見出し画像

固く握った目標という大きな風呂敷を開けてみたら、きれいなキャンディーがいっぱい入ってたみたいなこと

6月28日のWeverse Liveでジョングクくんがアニメ「とんがり帽子のアトリエ」を見たと言っていた。その「ぱっち〜(見たよ)」という言い方が、「あたりまえじゃん〜」っていう雰囲気に聞こえて、気になって、わたしも観たんだ。「とんがり帽子〜」は何年も前に1〜2巻を漫画で読んだきりで、アニメ化されているのを知らなかった。結局、アニメの続きが気になって、最新刊まで読んでしまった。そのおかげで、ものすごく良い時間を過ごしました…ふぅ…。

「とんがり帽子のアトリエ」では、周囲に民家の全くない、広々とした高原の中に、主人公に魔法を教える先生のアトリエがある。先生のこんなセリフがある。

ここが好きなんだ
平和で 静かで 退屈なくらい穏やかで…
あの子達の成長を見るのも
魔法を教えるのも好きだ
今が幸せなんだよ オルーギオ
幸せで…
満たされていて…
ずっと幻煙樹の花粉が見せる幻の中に居るみたい

「とんがり帽子のアトリエ」7巻

わたしは東京で育ち、32歳の時に瀬戸内に移住した。東京で、人と競争して生きることをずーっと、ずーっと学び続けて、ある意味、それは人が育つための方法であると、信じていた部分があったように思う。島の図書館で雑誌をぱらぱらめくっていたら、中学受験を特集していて、わたしの母校の過去問が一部載っていた。わたしが中学受験をした年齢に、今、自分の娘がなっていて、8人しかいない同級生と、歩道を覆いそうな雑草と、大量にいる昆虫と、向かいのおばあちゃんが轢き殺したマムシと、まるで山が呼吸しているみたいな湧き上がる靄を背景に、わたしが体験したような競争とまるで無縁で、好きなように、のびのびと、自分に自信を持って生きている。彼女に競争を経験させるためには、四国か本州の陸地へ連れて出なければならない。「そういう環境が子供には必要だ」と考えて、島の中には子供のためにそうする人もいる。わたしは…今、本当に分からない…。平和で、静かで、退屈なくらい穏やかで…、誰とも競わない、ただ自分のペースで、自分の好きな順番で、自分の見たいものにフォーカスして、今が幸せで、満たされていて、わたし、これでいいのかな?もう、都市で誰かと闘える筋力なんか、すっかりなくなってしまっている。わたしはゆっくり退化してるのかな?都市にいて、常に人と競争する中で獲得していくものって、実際、本質的に、どういう、どれだけ、価値があるんだろう?つまり、わたしの娘が今、まるで身につけていないものについて、わたしは危機感を持つべきなのか、そうでないのか、が、全く分からない。

BTSのカムバックのタイミングで公開されたRolling Stoneのインタビューで、j-hopeくんが言っていたことがある。

最近、先走ってはいけないと思うようになった。私たちが再び集まることが出来たこと、そして、今もグループとして音楽を作り続けていることは、本当に素晴らしいことです。そう考えると、目標はそれほど重要ではなくなる。私たちは今の状況を楽しんでいて、実際、とても今が楽しいですし、こうした気持ちをそのまま持ち続け、前進し続ける限り、私たちは自然とあらゆることを成し遂げ、達成していくでしょう。だから、あまり大きな夢を見るよりも、今がそうであるように、グループと一緒に音楽を作り続け、楽しみながら、メンバー同士やファンとの愛情あふれる関係を、この先も末長く育んでいきたいと思っています。それが私の唯一の目標であり、希望のような感じかもしれません、そうでありたいという。

そして、SUGAくんもそれに近いことを言っている。

私たちは楽しむべきだ。以前は競争心が強過ぎたのかもしれませんね?目標達成に焦るあまり、私たちは身体的、精神的な健康をあまり気にかけなくなってしまったように感じます。でも今は少しはリラックスできる。特に、私たちは皆んな年齢を重ねたのだから、いろんなことをもっと楽しめると思うよ。

SUGAくんの言う「皆んな年齢を重ねたのだから」は、メンバーだけじゃなくて、事務所の職員についてもそうなのかな?という気が、なんとなくした。「目標達成に焦るあまり、私たちは身体的、精神的な健康をあまり気にかけな」かったのは、メンバー自身だけじゃなくて、ソウルに住んで、彼らを守る、職場の大人たち、も、そうだったのかもしれない。

そう。j-hopeくんとSUGAくんのこの視点は、都市の人間に広く共有される、当たり前すぎるくらいに当たり前の感覚を、疑う、スイッチする、切り替える、離れる…、と、そういう意思表示でもあるんだよ。これ、わたし個人がただただ移住をするようなことと訳が違って、ソウル、あるいは韓国、あるいは世界に、彼らの関わる周囲の環境に、転換を促すような、そういう影響を与える可能性のある、「意識の切り替え」、なんじゃないのかなあ…大袈裟に言えば…。彼らの発言は、若くして苦労した人の達観した視点、ではなく、あるいは世界に届く発言力を持った人の綺麗に整えた言葉、ではなく、何に価値を置くか、その優先順位をこれまでと入れ替えるという、身体性のある、具体的な話だ。

