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ドクターキリコは猫の鼻くそを信じない

私は猫4匹と暮らしている。
10歳の兄妹猫のペアと、6歳の三毛猫姉妹という組み合わせだ。

4匹の猫と暮らしています!
(今日のお話は主に左の2匹の話)

先々週、10歳の兄妹猫を健康診断に連れていった。

黒猫の“ぼく”と、ハチワレの“しんゆう”は、雨の中で保護され、我が家にやってきた。

”ぼく”はのんびり屋で、食べることが大好きだ。夕飯の時間になると必ず食卓につき、就寝の時間になると布団に潜り込んでくる。家猫の鏡のような猫である。三毛猫姉妹からも「黒いおじさん」と親しまれていて、姉妹がぴったり寄り添って寝ても嫌がらない。トトロのように大きなおなかを上下させながら、ただ穏やかに見守っている優しいやつだ。

一方の”しんゆう”は、『ブラック・ジャック』のピノコのように天真爛漫で、働いている人が大好きだ。ガスや電気の作業員さんが来ると、自ら出迎え、一緒になって点検作業を見守る。
そのくせ、なぜかうちの姉には横柄である。おやつを持たずに遊びに来ると、カバンの中を勝手に点検し、口を三角にして「なんで~!?」と文句を言う。少し性格が悪い。
そして私のことを親友だと思っているらしい。他の猫たちとはべたべたしたがらないのに、気が付くと私にぴとっとくっついている。

そんな2匹を、毎年梅雨が来る前には健康診断に連れていくと決めている。
雨の中で保護されたからなのか、小さい頃から目や鼻の調子を崩しやすい。そのため、病院に連れていく機会も少なくはないのだが、たいていお世話になるのは、ふたりが0歳の頃から通っている「M動物病院」だ。

彼らを連れていくと、小さい頃からお世話になっている看護師さんたちが次々と診察室から出てきて、「元気にしてた~?」「あれぇ?ちょっとふとったんじゃない~!?」とキャリーバッグの中の猫たちに声をかけてくれる。

特にぼくは、診察が終わってもバッグに入りたがらないくらいM動物病院が好きだ。看護師さんと遊びたすぎて、バッグごと、ごろんごろんと転がり続け、待合室を笑いで包み込んだこともある。

やはり通い慣れた病院はいいなあ、と思う。
看護師さんに撫でられて目を細める彼らを見ながら、私はこれまでの動物病院での出来事をひとつ、またひとつと思い出していた。

もちろん、そのすべてがM動物病院での出来事ではない。

やはり「事件」が起きるのは、通い慣れていない病院の方だ。

数年前、M動物病院が長期休暇の際に、しんゆうが風邪をひいて目が開かないことがあった。

そこで私は、家の近所にの別の動物病院へ連れていくことにした。
その病院は、先生がたった一人でやっている小さな病院で、受付には看護師さんも事務員さんもいない。受付表に名前を書いて、待合室で勝手に待つスタイルだ。

しんゆうの前にはチワワとダックスフンドが待っていた。
さらに診察室には大型犬が入っていたのだが、何か大きな病気なのだろうか。10分たっても出てこない。少し心配になる。

しかし、しんゆうにとっては、そんな事情はどうでもよかった。
「ちょっとー!!だしなさいよー!!!」
と、全力で抗議を始めたのだ。
その声でチワワとダックスフンドがとたんに不安な顔になる。

そして、ダックスフンドは、
「あおーーーーん!」
と突然遠吠えを始めた。
驚いた飼い主のおじさんは、私としんゆうをちらっと見て、
「ちょっと外の空気を吸おうか」
とダックスフンドを連れて外へ。

「すみません、本当にすみません……」
私は謝りながらしんゆうをなだめた。

しかし、効果はなかった。むしろ声量は増し、バッグの隙間から私の手を攻撃し始めたのだ。
痛いって。

そして、対面に座っていた、チワワを連れたマダムは明らかに機嫌が悪くなっていた。

私たちを“キッ”と睨みつけ、
「壁!壁を向いてなさい!」
とチワワに命令した。

チワワは素直に壁を向いた。
なぜ壁を向く必要があったのかは、今でもよくわからない。

ただ、その場にいた誰もが、しんゆうから距離を取ろうとしていたことだけは確かだった。

実家で飼っていた柴犬は1ミリも人の言う事を聞くタイプではなかったので、飼い主に忠実な犬を見るたび、私はその完璧さに気後れしてしまう。

うちの猫が不用意に危機感をあおりました。
犬のみなさん、本当にごめんなさい。

そしてやっと診察が始まった。
ドアを開くと、そこは想像通りの飾り気のない診察室だった。
背の高い先生が、診察台を消毒しながら「どうぞー」と出迎えてくれる。

あ、この人誰かに似ている。
そうだ。「ドクターキリコ」だ。

背が高くて痩せていて、きっと良い人なのだろうけれど、どこかヒール役のような雰囲気がある。なるほど、確かに一人で仕事をするのを好みそうだ。
私は勝手に想像を膨らませながら、しんゆうを診察台に乗せた。

