【映画】「女神の見えざる手」感想・レビュー・解説

僕は映画を映画館で観るようにしてるんだけど、この映画を観ている最中、観客の一人が、「すげぇ」って呟いていました。

気持ちは超分かる。

すげぇ映画でした。

この映画を観て、「あぁ僕は勝てなくていいや」と思ってしまった。

そもそも僕は、勝ち負けにさほど執着がない。どうしても勝ちたい!と思うことがないので、将棋は好きだけど強くなれないし、ギャンブルもやらない方がいいだろうと思って手を出していない。競争心を煽られてもやる気が出るタイプではないし、負けて悔しいと感じることもあまりない。

だから、そもそも「勝てなくていいや」と思っているのだけど、しかしそういうレベルとはまたちょっと違った点で「勝てなくていいや」と感じた。それは、「ここまでやらないと勝てないなら勝てなくていいや」という感情だ。

主人公のミス・スローンは、勝つために手段を選ばない。その手段を選ばないっぷりは凄まじいものがある。使える人、使える状況、使えるモノは何でも使う。こんな台詞もあった。

『あなたの感情や人生に対して私は義務を負っていない。勝つための手段を利用しないのは、義務の放棄よ』

この台詞単体でも、なかなか凄いことを言っていると感じてもらえるでしょうが、この台詞がどの場面で出てきたのかということも併せて考えると、より凄まじさを感じてもらえるのではないかと思います。

『ロビー活動とは、予見すること。敵が切り札を見せた後で、自分の札を出す』

この映画は、こんな台詞から始まる。まさにその通りだ。彼女は、強大な敵を相手に、圧倒的な不利な状況にあるにも関わらず、先々を見通し、出来ることをすべてやり、仲間や時には自分自身さえも犠牲にしながら前進しようとする。

世の中にこんな人間がいるのだとすれば、僕は勝てなくていいや、と思ってしまう。彼女に勝つためには、彼女と同程度かそれ以上のことをしなければならない。そうしなければ勝利をもぎ取れないのであれば、勝てなくていい。とにかく映画を観ながら、そのことを強く実感させられた。

内容に入ろうと思います。
コール・クラヴィッツ=ウォーターマンという、様々なロビー活動を行う業界最大手とも言える会社で働くスローンは、その中でもやり手とされる凄腕だ。「信念のロビイスト」と呼ばれている。税と自由企業への過剰干渉を専門とし、今はインドネシアの油に対して過剰な税金を掛けようとする政府に対抗するためにロビー活動をしている。
ある日スローンは会社の重役に呼ばれ、サンフォードという人物と会うことになる。彼は、全米に影響力を持つ銃賛成派閥団体のトップで、スローンに、女性を銃賛成派に転向させて欲しいと依頼する。しかしスローンは一笑に付した上で、サンフォードの申し出を蹴る。先ごろ提出された銃規制化法案に彼女は賛成であり、個人的な信念から銃はもっと規制されるべきだと考えているからだ。
しかしその態度に怒った重役は、サンフォード氏の提案に乗らないのなら君はこの会社に要らない、と宣告されてしまう。彼女は悩んだ末、銃規制のためのロビー活動をしているピーターソン=Wへと移ることに決める。チームのメンバー全員の椅子を確保したと宣言し、私と一緒に行く者を募ると、チームは半々に分かれたが、スローンの右腕として2年間働いていた女性がスローンについていかないと決断したことで一悶着ある。しかし彼女の決断は揺るがず、スローンは右腕を欠いた状態で移籍することに。
アメリカにおける銃賛成派は強大な力を持っており、普通に考えれば銃規制化法案を議会で通すことは不可能だ。しかしスローンは、あの手この手で様々な策を仕掛け、不可能としか思えないようなロビー活動を進めていくが…。
というような話です。

正直この映画については、あまり語りたくはない。スローンの凄さについては、冒頭に書いた通りだし、映画全体の流れは是非実際に観て体感して欲しいからだ。観客の一人が「すげぇ」と呟いたその理由を、実際に映画を観て体感して欲しいからだ。だからこれ以上、この映画のメインパートに関しては書かないことにする。

僕がここで書きたいのは、アメリカにおける銃の扱いについてだ。

ニュースでも時々目にするが、アメリカでは銃乱射事件が頻発し(映画の中で、「去年1年で銃乱射事件は374件(件数はうろ覚え)あった」とニュース映像の中で言っていた場面があったと思う)、その度に銃規制のうねりが起こる。しかし、詳しいことは知らないが、憲法に銃の所持に関しての規定があるようで、銃賛成派はそれを根拠に、銃の所持を正当化しようとする。

しかし僕には、銃賛成派の議論は、破綻しているようにしか感じられない。

テレビ番組での公開討論の様子が映画の中で描かれるのだけど、銃賛成派の主張の根拠は「憲法に書いてある」ぐらいしかないな、と感じた。一方、銃規制派の主張は、「運転免許でもお金と時間を掛けて取得するのに、銃はなんの規制もなく5分で買える」「憲法に書いてある権利を侵すつもりはなく、運転免許と同じように所持するためのルールが必要」「銃を規制すると言っても銃を既に所持している人から取り上げるのではなく、犯罪者が銃を買いにくくするだけ」と、いたって真っ当に感じられる。映画の中では、世論も銃規制を望む声が多い、と描いている。

しかしそれでも、アメリカでは銃が簡単に買える。9.11以降、テロリストを排除するためにあらゆることをやっているのに、それでも、犯罪者でも簡単に銃を買えてしまう国であることは止めない。


米国憲法に銃の所持についての記載があるのは、アメリカという国を建国した当時はまだ社会情勢が物騒だったからではないか。現代はむしろ、銃の所持によって国民の安全が脅かされている。銃賛成派は、「銃があるから身の危険を守れるのだ」と主張するが、しかしそもそも銃がなければ、身を守るべき危険も減るだろう。普通に理屈で考えれば銃は規制されるべきなはずだが、その理屈をはねのけるほど銃賛成派の勢力が強いということだろう。難儀な国である。

この映画の凄さは、現実を舞台に、現実に存在する議論をベースに物語を組み立てた点だろう。相手を騙したり出し抜いたりしてスリリングな展開をもたらす物語は、特にマンガなどに多く存在するだろう。映像化もされた「ライアーゲーム」などは、まさにそういう物語の典型だろうと思う。しかし本書では、扱っている事柄がすべて現実だ。現実のルールに則って、壮絶なゲームをしている。もちろん、この映画のようなことが日常茶飯事とは思えないが、しかし程度の差こそあれ、このようなゲームは現実世界で行われているのだろう。

久々にのめり込んで観た映画でした。

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