でも何より胸を打つのは、そう言っている彼らの現在が「有言実行」しているように見える点にある。

以前のSUGAくんは、ものすごくストイックなイメージで、ツアー中の、ましてや本番のある日に、決してこういう予定を入れない人だったろうなあ…と思うんだ。だけど、「体験したい」と思って、それが可能なチャンスがあるじゃないかと思って、そういう体験を楽しむことを、自分の人生に取り込むんだ、と決めたことが、ものすごい、彼に別人のような変化をもたらすよね。彼は、自分の仕事のためにしたいことが出来ないのを、人のせいにしない生き方を選ぶために、走ったのだ。

平和で、静かで、退屈なくらい穏やかで、そういう場所に見いだす幸せで、自分を満たすことができるようになるためには、何か、条件がいるんだろうか。だって、それじゃあつまらなくて、停滞が毒になって、都会にあるものしかその人のもちものを研ぎ澄ますことが出来ない、と、そういう類のものも、あるだろうと思うんだ。

でも。もし、あなたのいる場所が都会だろうと、田舎だろうと、どこだろうと、今周囲にいる人たちが大好きで、一緒に何かを作る喜びをこの先も続けていけそうで、自分に与えてくれる人々に感謝を持って、何かをお返しする関係が有機的に保たれていくなら、

そこに循環型の安定した幸福があって、満たされているなら、

人と競ったり、価値を比較したり、奪ったりし合う必要を感じなかったら、

もう、戦争は起きないんだ。

宗教と自分が愛しているものの間で葛藤がある時どうすればいいのかって?
(間)あなたの心が知ってるんじゃないかな?何が優先順位なのかはあなたが知ってるんじゃない?これは僕に求める答えじゃないよ。あなたが見つけないといけないと思う。

ジョングクくんが、ものすごく素晴らし過ぎて、がーんとなって、だから「彼らを見ていて良かったな…」と、やっぱりここでも思う。ジョングクくんは、「普通」の感覚から言うと危うそうな感じがするのに、実際は全くそんなことはない。全然常人とはレベルの違った土台で、これでもかってくらい、強固に安定している。…ような気がする。今回のこれも、わたし、もし自分が聞かれたら、彼のように答えられるかなあ…?うっかり、ディテールをもっと詳しく聞こうとして、うっかり、一緒に悩んじゃうんじゃないかなあ…(そして下手なことを言えば、世界中で大炎上した可能性もなくはなかった訳か…恐ろしい…!)。だけど彼は、すぱっと最初の一刀目で本質を捕まえてる。これは、あなたが自分の人生をどのように生きるかという本質的な問いなんだよ、だから他人の中に答えはない。

…いいなあ…。わたしも、自分の背負う必要のないものを、初めから背負わないという選択がしたい…。

この質問をジョングクくんにしたARMYちゃんもちょっと面白いけど、答えが欲しかったんじゃなくて、悩んでいるということを誰かに知ってもらうことで、安心したかったのかもしれないね。ジョンググくんがあのように答えたのは、この質問に具体的に答える場合、質問者のバウンダリーを踏み越えるというのが彼には分かるからだが、そこには愛がないわけじゃなくて、相手のバウンダリーを尊重するという愛しかない。

そして、彼が常々全方向にこのアティチュードでいられる、という場合、ジョングクくんのバウンダリーもまた、メンバー達によって、本当に大切に、愛おしみながら、守られてきたのかもしれないなあ。出会った頃まだ幼かった彼自身が、十分自分自身を理解するところまで。

ジョングクくんはLive中、しばしば「もう寝て下さい」と言われて、「寝て下さいって言わないで下さい」と、しばしば言っていた。わたしは、韓国の国民性の話を思い出した。大切な相手ほど、「こうした方がいい」と思ったことを言う、それは相手に対して深い情があるからなんだ、ということらしい。だから、「言わないでいる」ことは、韓国の人たちにとってはあんまり自然じゃないのかもね。「こうした方がいい」の内容は、日本人からするとかなり踏み込んだ内容も含まれるので、わたし達の感覚では違和感があるけれど、日本人が思ったことを言わないのは、彼らにとっては寂しく、冷たく感じるものらしく、そのへんのニュアンスは日本人と韓国人では同じではないんだろう。

