【映画】「佐藤さんと佐藤さん」感想・レビュー・解説

いやー、ホント絶妙な映画だったな。「誰も悪くないはずなのに、状況はどんどんと悪くなっていってしまう」という雰囲気を、脚本でも演技でも見事に醸し出しているなと思う。好き同士で付き合って、好き同士で結婚して、結局最後までたぶん好き同士だったはずなんだけど、それでも一緒にはいられなくなってしまう。この絶妙さが、とにかく最高だった。

物語は、2人が37歳の年から始まるのだが、すぐに時代は遡り、それ以降は大学時代から37歳までを時系列順に追っていく。サチとタモツは大学のコヒ研(コーヒー研究会だろう)で一緒だったが、「自転車を取ろうとして倒してしまった」みたいな出来事まではそこまでよく関わる相手ではなかった。そしてそんなトラブルをきっかけに2人は仲良くなり、同棲するようになった。

タモツは昔から司法試験合格を目指して勉強していたのだが、全然受からなかった。独学で勉強しているのも理由の1つかもしれない。サチは友人との会話の中でそんな話をされたのだが、タモツの性格では「仲間と一緒に勉強する」みたいなのはきっと上手くいかないだろう。

そこでサチは考えた。既に社会人として働いていたが、彼女は「タモツと並走する存在」になるために、真剣に司法試験の勉強を始めることにしたのだ。もちろん、自分が受かるなんて思ってもいない。ただ、毎年落ちる度に苦しそうなタモツと一緒に、その苦労を分かち合いたかっただけだ。

なのに、しばらくしてサチだけが司法試験に受かってしまった。サチは気まずい思いを抱えるものの、司法試験に受かったんだから弁護士にならない手はない。彼女は転職し、弁護士として忙しく働き始めることになった。

一方、タモツは毎年試験を受けるものの、落ちてばかり。試験に受からない辛さもあるが、自分が真剣に目指し続けてきた弁護士にいち早くサチがなり、どんどんと遠くへ行ってしまう姿を目にするのも辛く感じている。

そんなある日、サチの妊娠が発覚し……。

というような話です。

いやホントに素晴らしかった。大きな物語は特にないのだけど、小さく小さく描かれていく物語の1つ1つが「うわぁ」ってなる感じがあって、そういう「うわぁ」がたくさん積み上がって「凄く大きな何か」になっている感じがメチャクチャ良かった。

本作はまずホントに、展開のさせ方が見事だったなと思う。「タモツを応援したいがために、働きながら司法試験の勉強をする」なんて、マジでどこにも悪い要素はないのに、「タモツは落ちたのにサチだけ受かる」みたいな結果になってしまったことで、2人の関係性の歯車が狂い始めてしまう。

しかもその狂い方が、「男女が逆転した話ならあるあるだよね」みたいに感じさせる展開で、だから、1つ1つの描写が男女どちらにも刺さる感じになるのも上手いなと思う。

例えば、弁護士として忙しく働き始めたサチが、基本的に家でずっと勉強をしているタモツに、「ねぇ、トイレットペーパーなかったよ」と口にする場面がある。これはよく、「夫が妻に言う無神経な言葉」みたいな話として出てくることが多いだろう。当然タモツはこの言葉に、「責められた」みたいなニュアンスを感じ取る。それで、「俺に買ってこいってこと?」みたいに口にするのだ。

これに対してサチは、「トイレットペーパーがなかったねって共感しただけじゃん」と返したのだけど、タモツは「『なかったね』じゃなくて『なかったよ』って言った。『ね』だったらまだ共感を示したとの解釈出来るけど、『よ』はもう命令じゃん」みたいに返すのだ。

しかしサチも反論する。「だって大体買ってくるの私じゃん。今回だって買ってくるつもりだったし。でも、もしかしたら明日タモツが駅前に行くかもしれないでしょ?」と言う。でも、やっぱりタモツは納得出来ないのだ。

ホント、些細なやり取りと言えば些細なやり取りだ。でも、お互いの気持ちも分かる。タモツはたぶん、「せめて気分だけでも対等でいないと、心が耐えられない」みたいな感じだったんだと思う。だから、「サチが上で、自分が下」みたいに感じられてしまうような言動には噛みつくしかなかったのだろう。一方、サチの感覚からすれば、「ね」と「よ」の問題はあるけど、やっぱり「ちょっとでもタモツと何か会話したい」みたいな気持ちだったんじゃないかと思う。仕事の話をすれば「自慢か?」みたいに思われるかもしれないし、かと言って仕事と勉強で時間を全然共有出来ていないわけで、特別何か話題があるわけでもない。だから「なんだ、トイレットペーパーないじゃん」ぐらいの話からくだらない話でもしようよ、みたいな気分だったんじゃないかな。

まあ、タモツの気持ちもサチの気持ちも僕が勝手に想像しているだけだし、全然違うかもしれない。でも、いずれにしたって、「別にどっちも悪くないよね」って感じがする。でも、2人の立場があまりにも違ってしまったから、そこに溝が生まれてしまうのだ。

他にも、「洗濯乾燥機もほしいよね。そしたらタモツが楽になるし」ってセリフも絶妙だった。この時タモツは「僕が?」と短く返すだけでそれ以上のことは何も言わなかったけど、言いたいことは分かる。要するにこれは、「洗濯は僕だけがやる仕事ってこと?」みたいな意味を込めていたのだろう。確かにここでは、サチは「そしたら2人が楽になるし」とか「タモツも楽になるし」とか言うべきだっただろう。サチはかつての職場の同僚から「鈍感」と言われていて、作中には結構こういう「もうちょっと言動を変えた方がいいかもなぁ」と感じさせる場面が結構ある。それらが2人の関係性を少しずつ悪化させたことは間違いないだろう。

