人間の実用性?幸ちゃん実用的?
人間の実用性?人間の実用性?人間の実用性?
なんだそれは?
(※これから書いてる事は、決して「良い悪」の
判断を言っているのではないです。好き嫌いの好みです。
例えば、俺が、みかん嫌いでりんご好きって言ったとしても
俺は、存在としてミカンが悪い🍊リンゴが良い🍎と言っているわけでは無いです。)
人の価値を労働価値とみなす場合、その人が実用的かどうかを見ることになる。
多くの企業のマネージメント層は、労働者が実用的であるかどうかでその人を価値判断している。
性格や容姿を含めて、実用的かどうかを見ている。
この事は、当たり前の話である。
そして、多くの人は、自分がそういう目で見られていると無意識のうちに感じ、己が如何に実用的であるかをアピールしている。
見ていると笑ってしまう。
当の本人は、真剣に実用性をアピールしているだけだ。
しかし、それを目の当たりにすると、
「僕って、こういう製品で、こんな機能が付いていて、ココを開けるとこんなに凄いんですよ!」って言っている様に見えるのだから仕方がない。
下ネタみたいで、笑ってしまう。
話は変わって、
至福を感じたかったら、
自分自身は、あるがままでいるべきだと思う。
自分が実用的であるかなんか考えない事が大切である。
老子は世捨て人で、ヒッピーだったらしい。
彼は
「無為自然」をといた。
あるがままで、自分のやりたいことをやってほかのことなんか構って無かったようだ。
そこからは、教訓として、「お前達は、売られるために存在しているわけじゃない
自分が実用的で有るかどうかなんか考えずに、自分の至福のことだけ考えればいい」
と言っているように感じる。
その上で、至福から流れ出し、他者がその至福を感じたとしたら、
それはそれはでオーケーなんだろ。
というか、ものすごく、素晴らしい事なんだろう。
無我夢中に楽しんでいる人達からは、何とも言えないエネルギーと至福感を感じる。
自分まで元気になって幸せになる。
反対に、自分自身が実用でいることが板についた人達といると、何故だか俺は、はやくおうちに帰りたくなる。
コタツに入って、盆栽見ながら、ハーゲンダッツ食べて、コーヒー☕️飲んで、気持ちよくなりたくなる。
何か、タイパ・コスパ・パンスト?などなど
呪文のように唱えてる連中からは、
何故だか富と幸福感を感じない。
無性に寂しさと寒気と変態性?を感じる。
結局は、営利を追求する考えに、のせられているだけなんだろうけど。
営利性を求める考え方には、何故だか暖かさを感じない。
無意識に営利性に順応した人からも暖かさを感じない。
おそらく
己を実用化させると、知らない間に
魂を殺してしまうのだろう。
生物としては生きたまま!
そう、
生物としては生きたまま!
むしろ、「自分はイケてる!と感じてるのだろう。」
人は、知らない間に営利性に適用させられ、実用化され自分自身の首を締めている。
反対に幸ちゃんからは、自分が実用的であるかどうか考えている様には、感じられない。
(※幸ちゃん知らない人はこの人ね↓)
後ほど、テレビ局が勝手に幸ちゃんを実用化した事はあるのだろうが、
幸ちゃん自身は、その意識は無いと思う。
だから、彼からは至福感をモロに感じる。
それにしても、だいぶん湿っぽい話だなぁ〜
決して「良い悪」の話ではない。
まぁ、たまには真面目な話をヾ(๑╹◡╹)>
ちなみに僕は、お金大好きだよ!
そこのあんた🫵
今日も生きていてくれてありがとう。
