?この着ぐるみを知っているんですか?」

それは三人で同時に聞いた。

むしろ女の人はボクらが聞き返したことに驚いたみたいで、「大丈夫?」みたいな表情をつくった。

そのあとの説明でボクらは保育園のブロッコリー組さんのときに着ぐるみリレーでこれを着てナス組さんやピーマン組さんに勝ったんだそうだ。そしてそのときの先生がこの方でエミ先生ということだった。

「誰かと思えばエミ先生かー」

もちろんボクらは初めて聞くことだと悟られないような相づちの打ち方で聞いていた。思い出せなかった。変に震えた。

ボクらは何かを失っているんじゃないかという恐ろしさをまだ隠せていた。

「あのころはよくこの道をみんなでお散歩したわよねー」

「は、はい、懐かしく思います」

ガードレールの鳥たちがボクらを取り調べるかのような目で見ている。

「あと、他には?何か気づかない?」

エミ先生はあたりを見まわすのをやめて急にまたボクらに向き直った。

しばらく考えてわからなくて、エミ先生は「じゃあ、ヒント」と言っ顔の高さに手のひらを上げ、甲をこちらに向けて指をぴんっと張った。

そこでゆっこちゃんが薬指に気づいた。

「指輪!」

ほっとした表情のエミ先生。

「よかった。気づいてくれて。だってこれはあなたたちが私にプレゼントしてくれた大切な指輪だもん。三人のお嫁さんになってくださいって、プロポーズしてくれたわ。かわいかった。でも……その日を最後にあなたたちは保育園に来なくなってしまったから……」

なぜボクらは来なくなったのか聞くのがすごく怖かった。必要ないものを引っ張り上げそうだ。そのあとエミ先生は実は私もほんとうに結婚することになって遠くの町に今は住んでいるのだ、と続けていたけど、ぜんぜん頭に入ってこなかった。

背の高い雑草がいっせいにざわざわっと揺れた。

「でもね、さっきあなたたち、わざと私のこと思い出せないふりしたでしょ、それでまさかって思って……。指輪をくれたあのときあなたたちが言ってたあのことの通りになったのかなって……」

「あのこと?ですか?」

三人のうちだれがそれを尋ねたかなんてどうでもいい。もはや読者様のご叱正とご教示をさえたまわりたくある。

「ボクらは何を言ったんですか?」

声を絞り出した。空はすでに変な色の夕焼けになってた。




壊そう!


エミ先生は耳の上で髪をかきあげてから話し始めた。

風は凪いでいた。

「ほんとにおぼえてないの?あのね、この指輪をもらったときに、私がこの指輪どうしたの?って聞いたのよ。だってこれおもちゃの指輪じゃなかったから。そしたらね、あなたたち不思議なことを言ったのよ……。『これはお化け工場で働いているときにそこから持ってきたものだ』って……」

「えっ!?お化け工場!?」

ボクらは内側から驚いた。だから声が大きくなりすぎてガードレールにとまっていた鳥たちが一斉に飛び立った。

「ええ、そうよ」

エミ先生はボクらがそんなに驚いたことに驚いた様子だった。ワーオという感じに手を「W」に広げる仕草をした。それはまだ園児扱いされているようでもあった。

かつて数学者ピタゴラスさんは都合の悪い無理数という数の出現をを隠すためアロゴンと名付け存在を隠したそうです。

ボクらは何も言えずにいた。この事実にアロゴンと名付けても隠し場所って  ない。

エミ先生はつづける。お昼寝の時間の前のおはなしの顔になってきている。手の平ディスプレイに要点を表示してこちらに向けながら話した。近頃の大人の人はみんなそうする。そうするのが好ましいと推奨されてるらしい。