個人的には、BTSにとって、最も厳しいジャッジをするのが韓国のARMY、ファンであるんだろうなあと思っている。韓国人のファン達ががっちりホールドして離さないスマホを、もし、コンサート中下げさせることに成功したら、その時は、本当にパフォーマンスに没頭させた、感動させることが出来たといういうことになるのではないか。北米とか南米とかの「賞賛文化」にある人たちが見ないものを見ている。彼らを通してでしか分からないものがある。こういうファンは、実はすごく貴重なので、彼らも本国ARMYを世界の中でも貴重だと思っているんじゃないかなあ…。それはアーティストの本質的な価値、パフォーマンスの密度を高めると思うんだ。

さまざまな国で、さまざまな土地で、さまざまな人種の熱い心に触れて、その違い、その同じところを知っていくことは、彼らの本質的な叡智を、より深め、より唯一無二のものにしていくんだろうなあ。わたしにその心境は想像もつかないです。けれど、「地球の全部が愛おしい」ような、遠い地にレレバンシーを持つことができるなら、それは世界にまたがってファンに会いにいく彼らだからこそ得られる感覚で、きっと、どこかのタイミングで、彼らは得たものを広げて見せてくれるんだろうな、と思う。作品や、お話の中で、何か、きっと。楽しみだなあ。

これは、わたしが個人的に考えていることなので、わたしが「そうじゃないかな」と思ってるだけなんだけど、

社会の中で、今、人の精神性はものすごいスピードで進化してきたんじゃないかと思う。女性の権利や、動物達の権利や、自然環境の価値や、子供への敬意や、女性の性にまつわる尊重や、TVや報道やスポーツでの倫理など、かつて人は人に対して、もっともっと雑だった。命は今よりもっと軽かった。わたし個人の体感ですら、展開、あるいは成熟が「早い!」と思う。

これらはどうして変化したのか。

わたしは、現行に対して「おかしいな」と感じるセンスを持った人たちが現れた時、その若者達は現行の大人達と違うルーツから来ていて、古いシステムに対する共感する能力を、はじめから持たない人種なんじゃないか?と考えた。(人種って、魂における人種みたいなことです。)

しかしながら幼い人たちは、大人の庇護のもと育つしかないので、違和感を感じようとも、古いシステムの中で育つ以外に選択肢がない。だから、最初にやってきた新しい層は非常に苦しむ。だけど、その子供たちが成人する頃には、後から来た人たちにとっては、先輩たちがいて、新しい下地も作られてきているので、あまり苦しい思いをしなくて済む。わたし達、そういうことを、繰り返してきたんじゃないか…?

社会に対して感じる苦しさ、それは、あなたの人生に与えられた重荷じゃなくて、最初から、あなたにないものだから重いんだよ。

現行に対して、最初のカウンター層が、一番、価値観がぶつかりあって苦しむ。最初の世代。既成概念や権威に、否定されるし、攻撃されるし、潰される。今回のnoteで言えば、例えば、「人と競争しなくても、人生は幸せで満足できるものになる」という人たちがいて、その層が、現行に対して新しく生まれた人たち、だと、仮定する。

彼らの中には、「幸せは競争に勝たないと得られない」という価値観の中で育てられた人もいるので、そうかと思って、それを実践して生きてきた。だけど実は、彼らは「幸せは競争に勝たないと得られない」という概念体系を、そもそも持っていない。そして、今生まれてきている子達も、「幸せは競争に勝たないと得られない」」という概念を、そもそも持たないで生まれてきている。すると社会は静かに、「人と競争しなくても、人生は幸せで満足できるものになる」という社会に変わっていく。仮定。

ははあ。つまりわたしは、多分、「幸せは競争に勝たないと得られない」と考える基盤が、そもそも頭に入ってないんだな。言われてることは分かる。ぐいぐい刻まれた記憶もある。そう思う人がいるのも尊重する。社会の色々が、その前提でシステムが仕組まれているのも知っている。そして、わたしは自分の娘を、そのように、自分が思うように、「人と競争しなくても、人生は幸せで満足できるものになる」、と、幸せは、いつでも身の回りに、あたりまえのように満ち満ちているものなんだ、と、思って育てている。

大きな目標…競争に勝ち上がって手に入れられるような…それが必要だというプログラムが入っていない脳の、人達…。だから、例えば、今の子供たちや学生さんたちの中に、もし、大きな目標がないと言う人がいるならば、そもそも必要のない人なのかもしれない。今打ち込めることを一生懸命やって、周囲との人間関係に心を込めれば、その人はその時、現在進行形で幸せだし、それ以外の場所に満ち足りる場所はなかったのだった。そして、「自然とあらゆることを成し遂げ、達成していくでしょう」。

競争しないと獲得できないものは、あるかもしれない。
でもそれはいつだって、幸せとは関係がない。

競争する過程を自分の力にして楽しめる人は、競争をする以前から幸せである人だし、競争に勝たなければ幸せじゃないと考える人は、競争に勝つだけでは幸せにはならないのだ。

多分。

うん!
なんかすっきりしたぞ!


それでは、また!




いいなと思ったら応援しよう!

パクチー お読み下さってありがとうございます!