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点ではなく線で、彼らを見守りたい。ドラマ『修仲』がくれた多幸感

2025年10月から12月にかけて放送されたドラマ『修学旅行で仲良くないグループに入りました』(原作:隠木鶉)。全10話を視聴し、さらにライブビューイングで大画面に映し出されるキャストたちのきらめきを大勢のファンと共有する時間を経て、わたしは本作が深夜ドラマの枠を超えた稀有な一作であると確信した。
放送批評懇談会による「ギャラクシー賞マイベストTV賞」2025年12月度の投票において、現在暫定2位(※2026年2月時点)につけている事実は、単なる人気投票の結果ではない。そこには、わたしを含む視聴者が受け取った、言葉にし尽くせない幸福感と熱量が凝縮されている。

第1章:疑念を信頼へと変えた、まっすぐな「対話」の強度

正直に記せば、本作の制作体制が発表された際、わたしはある種の不満に近い懸念を抱いていた。近年のBLドラマ界において、女性監督たちがLGBTQ+への深い理解と高い芸術性をもってジャンルを牽引してきた流れを尊重したいと考えていたからだ。メイン監督の進藤丈広氏を含む演出陣4名すべてが男性であるという事実は、当初のわたしには異例のことのように感じられ、危うさを孕んでいるようにも見えた。

しかし、その疑念を払拭したのは第9話の渡会紬嵩による台詞であった。

「俺は男とか女とか関係なく、日置が好きなんだなって」

この言葉は、性差による困難を安易に無効化するものではない。むしろ、男性演出家たちが「男性であるキャラクター」と向き合い、一人の人間が別の一人の人間に惹かれるという逃れられない事実を、真剣に描き切った末の到達点であると感じた。女性監督たちが描く繊細な情緒とはまた異なる、この「個対個」の無骨なまでの肯定こそが、本作を貫く誠実さの正体である。

第2章:身体が語るリアリティ——簡秀吉の「覚悟」と藤本洸大の「変貌」

本作の質を支えたのは、キャスト陣による徹底した役作りと身体的表現である。

・簡秀吉(渡会紬嵩役):抑制と解放のダイナミズム
制作発表時、原作イメージに合わせ10kg減量したビジュアルを見て、簡氏の並々ならぬ覚悟に惹きつけられた。「BL作品の愛の重い彼氏が好き」という本人の言葉通り、その芝居は圧巻だった。ピンと伸びた背筋や日置を見つめるギラリとした視線、少年らしさのある甘えを含んだ声色。そして何より、決してプラトニックではない日置への欲求を垣間見せたときの、顔と手の仕草! とんでもないインパクトであり、本作が簡氏にとって『仮面ライダーギーツ』に並ぶ出世作になったと確信させるに十分なものだった。

・藤本洸大(日置朝陽役):おそろしいほどの可愛らしさへの変遷
日置の成長を「表情と所作の変化」で体現した藤本氏の演技には目を剥いた。特筆すべきは、周囲と打ち解けていくほどに日置がおそろしく可愛らしく変貌していく様だ。特に修学旅行後の第5話以降、自己を肯定し周囲を受け入れることで溢れ出したその愛らしさの破壊力には、心地よく翻弄された。初回と最終回では立ち方・歩き方から全く異なっており、藤本氏の役者としての才能と高い練度を感じずにはいられない。

第3章:「宝石箱」のきらめきと、日常へと続くアフターストーリー

本作は、映像と音楽とのマッチングも素晴らしかった。
映像、メロディ、歌詞のすべてに青春と初恋のきらめきが詰まっている。

まず、オープニング映像。どこかノスタルジックでもあり、子どもの頃に大切にしていた綺麗な石を詰めた宝石箱をそっと開けるような、あの特別なキラキラ感にグッと心が引き寄せられた。
そして主題歌。毎回、楽曲が流れるタイミングの完璧さには、心の中で何度も「パーフェクト!」と叫ばずにはいられなかった。「令和の Love So Sweet」とは言い得て妙である。
オープニングの「トレモロ」(原因は自分にある。)も、主題歌の「両片想い」(DXTEEN)も、歌詞とメロディが作品世界とドンピシャでハマっており、歌い出しが出演者という演出も粋で、曲がかかるたびに深く感動した。

こうした世界観の構築に加え、丁寧で視聴者ニーズに的確に応えたドラマ公式のSNS展開や、藤本氏主催のインスタライブ同時視聴会といった多角的な試みも、わたしを「沼」へと誘った要因だ。特に同時視聴会での藤本氏による作品解説は、キャラクター及び各話のシーンへの愛着をさらに深めてくれる見事なものであった。

本編全10話を終えた後、配信されたアフターストーリー2本も視聴した。そこには、修学旅行という非日常を越えた先にある、より日常に近い二人の空気感が流れていた。特に5・6話で繊細な心情描写を見せてくれたハセガワ監督が担当する回など、本編で丁寧に積み上げられた感情の「その先」を、同じ解像度で見守れる喜びは代えがたい(サブタイトル通り、息ができなくなりましたが)。

結語:優しい彼らが、そのままの笑顔でいられる社会を願って

本作に登場する若者たちは、みな個性的でありながら他者に実に寛容である。彼らが率直に不安を打ち明け合い、誠実に言葉を交わす姿は、ラブコメの枠を超えて「社会的意義のある青春物語」として胸に響いた。
「この子たちが優しくあれる社会を、我々は継続して実現し続けなければならない」
ライブビューイングの会場で、大勢のファンと万感の思いで拍手を送ったあの多幸感。イベント終了後すぐ、友人に「守りたい、みんなの笑顔」とメッセージを送ったとき、わたしの中に芽生えたのはそんな強い責任感だった。

当初の演出陣への不満は、最終的に「この布陣だからこそ、この誠実な答えに辿り着けたのだ」という納得へと昇華された。

この先の彼らの物語を、高3、大学生、そして社会人になっても見守り続けたい。一過性のブームではなく、彼らの人生を点ではなく線で見続けたいという欲望を、本作は抱かせてくれる。本作は、わたしにとって「長く語り継ぎたい」大切な宝物になったのである。

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