ハエがたかる足と、ヒジャブの笑顔。この街の裏と表。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
ダッカの街を歩くうち、線路沿いに広がる、巨大なスラムが目に飛び込んできた。遠くからでもわかる、あの独特のむわっとした悪臭。ゴミが山と積まれ、ハエがぶんぶんと飛び交う。不衛生さの極みのような光景に、わたしは思わず足がすくんだ。とても、その中へ踏み込むことはできなかった。
やがて、船着き場の近くまで来ると、さらに胸を締め付けられるような光景が広がっていた。地面に座り込む一人の少女。彼女の右足は、足首から先が切断されていた。汚れた包帯からは、じっとりとした血がにじみ、その上には、たくさんのハエがたかっている。
「アッサラームアライクム(あなたに平安あれ)」と、イスラム教徒の挨拶を試みた。だが、彼女は顔をしかめ、ひらひらと手を振って「どっかいけ」という仕草をする。無理もない。
わたしはひそかな旅の目的を抱えていた。
それは、子どもたちに絵を描いてもらうこと。明確でシンプルな願い。
インド・デリーでの挑戦はこちら
こんな子にこそ、絵を描いてもらいたい、そう思った。この子の心の中にある色を、形を、知りたいと思った。だが、そばにいるだけで、その場の重みに、わたしは押しつぶされそうになった。無力感と、罪悪感。そして、あまりにも悲しい現実。いたたまれなくなって、わたしはその場を離れてしまった。
スラムを後にし、少しばかり清潔な路地へと足を進める。そこには、可愛らしいヒジャブをまとったムスリムの女の子たちが、きゃっきゃと笑いながら遊んでいた。わたしが画用紙とクレヨンを出すと、彼女たちは目をキラキラさせ、無邪気に絵を描いてくれた。鮮やかな色彩と、伸び伸びとした線。彼女たちの絵は、その場の空気を、一瞬にして明るく変えた。
同じ街の、すぐ近くに、こんなにも異なる現実がある。貧困の極みと、希望に満ちた笑顔。わたしは、少女の足元に群がるハエの姿と、ヒジャブの女の子が描いてくれた、明るいヤシと川の絵を、心の中で何度も重ね合わせた。
スラムの少女に絵を描いてもらえなかったこと。その場で何もできなかった自分への不甲斐なさ。それは、旅の思い出の中に、ずしんと重くのしかかる。
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―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。

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