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アラ還FP 仕事と暮らし Vol.1|家は売れる。でも、思い出だけは査定できない

最近、ふとした拍子に同じ問いへ戻ってくる。

この家に、このまま住み続けるのか。
それとも、どこかで離れるのか。
結論はまだ出ない。
出ないどころか、考えるたびに輪郭が曇っていく。

こんにちは。
アラ還の会社員で、
1級ファイナンシャル・プランニング技能士です。


1級FPの資格を持ちながら、こうして逡巡しているのは、いささか間が悪い気もする。

(自称)数字に強いことと、決断に迷いがないことは、どうやら別の話らしい。

横浜のこの家は、小さな三階建てだ。

子どもたちがまだ家にいた頃は、少し窮屈なほどに感じられた。
足音や笑い声や、閉め忘れたドアの隙間から漏れる気配が、家の中をやわらかく押し広げていた。

気がつけば今は、夫婦と成人した娘の三人暮らし。
いずれ、二人だけの時間が来るのだろう。

そう思うと、同じ間取りが、わずかに違う顔を見せる。階段の多さが、少しだけ現実的な重さを帯びる。修繕費の見積もりが、紙の上の数字のままでは済まなくなる。

若い頃は、何でもないことだった。
時間は静かに意味を変えていく。

それでも、この家には、手放し難いものがいくつも沈んでいる。

震える手で押した契約書の印影。
初めて鍵を受け取った日の、あの妙な静けさ。
子どもたちが、まっすぐに季節を越えていった時間。

どれも、特別な思い出ではない。
けれど、こういうものほど厄介だ。
売却査定には出てこない。

頭の中では、別の声も確かに響いている。
合理的に考えれば、住み替えには道理がある。

家を売り、駅に近いマンションへ移る。
段差のない暮らし。
手入れに追われない日常。
車に頼らなくてもよい距離感。
数字だけを見れば、整った結論だ。

実際、何度も計算した。
残債を調べ、査定をとり、売却後に残る金額も試算した。

おそらく、一般的な水準を超えるほど、こと細かく。それでも、決められない。

理由はひどく単純で、そして厄介だ。


住まいは、数字だけでは終わらない。


いつものスーパーまでの道。
季節ごとに空気の匂いが変わる散歩道。
ふらりと立ち寄るラーメン屋の暖簾。
長く住んでいると、街の方が勝手に自分の一部になる。だから離れるとなると、引っ越しというより、何かを剥がすような気分になる。

私はどうしても、数式の側に立とうとする。
将来のキャッシュフローを並べ、住み替えの合理性を、何度も妻に説明した。

そのたびに、普段は穏やかな妻が、静かに首を振る。

「お金だけの問題じゃないでしょう」

その一言に、どこか逃げ場を失う。
子どもたちも、いつの間にかその側にいる。

もちろん、残ることにも不安はある。
今は、まだ階段を苦にしない。

十年後、十五年後はどうだろう。
七十代の自分たちが、この家をどう感じているのか。想像しようとしても、そこだけ霧がかかる。

最近になって、少しだけ分かってきたことがある。
私たちは、住み替えるかどうかを悩んでいるようでいて、実のところ、別のことに向き合っているのではないか。

老いていく自分を、どう引き受けるか。
夫婦で、その準備を始めているだけなのかもしれない。

家の問題に見えて、これは時間の問題だ。
そして、人生の問題だ。

若い頃は、「家を買う」ことに意味があった。
いまは、「どこで終わりを迎えるか」を考えている。

同じ「住まい」でも、ずいぶんと質の異なる問いだ。いずれ、決める時が来るだろう。

ここを出るかもしれないし、最後まで留まるかもしれない。その時の自分が、どちらを選ぶのかは、まだ分からない。

ただ一つ確かなのは、この逡巡は私だけのものではない、ということだ。

同世代と話すと、似た問いがあちこちにあることに気づく。誰もが考え、誰もが決めきれずにいる。
正解は、どこにも用意されていない。

だから最近は、こう思うようになった。

大切なのは、正解に辿り着くことではなく、迷い続けられるうちに、考え続けることなのではないか、と。

年金も、退職金も、ローンも、資産も、計算しようと思えば、きちんと数字になる。予測もできるし、比較もできる。けれど、家への愛着だけは、どうしても式に置き換わらない。

どんなに整ったシミュレーションにも、収まりきらない余白として残り続ける。

どうやら人生には、最後まで数字にならないものが、いくつかあるらしい。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この「アラ還FP 仕事と暮らし」では、

・老後のお金
・住まい
・働き方

そして人生後半のリアルな悩みについて、
58歳の現役サラリーマンFPとして綴っていきます。

また、『アラ還のぼやき』というエッセイも細々と続けています。
お時間のある時に、ふらりと立ち寄っていただければ嬉しいです。

【アラ還FP】
(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)


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