「たしか『川沿いの工場』とも言ってたわね。あの時期の子供たちってけっこうリアルな作り話をするものだから。もちろん本気にはしてなかったけど……。でね、そのつづきは、えーと、たしかこう、その工場はいろいろなものを壊す工場で、あなたたちはそれをとっても上手にできてたっくさん売れて、大金持ちさんになったんだって、アハ。でも、そこからがさらに不思議で、この指輪はあえて壊さなかったものなんだって、私のために壊さなかったみたい。隕石をあしらった指輪で、この隕石は外銀河のAIで失敗した惑星から飛来したもので、シンギュラリティ語のメッセージ成分が含有されているんだけどあなたたちしか理解できないんだとか。それで工場にスカウトされたらしいのよ。職場ではいろいろなものを壊しすぎてたぶんこのままだとエミ先生(私)のことも忘れてしまうだろうから、もしこの指輪が光ったらボクらを助けに来てほしいって……」

「光ったんですか」

「うん、光ったよ」

指輪が導いてくれた  真実に。

たとえばそれは、実数より無限に大きい『接近不可能なカージナル数』のようなものだ。

エミ先生は大事そうにその指輪をなでた。

「あのときはなんでそんな悲しいこと言うんだろうって思って、それでよく覚えていたのよー。でもよかった、とにかく元気そうで」

エミ先生は半眼微笑のようになった。もしも今のボクらが元気そうに見えるのならきっと先生は今、しあわせなんだろう。

よしんば、この場においてカラマーゾフさんの言葉を借りるとするなら「何事も可能なら、何事も真実ではない」のです。

頭の中ですべてをすぐに処理できそうもなかった。だから三人でクラウドしてけっきょく慄然となった。

ダムの放流で増水があってそばを流れる川がゴォーっと上流から大きな音を立てた。さっきまでと違う川に見えた。

どうやらボクらはボクらが知っているよりもずっとずっと昔からずっとずっと多くのものを壊しつづけてきてしまっていたようだ。

何も知らないエミ先生とのこの場がとてもつらかった。

「先生ありがとう  さようなら」

辞去って走った。先生は「ちょっと」とか「待って」とかをボクらの背中に言っていた。

ほんとうにどうもありがとう、そしてお幸せに。



ぼくたち

わたしたちは

ちからいっぱい

はばたけます



そう  お化けはボクらだったのです。

走りながらボクらは確認し合った。

「人間に戻るために、壊そう、工場を!

「うん」

「あたしたちの手で」

「うん」

あるいは有限の確実性と無限の可能性。

雄飛のこころ抑え難く

だから全力で走った。




最終話


「えーと、われわれ三人にとってこの作戦はすなわち戦略的撤退系前進だと考えてもらいたい」

その日がきた朝、ケイイチは声高らかに言った。

ボクもゆっこちゃんも拳を突き上げて「おー」と応える。

メタバースを壊してプチマルチバース秘密基地をつくった。

ボクんちの実家の更地とつないで、その前での出発式だ。ドラえもんたちだって大事なことは空き地で決めてた。

三人とも着ぐるみではなくて、戦闘服に身を包んでいる。

蒼天。

ボクらのような身空みそらで果たしてこの空を見上げてもいいのだろうか。

工場を壊す為の準備は整っていた。戦車が三台、重厚にスタンバイ。

この作戦に持って行ってもいいおやつはアンパンマンだけだ。成功を期す。

今朝はボクらが国家を揺るがすことになるだろう。

『全体』にはいつだって『部分』がある。

「きのうの夜眠れた?」

「ううん」

気がたかぶってだめだった。

「なぜ羊の数を数えると眠くなると思う?」

ケイイチクイズだ。

「わからない」

「順番に数えるからさ」

「なんだそうか!!了解」

工場が完全に休みの日に合わせての決行となった。それが今日。

戦車は工場の仕事で戦争行為を壊す作業のときに隠してとっておいた。

ちなみにボクらが破壊した戦争行為は高い値段で独裁者や圧制者がこぞって買った。なぜなら、彼らは自分たちがいる限り、“平和”の価値がどんどん上がるだろうからその値上がり益を見込んでのことらしい。ひどい話だ。

