リサリサでゴー〜チャリで買い付け、メルカリでサステナブル〜
第29回:Sさんから、もらったものの話。
Sさんから、
ものをもらいました。
買ったんじゃなくて、
もらいました。
はじめてのことでした。
いつも通りお店に行って、
棚を見ていたときです。
Sさんが奥から出てきて、
「ちょっと待ってください」
と言いました。
また奥に引っ込んで、
しばらくして、
小さな包みを持って戻ってきました。
新聞紙で、丁寧に包んであります。
「これ、あなたに」と言いました。
受け取って、開けました。
古い、小さなコンパスでした。
真鍮製で、蓋を開けると針が
北を指す。蓋の裏に、
細かい模様が彫ってありました。
傷はあるけど、針はちゃんと動く。
「どこへでも行けるように」
とSさんは言いました。
それだけでした。
何も言えませんでした。
しばらく、コンパスを手のひらに
載せたまま立っていました。
針がゆっくり揺れて、北を指して、
止まりました。
「ありがとうございます」と言ったら、
「もらってくれてよかった」と
Sさんは言いました。
ものをあげた側が
「もらってくれてよかった」と言う。
Sさんらしい言葉でした。
帰り道、ポケットにコンパスを
入れて漕ぎました。
ポケットの中で、コンパスがあること
がわかりました。
重さで。
真鍮の、小さな重みで。
どこへでも行けるように、
とSさんは言いました。
1年間、地図も見ずに走って
きたわたしに、コンパスをくれた。
目的地を決めない走り方を、
Sさんはずっと見ていたんだな、
と思いました。
それでも、
どこへでも行けるように、
と言ってくれた。
家に帰って、机の上に置きました。
鍵と、缶の小箱と、コンパスが
並びました。鍵は、
どこかの扉を開けていたもの。
缶の小箱は、「おかあさんへ」という
言葉を運んできたもの。
コンパスは、Sさんがくれたもの。
ぜんぶ、誰かの話のかけらです。
ぜんぶ、わたしの机の上にある。
Mちゃんに話したら、
「Sさん、リサリサのこと
すごく好きなんだね」と言いました。
そうかもしれない、と思いました。
わたしもSさんのことが好きです。
でもそれを直接言ったことは、
一度もありません。言わなくても、
コンパスが言ってくれていた。
次にSさんのお店に行ったとき、
コンパスをポケットに入れていきます。
「持ってきました」と言うつもりです。
たぶんSさんは「ほう」と言います。
それだけで、十分です。
どこへでも行けるように。
行きます、Sさん🚲
次回:最後の買い付けに行った日の話。
