百万人の命がなくなった国で、飲むコーヒー。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
キガリに着くまで、平和をわかったつもりでいた。
ルワンダは、「アフリカのシンガポール」と呼ばれ清潔だった。
道にゴミが落ちていない。建物がきれいだ。人々は穏やかに歩いている。
キガリ虐殺記念館。
一九九四年のジェノサイド。
そのことを知るために、ここに来た。
中に入った。
写真が、並んでいる。
人が、積まれている。ゴミ山のように。
死体だ。
何十体も、何百体も、積み重なっている。
血も、流れている。道に、川に、家の中に。
写真は、続く。
ナタで切られた頭。
銃で撃たれた体。
子どもの死体。
赤ん坊の死体。
壁に、文字が書いてある。
「100日で、100万人」
百日間で、百万人が殺された。
一日に、一万人。
計算すると、そうなる。
隣人が、隣人を殺した。
友人が、友人を殺した。
ナタで、銃で、棒で。
外に出た。
陽射しが、まぶしい。
空が、青かった。
鳥が、鳴いている。
たった数十年前。
この街で、百万人が殺された。
それが今、こんなに平和だとは。
翌日、コーヒー農園へ行った。
農園では、たくさんの人が働いていた。
コーヒーの実を、手で摘んでいる。
ひとつひとつ、手作業だ。
摘んだ実を、水で洗う。
手で、皮を剥く。
豆を、選別する。
手間がかかっている。
「これが、出荷する豆だよ」
見せてくれた豆は、白かった。
「白いんですね」
「焙煎は、先進国でやるんだ。だから、出荷するときは、まだ白い」
へえ、知らなかった。
男が、コーヒーを淹れてくれた。
ひと口、飲む。
香りが、ふわりと広がる。
少し酸味がある。すっきりしている。
うまい。
コーヒーを飲みながら、農園を眺める。
緑の丘。青い空。
穏やかな風景。
ゴミ山のように積まれた死体。
手作業でコーヒーを作る人々。
過去と、現在。
同じ国。
コーヒーを飲み干した。
カップをテーブルに置き、もう一杯、コーヒーを頼んだ。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
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