「あ~猫ヘルペスだね。目薬とか試したことある?」
寡黙そうに見えて、軽快なトーク術を持ったドクターキリコだった。
診察は丁寧で、目薬の上手な差し方まで教えてくれた。

気を許した私は、しんゆうをバッグに戻しながら、
「たまに、くしゃみをして大きな鼻くそが出る時があるんですよ。それにも効くといいなあ」
と独り言のようにつぶやいた。

するとドクターキリコは、
「え!? 鼻くそ!?」と大きな声を出した。
「ええ、鼻くそです」
「いやいや、猫は鼻くそ出ないから」

そんなわけがない。我が家では、しんゆうだけではなく、ぼくも幼少期からくしゃみと共に鼻水や鼻くそを飛ばしてきた。それを拭き取るのは私の日課である。

「鼻くそじゃなければ鼻水ですかね。でも固形なんですよ」と反論する。
しかしドクターキリコは、
「いやあ、にわかには信じられないな」と譲らない。

悔しくなった私は携帯のカメラロールを開き、
「これが証拠です!」と猫の鼻くその写真を見せた。

ドクターキリコはハズキルーペを上げ、
「あー、鼻水が固まった感じだね」と言う。
「いや、それを鼻くそって言うんじゃないですか!?」
「いやいや」
「3センチくらいある時もあります!」
「3センチはないでしょ~」
「あります!」

診察台を挟んで、鼻くその大きさについて言い争っている。

そこへ、
「ちょっとーーーー!」
と、しんゆうが大声をあげた。
そうだった。帰らなければ。

「まぁ、大きな鼻くそが出たらまた来てよ」
と第二ラウンドを示唆したドクターキリコの言葉に、受けて立とうじゃねえかという気持ちを込め、低い声で「はい。ありがとうございました」と言い残し、診察室をあとにした。

帰り道のしんゆうは、
「あんた、話が長いのよ!!!」
と怒りの矛先を私に向けていた。
「うるさいよ!先生が悪いのよ!」
と、大人気のない私はしんゆうに言い返しながら「万が一の第二ラウンド」に備え、鼻くそを見つけたらすかさず定規と並べた写真を撮ってやろうと心に決めた。
(※ちなみに鼻くそについてM動物病院で相談済み・治療中なので、その点は安心してほしい。)

動物病院で起きた珍事件は、これだけではない。

パグの赤ちゃんに求愛されるが、「ブスは嫌い」と塩対応をするしんゆうの話。(パグはかわいいよ。)

黒猫を飼い始めたばかりだという、いくえみ綾の漫画に出てきそうな髪の毛ふわふわのお兄さんに、「猫ってこんなに大きくなるんですね!」と待合室で話しかけられるが、美しすぎて「うちの猫が特別大きいだけです」と言えなかったダメな人間の話。

三毛猫姉妹の身体能力が高すぎて、病院へ連れていく前に夫が病院送りになる話。

などなど。

待合室で夫といろいろなエピソードを思い返す。小さな声でくすくす笑っていたら、血液検査の結果が出たと診察室に呼ばれた。

猫は腎臓病のリスクが高い動物なので、健康診断時は血液検査で腎臓の数値を見てもらう。

先生から
「今年も良い数値でしたね」
という言葉をもらい、ふたりでそっと胸をなでおろす。毎年、私たち夫婦は、この言葉を聞くのを毎年の目標にしているのだ。

会計を済ませて病院を出ると、外は夕方の気配になっていた。

夫が運転する車の後部座席で、
「これからもずっといい子でいるのだよ」
と私は何度も二匹に話しかけた。

ぼくは、「おなかが空いたよ」とか細い声で呟き、
しんゆうは、「まだおうちにつかないの!?」と大声で文句を言っていた。

ずっとそのままでいてほしい。
本当にずっといい子だ。

しんゆう と ぼく

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