2024年10月31日についに「汝それなり」を悟った!悟り研究において、瞑想より内省を重視した結果!?熊平美香「リフレクション」そい「内省のススメ」
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2024年10月31日についに「汝それなり」を悟った!悟り研究において、瞑想より内省を重視した結果!?熊平美香「リフレクション」そい「内省のススメ」
覚者:オレは、悟り研究において、瞑想より内省を重視する。
ボク:なんで、瞑想より内省を重視するの?
瞑想よりも、自己理解が深化すると思うからだ。
内省の定義。
熊平美香「リフレクション」には、リフレクション(=内省・ふりかえり)の定義として、以下が挙げられている。
リフレクション(Reflection)とは、自分の内面を客観的、批判的に振り返る行為です。
内省においては、「メタ認知」が重要だが、上の2冊とも、内省におけるメタ認知の要素として、①意見、②経験、③感情、④価値観、を挙げている。
意見・経験・感情・価値観なんだね?(笑)
実は、内省についての本をこれまで読んだことがなかった。
この2冊を読むことで、内省についての知見が深まったんだ。
まさに、2024年10月31日の出来事だったんだけどさー(笑)
「汝それなり」の内省。
「汝それなり」を、おさらいすると、「ブラフマン=アートマン」ということだった。
「ブラフマン」も「アートマン」も究極的には言葉にできない。
だから、アートマンを「汝」と呼び、ブラフマンを「それ」と呼ぶんだ。
「汝それなり」、大事だね(笑)
上のメソッドによって、「汝それなり」を内省・メタ認知してみた。
①意見=「汝それなり」
②経験=「本を読んで内省し、「汝それなり」が心の底から腑に落ちている状態になったこと」
③感情=至福
④価値観=精神性(スピリチュアリティ)
ふむ。
このことを意識して、眼を閉じて視覚を遮断し、さらに内省に入った。
そうしたら、非常に深い内観状態に入ったんだ。
非常に深い内観状態に入ったんだね。
「汝それなり」を悟った!?
まず、世界が消えた。
おお、世界が消えたんだね。
次に、「汝それなり」自体も消えた。
え?「汝それなり」も消えたの?
消えたんだ。そして、何も無くなった。「完全なる無」だ。
「完全なる無」??
そうだ。「完全なる無」だ。
あえて言語化すれば、「沈黙」・「なんも言えねー!!」・・・みたいな境地に達したんだわ(笑)
オレ(実は「ポリドルフィン」)は、そういう神秘的な体験を、2024年10月31日に、体験したんだよね(笑)
それが、「汝それなり」を悟ったことになるの??
さて、内観が解かれて、我に返った(笑)
日常的経験の次元に戻ったんだね(笑)
今の「完全なる無」は、なんだったのか?と、ふと思った。
そして、それが、「汝それなり」を悟ったことになるのか??と疑問に思った(笑)
そうだね。「完全なる無」だったら、不二一元の悟りではないんじゃないの?って疑問がわくよね。「汝それなり」自体が消えちゃったんだからさー(笑)
そこで、ChatGPTに聞いてみたんだわ(笑)
「汝それなり、を悟った状態は、完全なる無ではないのか?」とChatGPTに聞いてみたら・・・。
「汝それなり」(タットヴァマシ:तत्त्वमसि, tat tvam asi)を悟った状態は、完全なる無というよりも、真の自己(アートマン)と究極の実在(ブラフマン)との完全な一致を体験した状態とされています。この境地は、「空っぽ」や「無」といった感覚を含むことがあっても、ただの「無」ではありません。
アドヴァイタ・ヴェーダーンタや仏教では、個別の自己(エゴや個人的なアイデンティティ)が幻想として消え去り、分離のない純粋な意識や存在に溶け込む体験が悟りとして語られます。しかし、それは単なる消滅ではなく、すべてを超越し、すべてを含む状態です。この状態では、個人的な欲望や執着の視点からは「空」のように感じられるかもしれませんが、純粋な意識そのものが残っているとも言われます。
よって、悟った状態は「無」ではなく、むしろ現実の深遠さ、あるいは「全てがあるが故に、何もない」ような存在の本質を直感する状態であると言えます。
よく考えてみたら・・・。
これを参考に、よく考えてみた。
すると、ボクの「完全なる無」という悟りは、やっぱり「汝それなり」の悟りだったという結論に至ったんだわ(笑)。
ふーん、どう考察したの??
まず、「認識する者を認識することはできない。」
だから、認識する者=アートマン=ブラフマンは、認識することはできない。
ということは、「汝それなり」も認識することはできない。
だから、「完全なる無」だったんよ(笑)
でもさ、ChatGPTは、「完全なる無」ではない、と言っていたじゃん(笑)
よく考えてみて!!
たしかに、「完全なる無」ではある。しかし、その「完全なる無」を実は「認識」していたわけじゃん。
要するに、一見「完全なる無」だと思ったけれども、それを「認識」し「鑑賞」している、純粋意識=アートマン=ブラフマンが存在しているわけさ。
要するに、「汝それなり」は無くなったようでいて、無くなっていなかったんだわ。
「完全なる無」であることに驚いちゃったけれども、これは、上のように、よく考えたら、「汝それなり」の悟りだよね?
つまり、開眼(アパロクシャ・ジニャーナ)を得て、シャンカラさんのいう不二一元の悟りの最後のピースが埋まったわけなんだよね(笑)
でもさ、「アパロクシャ・ジニャーナ」じゃない、ふつうの「ジニャーナ」(知識。より正確に言えば、「パロクシャ・ジニャーナ」=「わかりやすく言えば、本や教えを通じて得られる知識、みたいなもの」)がまだまだ完璧じゃないよね?(笑)
そうなんよ。まだまだ、ふつうのジニャーナ(知識)が完璧じゃない。だから、図書館で、2冊借りた。
中村元「中村元選集(決定版)第27巻ヴェーダンタ思想の展開」と、前田専学「ヴェーダンタの哲学」の2冊だ(笑)
あと、シャンカラさん自身の著作「ウパデーシャ・サーハスリー」も既に手元にあるので、読まねばならない(苦笑)
うわー!?読むものいっぱいだね。大丈夫??(笑)
うーん、あんまし自信はないけれども、読めるところまで読むつもりだよ(苦笑)
まあ「汝それなり」の悟りは得たから、あとは勉強してジニャーナ(知識)を得るだけ!!
まあ、「汝それなり」の悟りは得たから、あとは勉強してふつうのジニャーナ(知識)を得るだけだ(笑)
とりあえず、一つの大きな壁はクリアできたわけさ(笑)
大きな一歩、前進といったところだね(笑)。
しかし、本当に神秘的な体験だった・・・(笑)
本当に、なんも無くなって、あえて言語化すれば、「沈黙」・「なんも言えねー!!」・・・みたいな境地に達しちゃったんだからさ(笑)
下の2冊の両方、またはいずれかを読めば、この記事の読者のアナタにも、キット悟れると思うよ。ぜひ試してみて!!(笑)
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