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エドワード・ゴーリーを巡る旅

エドワード・ゴーリーについて知っている知識は「猫じいさん」だった、ということだけだった。

有名なゴーリーじいさんの肖像

2020年ごろだったと思う、地元(高松市)の書店でエドワード・ゴーリーのミニコーナーができており、私は『ウエスト・ウイング』という絵本を1冊だけ買ったのだが、今考えるとゴーリーの没後20年ということでコーナーができていたのだろう。かんじんの『ウエスト・ウイング』は文章のない絵本で難解だったが、細い線を多用した暗いイラストは私の好きなビアズリーや伊藤潤二を想起させてとても気に入った。なので今回地元の美術館でゴーリー展があるというのはとても嬉しい知らせだった。

ゴーリー展は写真撮影不可のため目を皿のようにしてじっくり見た。たいていは子どもが不幸な目に遭うという内容の作品をたくさん出していて、ああ、これはモーリス・センダックのブラック版だな、と思ったりした。あとバレエが大好きでバランシンが大好きでニューヨークシティバレエ(NYCB)に通いつめていたというのは全然知らなかった情報なのでほーと思った。
私はバレエも好きなのだ。ここ10年ほどはまともに観ていないが、若い頃はよく舞台を観に行った。バランシンについてはあんまり知らないが……。で、今回バレエについての作品も見られてよかった。

よいポストカードだ(購入した)

あと展示で解説を見て非常に気に入った『ギャシュリークラムのちびっ子たち』と図録も購入した。

展示を出たところに物販ブースがあり、様々なグッズが売っていてそれはそれは素敵なシルバーの飾りなども売っていて、お金をたくさん持っていたらヤバかった。それでも図録と絵本とマルチクロスとポストカードで5千円も使ってしまった……。

ゴーリーの繊細で小さくて暗くて無邪気に怖いイラストを見ているときに、何度も「え、これはいつの作品?」となり、1965年とか1985年とか書かれているのを見て「そうだよね、こないだ亡くなった人だもんね……」と思っていたが、それは他の人たちも思っていたようだ。

長いあいだ、多くのアメリカ人はエドワード・ゴーリーのことをイギリス人でありすでに死んでいる、と思っていた。無理もない。ゴーリーの本によく出てくる、口ひげをたくわえた紳士と、裾の長いドレスを着た淑女たち。彼らが午後の紅茶を飲んでいる、古風な家具をしつらえた薄暗い居間。ヴィクトリア朝の小説(ディケンズあたりか)に添えられた挿画を思わせる、細かい線を多用した絵のタッチ。言葉の方も、マザー・グースに通じる古典的なリズムと韻……。それらすべてが、20世紀後半のアメリカよりもはるかに、19世紀後半、大英帝国にそれとなく翳りの見えはじめたころのイングランドを思い起こさせる。
(後略)

柴田元幸「エドワード・ゴーリーについて」

私は「暗い」と表現したが、ゴーリーの作品の大多数を翻訳した柴田氏は「翳り」と表現していた。そう、翳り! この翳りがヴィクトリア朝のあの不気味な時代によく合っていると私も思った。ただし、ゴーリーの絵画に登場するドレスはヴィクトリア朝より後の時代のものが多いと感じたが。
それにしても見応えのある展示の数々だった。これから図録を読むのも楽しみだ。

しかし私はモーリス・センダックの絵やゴーリーの絵や柳原良平の絵が好きなんだな、と再確認した一日であった。

おまけ・美術館の不思議なベンチ

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