【映画】「心が叫びたがってるんだ。」感想・レビュー・解説
僕は、ずっと嘘つきだった。
子供の頃、僕は、周りから「なんか違う」と思われることを、異常なまでに恐れていた。と思う。あんまりちゃんと憶えてないけど。でも、自分の話をするのが怖かったのは憶えている。何か話をして、「それって変じゃね?」と思われるのが、もの凄く怖かった。普通じゃない、ということを恐れていた。周囲との会話の中で、間違ったことを言いたくなかった。
自分が発言する時は、周りの会話から、世間一般の「普通」を理解できた気分になれてからにした。そうじゃない時は、曖昧な返事をした。「普通」を理解できた気になれた時は、そこから大きく外れていない答えを返した。それが、実際の自分とかけ離れていても。
でも僕は、嘘をつくのは嫌だった。
今でも、嘘をつくことは好きじゃない。いつの頃からそう思うようになったのか、ちゃんと憶えてないけど、僕はどうも、言葉に誠実でありたい、と思っているようだ。何かを偽って、自分の言葉を汚したくない、そんな風に思っている。だから、なるべく嘘はつきたきない。
だから僕は、「ホントウ」を無くすことに決めた。
嘘になるのは、「ホントウ」があるからだ。自分の中に「ホントウ」があるから、それとは違ったことを言ったりやったりすれば嘘になる。僕は、嘘つきとしてしか生きていけなかった臆病者だけど、嘘をつきたくなかった。
だから僕は、自分の中から「ホントウ」を無くした。
やりたいことも、食べたいものも、言いたいことも、将来の夢も、全部ない。僕はいつしか、そういう人間になっていた。意識的に、そういう人間を目指した。そういう人間になる以外、自分を保つ方法が無かったのだと思う。
僕は、ほとんどの場面で、そんな風に生きてきた。もちろん、完全に「ホントウ」を捨てられるわけじゃない。たまには、自分の内側に「ホントウ」が生まれることもあった。でも、そういう時、僕は怖くなった。この「ホントウ」を持ったままじゃ、僕は嘘つきではいられない。この「ホントウ」を、出来るだけ早く手放さなくちゃ。結局、湧き上がった「ホントウ」を、どうにか理屈をつけて手放してきた。
そうやって僕は、「嘘をつかない嘘つき」になった。
『喋りはするけど、思ったこととか本音とか、そういうことを言わないクセがついちゃってた。そのうち自分には、本当に言いたいことなんてないんじゃないかって、そんな風に思えてきた』
主人公の一人はある場面でそう語る。
僕もまったく同じ。僕は、よく喋る人間だ。嘘つきだから、誰とでも喋れる。ずっと喋っていられる。喋りたいことなんて特にないんだけど、それでも喋る。嘘ばっかり並べて。
他人といる時の僕は、常に嘘つきだ。そんな風に僕は自分のことを捉えている。自分一人で、誰とも喋らず、喋りたいことも別にない、そんな自分が一番自分っぽい気がしている。
僕は、自分を良い人に見せるのが得意だ。たぶんそれは、相手が望んでいる言葉を口から出すことが出来るからだと思う。僕には「ホントウ」がないから、どんな感情でも理屈をつけて自分の口から出すことが出来る。そしてその言葉は時々、相手の心に刺さるようだ。僕が思っている以上に、僕の言葉に感銘を受けてくれているような気がする場面は、以前よりずっと増えてきた。
そんな場面に出くわす度に、僕は、自分が嘘つきであることを自覚する。相手が僕の言葉に感心してくれればくれるほど、僕の嘘つきである自分の輪郭が濃くなっていく。
『いないと困るの!私のお喋りのせいじゃなかったら、何のせいにすればいいの!』
もしかしたらこのセリフは、僕の心の中に僅かに残っている「ホントウ」の叫びかもしれない、と思った。僕は、自分の言葉を嘘にしないために、「ホントウ」を捨てた。「ホントウ」が自分の内側にない、ということにしないと、僕は困る。「ホントウ」が内側にあれば、僕の言葉は嘘になってしまうのだから。僕は嘘つきには、なりたくない。
この映画を見て、僕は、自分の「ホントウ」を取り戻したいと思った。
でもそれは、もの凄く怖い。今までの自分を全部捨てなくちゃいけない。いや、そうじゃないか。「ホントウ」を取り戻すことで、今までの自分を「本物の嘘つき」にしなくちゃいけない。それが怖い。僕は、嘘つきにはなりたくない。たとえそれが過去の自分でも、僕は僕を嘘つきにはしたくない。でも、過去の自分を「本物の嘘つき」にしなければ、きっと、僕は「ホントウ」を取り戻せないような気がする。
僕に出来るだろうか?
