電気のない夜に。ガンビア、停電という日常
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
ガンビアという国は、不思議な形をしている。セネガルに、コの字型に、ぐるりと囲まれている。ガンビア川に沿って、細長く伸びた国。アフリカで一番小さな国の一つ。
タンジという港町へ向かった。
ガンビア最大の魚市場がある。
だが、道は、ひどかった。
雨季だった。昨夜も、激しい雨が降った。
舗装されていない道は、ぬかるんで、沼のようになっている。
一歩、足を踏み出すたびに、ずぶり、ずぶりと、泥に足が沈む。
靴が、べちゃべちゃになる。ズボンの裾も、泥だらけだ。
歩きづらい。
地元の人たちは、平気な顔で歩いている。慣れているのだろう。
タンジの港は、活気に満ちていた。
カラフルな木造の船が、ずらりと並んでいる。ピローグ、というらしい。
赤、青、緑、黄色。鮮やかな色に塗られた船が、波に、ゆらゆらと揺れている。
漁師たちが、網を引き上げている。
ざばっ、と水音がして、魚が、ぴちぴちと跳ねる。
女性たちが、頭の上に、大きなバケツを載せて歩いている。
その中には、魚がぎっしり詰まっている。バケツを載せたまま、すたすたと歩いていく。
魚の匂いが、むわっと鼻をつく。
潮の匂い、生臭い匂い、そして、どこからか、煙の匂い。
煙の匂いをたどっていくと、魚の燻製場があった。
ぱちぱちと、薪が燃える音。もくもくと立ち上る煙。その中に、魚が、ずらりと吊るされている。
市場の一角で、魚を揚げている店を見つけた。
おばさんが、大きな鍋に油をたっぷり入れて、じゅうじゅうと魚を揚げている。
「これ、ください」
指差すと、おばさんは、にっこりと笑って、揚げたての魚を皿に載せてくれた。
ひと口、かじる。
あつい。ほくほくの白身が、口の中でほろりと崩れる。
味付けは、塩だけ。今朝とれた魚を、揚げただけ。
それだけなのに、うまい。
じんわりと、しみじみと、うまい。
ただ、新鮮なだけ。それだけで、こんなにうまい。
宿に戻ったのは、夕方だった。
泥だらけの靴を脱いで、シャワーを浴びた。水しか出なかったが、もう慣れた。
夜になると、停電した。
ぷつん、と音がして、電気が消えた。
部屋の中が、真っ暗になる。
やることが、ない。
ろうそくもない。
ベッドに横になって、天井を見上げた。
何も見えない。ただ、暗闇だけがある。
ふと思う。
電気が、常に使える日本が、異常なのかもしれない。
ここでは、毎日、夜になると停電する。
それが、普通。地元の人たちは、それで暮らしている。
暗闇の中で、じっとしている。
遠くから、犬の鳴き声が聞こえる。虫の音が聞こえる。
それだけ。
翌日、ガンビア川を越える。
フェリーは、でかかった。
車も、バスも、人も、全部載せる。ぎしぎしと、きしむ音を立てながら、ゆっくりと動き出す。
デッキに出ると、風が、ふわりと吹いてきた。
ガンビア川は、広い。対岸が、かすんで見える。
川の水が、ぱしゃぱしゃと、フェリーにぶつかる音がする。
エンジンの音が、ごうごうと響く。
解放感。
川を越える。
それだけのことなのに、気持ちが軽くなる。
ずっと砂漠ばかり見てきたから。
セネガルに囲まれた、細長い国。
雨季の泥道。停電の夜。揚げただけの魚。
フェリーは、ゆっくりと対岸へ向かっている。
川の向こうに、また、旅が続いている。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!