【映画】「ボーダーライン」感想・レビュー・解説
人の数だけ「正しさ」があることは理解している。
それでも、出来るだけ、「正義」の数は少なくあってほしい。
人の数だけ「正義」がある世の中は、嫌だ。
正義とは、大きな集団の中で統一的に理解されている正しさだと、僕は思っている。
「大きな集団」「統一的」の定義が曖昧だけど、大体そんな理解だ、ということだ。
大体人は、あまり多くの正義に触れずに生きていける。うまく行けば、たった一つの正義だけに従って生きていけるかもしれない。たぶん、日本人の多くはそんな生き方が出来ているんじゃないかな、と思う。周りを海で囲まれた国土、世界のどこにもない言語圏、基本的には単一民族。信じる宗教や生き方など様々な違いはあれど、日本という国はそういう、比較的単一の考え方で成り立たせることが出来る国だと思う。
世界に目を向ければ、宗教対立、国境紛争、移民問題などなど、様々な正義を持つ他の集団との関わりを考えなければならなくなる。
そういう時、どの「正義」を取るべきか。
僕らは、そういう局面に立たされることが少ない。国全体で一つの正義を共有出来る、という幻想が成り立つと思い込めるだけの地理的・文化的特徴を持っているからだ。
とはいえ、そういう局面に立たされる機会が増えれば、正義を選ぶ判断基準が身につくかと言えば、きっとそうでもないだろう。
この映画の主人公であるケイトも、まさにそんな葛藤に直面しながら、なんとか真っ当な正義を選択しようともがく。
FBIの誘拐即応班のリーダーとして、女性ながら着実に実績を挙げていたケイトは、メキシコの麻薬カルテルが起こした誘拐絡みで、酷い現場を目撃する。結果的に、警官二名が殉職する惨事だった。
そしてケイトは、誰だか分からないお歴々が会談をしている場に呼ばれ、そこで、麻薬カルテルの専任捜査官への打診をされる。組織を超えた任命には、本人の意志が不可欠だ。受けるかどうか問われたケイトは、「今日の事件の首謀者たちを逮捕出来ますか?」と問い、受諾を決めた。マットという、サンダル履きの謎の男と、アレハンドロという、アメリカ人でさえないらしい男と共に、作戦に従事することになる。
ケイトは、メキシコと国境を接するエル・パソに送られると聞いていたが、エル・パソ経由することもなく、そのままメキシコのフアレスに送り込まれた。カルテルのボスであるマヌエル・ディアスの兄であるギエルモをアメリカまで護送するためだ。その任務の最中ケイトは、これまでの常識が通用しない、信じられない光景を目撃する。これじゃ、まるで戦争だ。
『米国人の君には理解できないだろう。きっと、すべてを疑うだろう。
しかしすぐに、すべてを理解するだろう』
ケイトは否応なしに、ルールなき闘いに身を投じることになる…。
というような話です。
これが現実なのか、というのが一番の感想でした。
知識としては、知らないわけではない。メキシコやコロンビアなどの南米を中心に麻薬カルテルが存在することも、アメリカが麻薬取引を壊滅させようと奮闘していることも。しかし、それはあくまでも情報でしかなかった。この映画がどこまで現実を映し出しているのか僕には判断はつかないが、しかしこれは、まさしく戦争だった。そこでは、あらゆることが許容される。この映画を見ていると、何が正義なのか分からなくなる。
ケイトの反応は真っ当だ。彼女は、ルールを遵守しようとし、手続きを踏んで物事を進めようとする。しかし、そんなやり方は、ここでは一切通用しない。利用出来るものはすべて利用し、相手を追い詰めるためならどんな手段も使う。
『毎日メキシコでは、奴の命令で多くの人が誘拐され、殺されている。奴の居場所を知ることは、ワクチンの開発に似ている。それで、多くの人を救うことができる』
ケイトは、真っ当な感覚を持ちながら、多くの人を救うことが出来る、というその理由で、様々なことに目を瞑り始める。そうでなければ、ここではやっていけないのだ。相棒のレジーが、何度もケイトに手を引くように言った。しかしケイトは留まった。
あの凄惨な惨状を生み出した者を逮捕し、多くの人を救い出すために。
ケイトが手を引かないと決めたその判断は正しかったか。それは、とても難しい問いだ。
ケイトが参加したことで、得られた結果もある。しかしケイト自身は、多くのものを失った。しかしそれは、ある意味では、ケイト個人の喪失だ。ケイトの参加によって、結果的に、多くの良い結果も生み出されただろう。ケイト自身が、自分の行動や判断を受け入れ、それまで守ってきた価値観を曲げれば、そこに問題はなくなる。
しかし、人間そう簡単に、それまで生きていく中で培ってきたものを棄て去ることは出来ない。
ラスト。ケイトはある葛藤にさいなまれる。自分がその立場であれば、ケイトと同じ行動を取っただろう。しかし、それは正しい行動なのか。誰がそれを判断出来るだろう。
『小さな街へ行け。まだ秩序が保たれている場所へ』
この映画が現実だとすれば、そして正義だとすれば、僕らはなんてクソみたいな世界に生きているんだろうと思う。まあ、そんなこと、分かっていると言えば分かっている。人生を生きていくということは、そういう傍証を、日々蓄えていくことだとも言えるだろう。また一つ、世界がろくでもないことを示す現実を知ってしまった。
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