【映画】「セールスマン」感想・レビュー・解説
壊れてしまったものは、元には戻らない。
でも、戻ると信じて、何かしたくなってしまう。
しかし結局その行為が、より崩壊を助長することになってしまう。
『私が傷ついてるのに、あなたは何もしてくれない』
この言葉が、男を間違った方向に進ませてしまう。
女がして欲しかったことは、女なりに何かあっただろう。それが何だったのか、映画を見ているだけでははっきりとは分からない。しかし恐らく、女性であればその輪郭をうまく掴めるだろう。女性の気持ちに敏い男も、分かるかもしれない。僕の想像が当たっているかどうか分からないが、恐らく彼女が望んでいたのは、彼女の感情に寄り添うような行動だったのだろう。女にしても、どうして欲しいのかはきっとはっきりとは分かっていなかった。でも、自分の今の辛い気持ちや状況を理解して欲しかった。男に、自分と同じ場所に立って欲しかった。そこから何が見えるのかを語り合いたかった。完璧には難しいとしても、女が望んでいたことは恐らくそういうことだっただろう。
しかし男は、女のその言葉を違う風に受け取った。そしてそれは、女がまったく望んでいないことだったのだ。
男には、自分のその行動が正当で妥当で、そして彼女のためになるはずだと思っていた。そうでなければ、あんなことはしないだろう。
男は、壊れたものが元に戻るはずだと思っていた。いや、そう信じていた。壊れる前の状態に、きっと戻るはずだ、と。そう信じていたからこそ、男は普通ならやらないような行動を取った。
しかし、恐らく女は、壊れてしまったものが元に戻ることはないと分かっていただろう。もう取り戻せないのだ、ということが。だから女は男に、壊れたままの状態で前に進んで行って欲しいと願っていた。そのための行動を、取って欲しかった。
ここにすれ違いがあった。そのすれ違いが、壊れたものをさらに崩壊させるような状況を生み出してしまった。
きっと誰も悪くないはずなのに、すれ違い、より壊れていってしまった二人を描き出す。
内容に入ろうと思います。
エマッドとラナは、同じ劇団に所属する役者であり、夫婦でもある。現在、「セールスマンの死」の稽古中だ。ある夜、突如住んでいるアパートの壁が崩れ始め、出ていかざるを得なくなってしまう。役者仲間であるババクから紹介してもらった空き家を内見するが、何故か開かない部屋がある。ババクは、前の住人の荷物が残っているのだ、と説明する。とはいえ住む場所はない。二人はその家に引っ越した。部屋にあった荷物は、ババクの判断で廊下に出すことにした。
稽古から先に戻っていたラナは、インターホンが鳴ったのを夫のエマッドだと思い、玄関のドアを開けた。買い物をして返ってきたエマッドが、ラナの姿の見えない部屋で見たのは、血痕の残る浴室の床だった。
ラナは何者かに襲われたらしい。ラナは顔中を血だらけにし、手術を受けた。家に戻ってきたラナは言葉少なで、あの夜の状況についてもあまり話したがらない。一人になりたくないと語るラナと、国語教師としての仕事を放り出すわけにはいかないエマッド。二人の間で、徐々に険悪な雰囲気が作り出されていく。
部屋には、鍵の束が残されていた。犯人が慌てて逃げ帰って車を置いていったのだと推測したエマッドは、近隣に駐車されているトラックを虱潰しに探す。すると…。
というような話です。
ちょっと期待が高かったのか、面白いと感じられる映画ではなかった、というのが正直なところです。恐らく、観る側に意識して行間を読み取るような姿勢が求められる映画なのかな、という感じがしました。
状況や感情を説明するセリフが少ないので、色んなことを観る側が解釈する必要があります。説明しすぎる映画は面白くないと思うので、説明が少ない、という点に不満があるわけではありません。ただ、これはきっと僕が男だからでしょう、女性側の心情がうまく捉えきれなかったなぁ、という感じがしました。
物語は基本的に、夫であるエマッドが動かしていきます。だから、エマッドの方の言動はラナに比べれば多く、さらに僕が男であるという点も加えて、エマッドの心情についてはなんとなく想像が及ぶ気がしました。しかしラナの方は、仕方がないとはいえ行動のほとんどが受け身であり、さらに心が傷ついているために、自分が何を考えているのか、何を感じているのかをうまく表に出せない状態です。それは物語の性質上仕方ないことなのですけど、しかしだからこそ、ラナの気持ちを汲み取ることがちょっと難しかったなと感じました。冒頭で、エマッドとラナの心情をなんとなく想像してそのすれ違いについても触れてみましたけど、あくまでも僕の想像なので、ラナが何を望んでいたのかは「分からない」という感覚の方が強いです。そこが、映画全体を受け取る上でちょっと難しい部分だったな、と感じました。
エマッドが何を考えて行動していたのかというのは、なんとなく捉えられる気はするのだけど、でも共感できるわけではありません。少なくとも僕は、エマッドのやり方でラナの傷ついた心が癒やされるわけがない、と分かっているからです。エマッドももちろん、そのことは分かっていたかもしれません。分かっていてなお、そうするしかなかったのかもしれません。しかし僕には、エマッドがより強く行動するようになったのは、ラナに「何もしてくれない」と言われた後からだったように感じられました。だから、エマッドは、「これはラナのためになる行動だ」と信じていたのではないか、とも一方では感じました。
僕にしても、エマッドの行動が間違いだとは分かるけど、じゃあ正解が何なのかと聞かれたら、分からないと答えるしかないでしょう。ラナにも、きっと分からなかっただろうと思います。そういう意味では、何であれエマッド行動を起こしたのだ、とい点を評価すべきなのかもしれない、という気持ちもあります。
うまく捉えきれない映画でしたが、全体の雰囲気は良かったと思いました。
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