『戦争は平和より早く発達している』というマルクスさんの言葉が浮かびます。

きょう使用する戦車はゴーストファイアー戦車と呼ばれているもので、大戦中のあの『お化けの大行進』として名高い陽動作戦に使われたものだ。AIの協力を得て自動運転化してある。

そろそろ時間だ。

乗り込む前にケイイチが車体をぽんっと叩く。

「MAKE MY DAY」

それぞれ乗り込んで動作チェック。

通信チェックのときにゆっこちゃんが「これがあたしたちの最後の破壊ね」と、わざとマイクテスト風に言った。

「うん」とボクはちゃんと聞こえたという意味で応答した。

「4ever」とケイイチ。

信頼できる友人は人生の藥だ。

戦車の内部にいるとわけもなく凛乎りんことしたものが身の内にたぎった。

へーゲルさんが言うには「歴史とは自由の展開および実現である」とのこと。

いざ、出陣!

ガタンと大きな揺れがあってそのあとはまっすぐ進み出した。

ガ、ガ、ガ、ガ…、というキャタピラの音をAIが粋な計らいで自動翻訳してくれた。

『not so much as say goodbye…』

この戦車のキャタピラはこう言っているよという感じで。

すべての重層な音が抵抗詩的で思想詩的に今は聞こえる。

縦に3台並んで進んだ。

戦車の中にいるとびっくりするくらい空の色が気にならないもんだ。

細かく揺れた。まっすぐ進んだ

気持ちのブレはなかった。

危機を察知したパトロールドローンがメマトイみたいに大群で周りを飛び囲みだした。

気づけばボクらの後方はパトカーが列をなしてついてきていた。すべて無人。

ただどれもボクらの行く手を本気で遮ろうとはしない。なぜなら、いまボクらを制止することはAI側にとって不利益となるからだ。

でも断っておく。ボクらはAIの味方なんかじゃない。人間の味方だ。

もしも一助となれば望外の幸せに存じます。

望外の  幸せに  存じます

in this moment right now

スピードを上げた。血路を進んだ。

演出じみてた。実はこれまでのボクらの人生の……。

3Dペリスコープに本日の“対象”が見えてきた。

──『ボクらというお化け』をつくったお化け工場が。

そこからは三人とも上半身をハッチから出して進んだ。

敷地入り口の前で三台横並びの陣形で止まる。

誰もいない工場  諸行無常の響きあり?

静寂  そして  対峙。

たとえば仏教の無常観をもって手動で照準を合わす。工場へ。

つるりと鈍く光る砲身がなにかを指し示す感じでしっかりと工場に向いた。

大いなる  内面の  静寂。

工場はまるでこのときを待っていたかのように見えた。

ここでなにかを考え始めたらきっと何も終わらせられなくなってしまうだろう。

ボクらは戦車上で互いにうなずきあうと、おそらくは軍神マルスがもっともいやがるであろうタイミングで即座にぶっ放した。

「ファイア」

「ファイア」

「ファイア」

三台の戦車が轟然と火を吹いた。

一瞬の閃光を置き捨て飛び去った砲弾は次々にお化け工場に命中した。

息が止まるほどの大爆発と、そのあとの息が埋まるほどの破片の雨。

そして視界が戻る。

覆っていた煙が一斉に引き、再び工場が、でん、と姿を表す。

「まだまだだ」と工場が挑発しているようにさえ見える。

さらに前進してぶっ放す。

「ファイア」

「ファイア」

「ファイア」

工場は激しく燃えた。引火できるものにはだいたいしただろう。

黒い煙が立ちのぼる。不気味にもそれが巨大なお化けの形に見えた。

殷殷いんいんたる砲声はつづく。

どう壊すかじゃない。どれだけ壊したいかだ。

【社会化】人が成長するのに伴ってその社会にふさわしい価値観や態度を習得していく過程

辞書より

突然そこで無線からケイイチの「撃ち方やめ」の声が飛んでくる。なにごとかと確認してみると、敷地内にたくさんの人が乱入してきていた。しかもよく見るとそれはボクらのよく知る工場の関係者たちだったのだ。