で、繰り返しになるが、「サチの鈍感な振る舞い」というのは一般的に、「夫が妻にしがちな言動」であり、だから男が本作を観て「サチはもう少し気遣えよ」みたいに感じるのもまた間違っている。「本作では男女逆転で描かれているだけで、これはむしろ世の夫側が責められてると思った方がいいぞ」と僕なんかは感じた。

で、確かにサチはちょっと鈍感だったかもしれないが、しかし、「司法試験に挑戦し続けるタモツを支え続けた」のはサチなわけで、正直僕は、「状況的には、タモツがグッと堪えるべき状況だよなぁ」と感じることの方が多かった。もちろん、「メンタル的にタモツがメチャクチャしんどい」ことは理解できるつもりだ。しかしだとしても、どう考えてもサチがいなかったらタモツの生活は成り立っていなかっただろうと思う。だから、傍から見ている限りは、「タモツにはとやかくいう権利はないよなぁ」と感じられてしまった。まあ、自分がタモツの立場にいたら、同じ風に感じられるかは何とも言えないが。

そんなわけで、まずはとにかくこの、「些細な描写を積み上げることで、2人の関係性がどんどん狂っていってしまう」という展開を丁寧に描き出すところが素晴らしかったなと思う。

さらに言えば、本作の構成上の凄さとして、「幸せだった期間のことをほぼ描いていない」という点が挙げられるだろう。サチとタモツの関係が決定的におかしくなるのは、サチが司法試験に合格してからだが、物語の中でそうなるのはかなり早い。映画が始まって、15~20分ぐらいでそうなったんじゃないか。だから、お互いが何もややこしいことを考えずにラブラブでいられたのも、映画内の時間で言えば15~20分ぐらいしかない。

物語のセオリー的には、最初にもっとちゃんと「幸せ期」を描いて、そこから悪化していく様を描くことで「落差」を感じさせるみたいなのが普通じゃないかと思うのだけど、本作はそうなっていない。それが結構凄いなと思う。

で、どうしてそれで成り立っているのかというと、関係性が微妙になってからも時々、「えっ、そんなタイミングで一瞬幸せ期がやってくるんだ!?」みたいな描写が挟み込まれるからだと思う。喧嘩した後ベッドの上で鼻水を吹きあったり、消化器まみれになったタモツに片方サンダルをあげたり、そういう場面で「普段の微妙な関係性がなかったみたいに、瞬間的に幸せが爆発する」みたいな感じになる。そしてそういう描写を目にすると、「そうか、映画では描かれていないけど、この2人は『幸せな時間』の堆積がたくさんあったんだな」みたいなことが伝わってくる感じがするのだ。観客が、実際には描かれていない時間を想像できる場面がところどころに配されているお陰で、物語が全体として成り立っている感じがした。

あと、個人的に「なるほどなぁ」と感じたのが、「佐藤」という苗字に関するある描写だ。何となく「結婚しても苗字は変わらないね」っていうだけの設定かと思っていたのだけど(まあ概ねそんな感じはするが)、ある場面で元同僚から「サチはずっと佐藤さんのままでいられてるもんね」と言われて、「あぁ、なるほど、そういう描写にも『苗字が同じ』って要素が絡んでくるのか」と感じた。この点に関してはこの記事ではこれ以上触れないが、特に女性には「分かるー」ってなる場面じゃないかと感じた。

僕は別に結婚した経験とかはないけど、今結婚している人とかは「まさにこういう感じ」なんて風にメチャクチャ共感できるんじゃないかと思ったりする。離婚まで至りはしないけど、どちらかが(あるいはお互いが)こういう感覚を抱いていて、夫婦関係としてはもう破綻している、みたいなことって結構あるんじゃないかと思う。好き同士なのにこんな風になるのは本当に不幸だなって思うし、嫌すぎる。

本作では、サチが担当する熟年離婚の打ち合わせの場面が度々映し出されるのだけど、これは何となく、「どっちかが我慢すれば、婚姻生活は続きはするが、それって結局幸せなわけ?」みたいな問いかけとしても機能している感じがした。ホント、お互いがそれなりに穏やかに一緒にいられるみたいなことが結構当たり前に実現するといいんだけどなって思うけど、そうはいかないんだろうなぁ、きっと。大変だ。

そしてそんな2人の関係性を、岸井ゆきのと宮沢氷魚がまあ絶妙に演じていてとても良かった。っていうか、岸井ゆきのって良いよなぁ。ここ最近は、見る度に「良い雰囲気を醸し出す役者だなぁ」って感じる。

あとエンドロールを見ていて、監督が「天野千尋」って出た時、「あれ? 映画『ミセス・ノイズィ』の人だっけ?」と思ったのだけど、調べてみたらやっぱり合ってた。自分でも不思議なんだけど、基本的に人の名前とか全然覚えられないんだけど、こういう変なところで妙に覚えてたりするんだよなぁ。いやしかし、『ミセス・ノイズィ』も脚本がメッチャ面白かったし、本作も、共同脚本らしいけど天野千尋も脚本に関わっているから、物語を作ってそれを映像的に見せる人が上手い人なんだなって思う。

というわけで、ホントに絶妙な作品で、とても良かった。

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