うなぎの尻尾と、母の願い
今年、長男が結婚した。
我が家には昔から、小さな習慣がある。
子どもの誕生日月には、
家族そろって外食すること。
七月生まれの長男だけは、
毎年決まって「うなぎ」を楽しみにしていた。
新横浜駅近くにある「大黒屋」まで車を走らせた。
人気店だったため、
土用の丑の日当日に早めに出かけても、
一時間半待ちということも珍しくなかった。
それでも、香ばしい匂いが漂う店先で順番を待つ時間さえ、今となっては懐かしい思い出だ。
うなぎといえば、子どもの頃の記憶がよみがえる。
結婚前、実家で暮らしていた頃は、
食卓にうなぎが並ぶことが決して珍しくなかった。
当時の母は、うなぎを取り分けながらよくこう言った。
「あんたは将来、尻尾になったらあかん。真ん中を食べ」
純粋に将来の私の栄達を考えての、
母なりの愛情表現だったのだろう。
母に勧められるまま、
私は何の疑問もなく真ん中の身を口に運んでいた。
あの頃は、それがどれほど贅沢なことなのか考えもしなかった。
昔は食卓にもよく並んだ国産うなぎも、
今では特別な日に味わうごちそうになった。
だからこそ、
先日長男から聞いた話がうれしかった。
誕生日に、新婚の奥さんと二人でうなぎを食べに行ったというのだ。
そんな習慣を意識して残したつもりもない。
気がつけば私たち家族が続けてきた時間が、
息子夫婦の暮らしの中にも静かに受け継がれていた。
家族の伝統というほど大げさなものではない。
それでも、何か大切なものが確かにつながっている気がした。
今年の土用の丑の日は、妻と長女、それに私の三人で、久しぶりに新横浜の「大黒屋」へ行く予定である。
四人で囲んでいた食卓が三人になったことに、
一抹の寂しさがないと言えば嘘になる。
家族の形が変わっても思い出は消えない。
その思い出はいつの間にか次の世代へと受け渡されていく。
うなぎの香りが立ちのぼるたびに、
私はきっと母の言葉を思い出すだろう。
「あんたは将来、尻尾になったらあかん。真ん中を食べ」
今になってようやく、その意味がわかった気がする。
親の願いというものは、案外、
何十年も経ってから届くものなのかもしれない。
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