負の世界遺産、ゴレ島という奴隷基地。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
ダカールの街を歩いていると、かならず目にするものがある。
それは、赤ん坊を背中におんぶした、母親たちだ。
道の端で、市場で、バスの中で。
色鮮やかな布で、赤ん坊をしっかりと背中にくくりつけている。
買い物をしながら、おしゃべりをしながら、歩きながら。
母親たちは、日常を生きている。
そして、その母親たちは、とても若い。
二十歳そこそこだろうか。中には、もっと若く見える人もいる。
セネガルの出生率は、三・八。
世界で二十位くらいだという。この街を歩くと、実感として伝わってくる。
バスに乗って、フェリー乗り場へ向かった。
ごとごとと揺れるバスの中は、地元の人たちでいっぱいだった。
窓の外には、ダカールの街並みが流れていく。高い建物、低い建物、道端に並ぶ露店。
バスは、ゆっくりと南へ進んでいく。
フェリー乗り場に着いて、チケットを買った。
ぶうん、とエンジンの音が響いて、フェリーが動き出した。
潮風が、ふわりと頬をなでる。海の匂いが、鼻をくすぐる。
二十分ほどで、島が見えてきた。
ダカールの沖、三キロメートル。
ゴレ島。
島に降り立つと、どこからか、音が聞こえてくる。
しゃかしゃか、かんかん、という、リズミカルな音。
アサラト、という楽器らしい。木の実で作られた、小さなマラカスのようなものを、ひもでつないで、振る。物売りの若者たちが、その楽器を巧みに操りながら、観光客に声をかけている。といってもわたしだけだが。
島の中を、ゆっくりと歩く。
洗濯物が、風に、ぱたぱたとなびいている。
子どもたちが、きゃっきゃっと笑いながら、走り回っている。
平和な島だ。
そして、「奴隷の家」の前に立った。
中に入ると、薄暗かった。
窓からの光が、ほそぼそと差し込んでいる。
一階の、狭い空間に、何百人もの奴隷が、押し込められていたという。
薄暗い部屋の中に、じっと立っていると、壁が、じわりと迫ってくるような気がした。ここに、人々が、詰め込まれていた。
そして、中央の通路を通って、船へ。アメリカ大陸へ。
二度と、故郷には戻れない、片道切符。そこでモノとしての待つ扱い。
声が詰まった。うめきすら出なかった
外に出ると、まぶしい光が目に飛び込んできた。
海が、きらきらと輝いている。
島は、美しかった。
ゴレ島は、一九七八年、世界で最初に登録された十二件の世界遺産の一つだという。「負の世界遺産」として。
二度と、同じ悲劇を繰り返さないために。
小さなレストランで、昼食をとる。
注文したのは、「チョフ」という魚。セネガルの国民魚らしい。
ぱりっと焼かれた皮の下には、ふわっとした白身。トマトのドレッシングが、ほどよい酸味を加えている。ちゃんと、料理されている。
デザートに、マンゴーを頼んだ。
まるごと一つ。贅沢だ。
甘い。とろける。しあわせだ。
食べ終わって、また島を歩いた。
アートギャラリーが、あちこちにある。色とりどりの絵、布、砂を使った作品。アサラトの音が、しゃかしゃか、かんかんと、島中に響いている。
フェリーに乗って、ダカールに戻る。
港に降り立つと、また、赤ん坊をおんぶした若い母親たちが、目に入った。
彼女たちは、笑っていた。
この国は、子どもを育てやすい国。
だが、世界のどこかでは、今も、苦しんでいる人々がいる。
わたしは、何ができるのだろう。
大きなことは、できない。
でも、知ること。忘れないこと。それは、できる。
ゴレ島という場所は、それを教えてくれた。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
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