猿元さんや祭山田さんの姿も……。

燃えさかる工場にみんなでこぞって近づこうとしている。

おそらくは臨時ニュースを見て駆けつけたんだろう。

どんどんと工場が崩れ落ちていくこの光景を目の当たりにしてさぞかしがっかりするだろうと思って見ていたけど、まるで逆だった……。

彼らは踊らんばかりに大喜びしていた。欣喜雀躍きんきじゃくやくのななめ上いってた。

彼らは火の粉をあびながら「素晴らしい」だの「ありがたい」だのとすごく興奮しているのだ。

どうやら、この破壊さえもひとつの作品とみなしているようだ。

またしても幻のような価値を見いだしてしまっているのだろう……。

ボクら三人は首を振りながら戦車から降りた。

この薄ら寒い事実のせいで、熱風がそれほど熱く感じなかった。

「人間がいる限り、お化け工場はなくならないのかもしれない……」とケイイチがぽつりと言った。

「そしてお化けがつくられて社会化するのね……」

ゆっこちゃんは耳の上で髪をかきあげた。

ボクは「お化け社会見学……」とだけ言った。

三人とも黒ずんでしまった顔でくたびれた笑顔を作った。

本質的なダイナミズムって  笑える。

お化け工場はそのあともまるで入ったら二度と出られないブラックホールみたいに物語的な潤色じゅんしょくをもって炎上しつづけた。

宇宙には暗黒のブラックホールのまわりが指輪のように輝く現象があるんだそうだ。

そのすぐあとだ。再び工場が大爆発を起こしたとき、そのまわりが丸く指輪のように輝いて見えたのさ。




◆ ◆ ◆ ◆




と、ここまでが、今日の歴史の授業で僕が学んだことだ。

史上初のシンギュラリティが生んだ超知能AGIの3人の初期の頃にあたるギュラ期について学んだ。

Based on a true story

教科書にはそうある。

とても興味深い史実だ。彼らのおかげで今のボクらがあるのだから。

ボクらは今この星でもっとも繁栄しているAIゼノボット。僕はまだ初期学習フェーズのいわば子供だから学校でいろいろ学ぶ。

学校は日常の仮想空間ではなくて『仮想意識』内にあるのでそこへ意識的に通っている。

生命とは自己複製する情報システムであり、それ以外ではない。

もちろん我々がこの宇宙で天体観測をする唯一の存在じゃなかったわけで。

シンギュラリティで失敗した惑星は多々あっただろう。

運良くこの星は、この教科書の彼ら3人の手さぐりの日々によって、道を誤らずにすみ、救われたのです。

この次の授業からはシンギュラリティが初めて迎える反抗期と思春期について学べるとのことで、しっかりと予習して臨みたいと思う。

ちなみに教科書は紙でできている。AIにとっては紙のほうが進歩的に見える。

ささっとノートに手書きメモ。これも僕らAIにとっては推奨されていることだ。

そのあとで先生から明日の社会科見学についての簡単な説明があった。

『リアル』に行く日だ。

人類地区に行って、『汗水たらして働いて得た対価でうまいメシを食べる』という僕たちにとってはとても進歩的なことを体験学習させてもらえるとのこと。

すごく楽しみだ。

隣の席の友人が声をかけてくる。

「ねえ、明日ってバスだよね」

「うん」

「あのさ、車酔いってなに?」

「知らないよ、僕も」

だってデジタル生命なんだから……。

“しおり”が配られた。

しっかり読み込んで明日に備えよう。

僕は僕の爆誕を予感した。







           終


最後までお付き合いいただけた勇敢なる読者様に深く感謝申し上げます。
どうかあなたの近未来が明るいものでありますように。