【映画】「DISTANCE」感想・レビュー・解説
国立映画アーカイブでやっている是枝裕和特集で鑑賞。本作『DISTANCE』は、一度観ようかと思ったのだけど止めて、今回改めて観ることにした。全体としては、悪くなかったかな。凄く良くもなかったけど。
冒頭からしばらくはちょっとウトウトしてしまったこともあり状況把握が難しかったが、その辺りはWikipediaの記述で補いながらまずは内容紹介をしようと思う。ちなみに、本作は明らかに「オウム真理教」をモチーフにしている(そうは明言されていないと思うが)。
「真理の方舟」というカルト教団が、1100万人の都民が使う浄水場にウイルスを混入させ、128人が死亡、8000人以上が負傷する無差別殺人事件が起こった。3年前のことだ。その実行犯5人は教団の手によって殺され、焼かれた遺灰は、実行犯たちが潜伏していたロッジ近くの湖に撒かれた。既に教祖も自殺。ラジオのニュースでは「真理の方舟」が再び活動を活発にさせようとしており、警察が注意を払っていると伝えている。
そして、本作の主人公は、そんな実行犯の家族である。敦は姉が、勝は兄が、実は元妻が、きよかは夫が、それぞれ実行犯である。彼らは毎年、命日に集まり、遺灰を撒いたとされる湖まで慰霊に向かう。しかし、乗っていた車が盗まれてしまった。そこにたまたま、元信者で、計画の実行犯として選ばれていた(が結局犯行には加わらなかった)坂田がおり、彼の案内で、実行犯たちが潜伏していたロッジで一夜を明かすことになる。
彼らの様々な過去が回想されながら、彼らは様々なことに想いを馳せる。こうなる前に何かできることはあっただろうか? どうすればよかったのだろうか? と。
というような話です。
さて、本作にはある特徴がある。それは、「役者たちはそれぞれ、自分のセリフしか知らなかった」ということだ。つまり、作品の全体像も、シーン毎のやり取りがどうなるかも、分からないまま撮影が進んでいったというわけだ。結構実験的な作品である。
以前、同じく国立映画アーカイブで是枝裕和作品を鑑賞した際、『ワンダフルライフ』『DISTANCE』『誰も知らない』で撮影を担当した山崎裕のトークイベントがあり、その中で、「初期の頃は『リアリティをどう生み出すか?』みたいなことに関心があったようだ」みたいなことを言っていたと思う。セリフは用意されているとはいえ、相手とどんなやり取りになるか分からないわけで、その現場の「リアル」を捉えようというわけだ。
しかし山崎裕氏は、「そういうやり方は、役者や現場の熱量は生み出せるものの、結局『フィクションのリアリティ』にはならないと気づいた」みたいなことも言っていた。そしてそれを踏まえた上で、「フィクションのリアリティ」を目指して作られたのが『誰も知らない』というわけだ。
みたいな話を聞いて、「『DISTANCE』がどんな作品なのか気になるな」と思い、今回観てみることにしたというわけだ。
実験的な作品ということもあり、「万人受けするような面白さ」はやはりないし、テーマもテーマなので、広く受け入れられる作品ではないよなと思う。ただ個人的には、「結果として大事件の加害者になってしまった者たちの家族の物語」という設定がまずなかなか面白かった。
過去の回想シーンでは、各々が「近しい人間が『真理の方舟』との関わりを深めていく」みたいな状況に関わっている。なかなか激しいのはきよかと実で、共に配偶者がカルト教団と関わろうとしていることを知り、積極的に介入しようとするのだが、なかなか上手くいかないという状況が映し出されている。
一方、敦と勝はまたちょっと違った。入信や出家を止めようとする感じはない。特に勝は、「医学部を止めてまで出家しようとする兄」に、割とあっさりした対応をする。まあ、きょうだいだからこそ「止めても無駄」みたいなことが分かっているみたいな感じなのかもしれない。
回想シーンとロッジのシーンを行ったり来たりしながら、色んな人の想いや後悔なんかを描き出していく。既に全員死んでいるわけで、何を思い巡らせたところで答えが出るわけではない。ただ、「自分の近しい人間が多くの人の命を奪った」という事実はやはり重い。彼らは「考え続けるしかない」と思っているのだろうし、そういう重苦しさみたいなものが全編に渡って垂れ込めているみたいな作品だった。
しかしホント、本作がどれだけ実際の状況を取材して作られたのか分からないが、「カルト教団にのめり込む人を止めるのは無理だろうな」と改めて感じさせられた。というのも彼らは、そこに「真理・真実・絶対」を見ているからだ。
例えば僕は物理や数学が好きなので、「4つの力を統合した大統一理論が完成した」とか「最重要の未解決問題であるポアンカレ予想が証明された」みたいな話が出てきたらメチャクチャテンションが上がる。それらは僕にとって「真理・真実・絶対」であり、だからこそ「すげぇ!」と脳が沸騰するような状態になるのだ。で、「真理の方舟」にのめり込む人も、「脳が沸騰したような状態」になってしまっているとすれば、「そりゃあ、止められないよな」と思う。だって、「真理・真実・絶対」がそこにあるんだから。
僕は「魂」みたいなことに「真理・真実・絶対」を感じることはないが、そう感じてしまう人からすれば、「自分のいる場所はここしかない!」となるだろう。そうじゃない人も多いとは思うが、「理性的に検討してカルト教団に入った」みたいな人もいるのだと思う。もちろん、オウム真理教だってそうだっただろう。
だからこういうことは、本質的には無くならないよなと思う。「『真理・真実・絶対』がここにある!」と感じられてしまうのは仕方ないことだし、そういう場所にいたいと思うことも自然だ。正直、オウム真理教だって、弁護士を殺したり地下鉄でサリンを撒いたりしなければ、少なくとも僕はその存在を許容できたかもしれない(ただ、自分の近しい人が入信・出家するとなったらまた話は別だと思うが)。
なんてことをあれこれ考えながら観ていた。
本作でとにかく印象的だったのは、「りょうが美しい」ということ。ってか、久しぶりに見たなぁ、りょう。ビビるぐらい綺麗だった。あと、勝の兄が津田寛治だったのは気づかなかったなぁ。
というわけで、凄く良かったわけではないけど、観れて良かったかなとは思っている。ラストシーンはなかなか印象的だった。
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