モシ・オア・トゥンヤ。ヴィクトリア滝という名前
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
リビングストンに着くまで、滝をなめていた。
ザンビアの街、リビングストン。
この街の名前は、デビッド・リビングストンという、イギリス人探検家の名前からきている。
一八五五年、彼は、ここにやってきた。
そして、滝を見た。ヨーロッパ人として、最初に。
彼は、この滝を、「ヴィクトリア滝」と名付けた。
当時のイギリス女王、ヴィクトリアの名前をとって。
だが、この滝には、すでに名前があった。
「モシ・オア・トゥンヤ」
現地の言葉で、「雷鳴轟く煙」という意味。
この滝は、何千年も前から、ここにあった。
地元の人々は、ずっと、この滝を知っていた。
「モシ・オア・トゥンヤ」と、呼んでいた。
それを、リビングストンが「発見」した。
発見、という言葉が、引っかかる。
地元の人々が、ずっと知っていたものを、ヨーロッパ人が見つけて、「発見した」と言う。そして、自分たちの女王の名前をつける。
今、世界中の人々が、この滝を「ヴィクトリア滝」と呼ぶ。
わたしも、その一人。
まだ、滝は見えない。
だが、音が聞こえてくる。
ごおおおお、という、低い地鳴りのような音。
近づくにつれて、その音は、大きくなっていく。
やがて、霧が見える。
もくもくと、立ち上る霧。
いや、水煙だ。
「雷鳴轟く煙」
この名前は、正しい。
さらに近づく。
ごおおおおおお。
轟音が、体を揺らす。地面が、振動している。
見えた。
滝だ。
巨大な、滝。
幅は、一キロメートル以上。
高さは、百八メートル。三十階建てのビルに相当する。
その高さから、膨大な量の水が、どどどどどと、落ちている。
ごおおおおおおおお。
音が、すべてを飲み込む。
何も聞こえない。ただ、滝の音だけ。
水しぶきが、ぶわっと飛んでくる。
顔が、髪が、服が、びしょびしょになる。
西アフリカを旅してきた。
砂漠。乾いた大地。砂埃。
水が、貴重だった。シャワーも、ちょろちょろとしか出なかった。
それなのに、ここには、この水。
滝を眺めながら、じっと立っていた。
水しぶきの中に、虹が浮かんでいる。
大きな、七色の弧。
虹は、一つではなかった。
二つ、三つ、あちこちに、虹が浮かんでいる。
水と、光と、虹。
滝の端から端まで、ゆっくりと歩いた。
どの角度から見ても、水が、落ちて、落ちて、落ち続けている。
止まらない。
何千年も、何万年も、ずっと、落ち続けてきたのだろう。
そして、これからも、落ち続ける。
音が、響き続ける。
水しぶきが、顔に当たる。
虹が、浮かんでいる。
しばらく、そこに立っていた。
時間の感覚が、なくなった。
ただ、滝を見ていた。
旅は、こういう瞬間のためにある。
やがて、滝を離れた。
ごおおおおという音が、遠くなっていく。
でも、まだ、耳に残っている。
宿に戻っても、その音が、頭の中で、響いていた。
「モシ・オア・トゥンヤ」
雷鳴轟く煙。
その名前を、口の中で、小さくつぶやいた。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
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