成瀬に出来たことが、僕にも出来るだろうか?
僕にも、成瀬に起こったような奇跡が、起こるだろうか?
成瀬順は、子供の頃、とてもお喋りだった。母親からも、順は口から生まれたみたいだね、と言われるほどだった。しかし、成瀬は、そのお喋りのせいで、大切な大切なものを失うことになる。
卵と契約して、成瀬は、言葉を失った。
高校生になった成瀬は、まったく喋らない子になっていた。クラスメートの誰もが、成瀬の声を聞いたことがなかった。
そんなある日、成瀬は、他のクラスメート3人とともに、勝手に「地域ふれあい交流会」の実行委員にさせられてしまう。必死で担任に抗議するが、柳に風。
しかしそこで、成瀬は、クラスメートの坂上拓美の音
楽を聞く。その歌詞が、成瀬の心を覗き見しているように思われて、成瀬は必死に坂上を神社に連れだして、メールで会話を続ける。
大切なものを失った時から、卵との契約までの話を。
喋ると腹痛になる成瀬は、歌だと大丈夫だということに気づく。ふれあい交流会ではミュージカルをやるかもしれない。そんな流れになったこともあって、成瀬は、「自分が本当に伝えたいこと」を音楽に乗せて伝えるようなミュージカルの脚本を書き始め…。
初めは、極端過ぎる設定だと思った。
成瀬のように他人と喋れない女の子というのは、現実に存在するだろうと思う。しかし、それが映像、特にリアルな学校生活を舞台にしたアニメという世界の中では、ちょっと浮きすぎたキャラクターのように感じられたのだ。
物語は、よくある過程を経る。喋れない成瀬が喋れるようになっていくんだろうな、と思わせる過程を描いていく。そこまでは順当だ。
しかし、このアニメで面白いと思ったのは、喋れない成瀬の存在が、「普通に喋れる」他の人間に影響を与えていくことだ。
もちろん、そうでなくちゃ物語はうまく進んでいかないだろう。しかし、その過程が巧く描かれていると僕は感じた。
『つまんない自分に納得してたんだ。誰かとぶつかるのも面倒だし、本気で喋るのも嫌だし。でも、喋ったら腹痛くなるくせにみんなのために必死で喋ろうとする成瀬見てるとさ、そんな自分のことが嫌になってきてさ』
『でも、成瀬は、喋らないけど、本当に言いたいことがある』
「喋らないけど伝えたいことがある人間」と、「喋るけど伝えたいことはない人間」の対比が、後半実に巧く描かれていく。喋らない成瀬は、喋らないという方法で、周りの人間に大事なこと、つまり、「自分には本当に伝えたいことがあるのか?」という問いを突き付けていく。
僕は、坂上みたいに「喋るけど伝えたいことはない人間」だ。適当に周りに合わせて、嘘つきにならないために「ホントウ」を捨てたバケモノだ。しかし僕にも、成瀬的な部分もある。
このブログだ。
このブログは、たぶん、僕に「ホントウ」があるとして、その「ホントウ」に一番近いのかもしれない、と思う。喋ると僕は、嘘ばかりつく。でも、文章でなら、文章を書く瞬間だけ、僕は「ホントウ」を微かに掴むことが出来るような気がする。
『一度出しちゃった言葉は、どうやったって取り戻せないんだから』
『言葉は誰かを傷つけるものなんだから!』
成瀬は、喋ることで誰かを傷つけてしまう恐怖をずっと持っている。過去のトラウマが、成瀬を呪縛する。だから、軽々しく、誰かを傷つける言葉を口にすることを嫌う。
だから成瀬は、誰かを傷つける言葉を口にする時、自分自身をも傷つけている。そうでなければならないと思っている。
『俺、お前と会えて嬉しいよ。だって俺、お前の言葉で嬉しくなったから』
成瀬は、言葉の力を知る。言葉が、傷つけるためだけのものじゃないと知る。言葉が届くと、何が起こるのかを知る。言葉が届いても、なお届かない気持ちがあることを知る。それでも、届けた言葉が誰かを幸せにすることを知る。
全部、初めて知る。
言葉を失ったままだったら知り得なかったたくさんのことを、成瀬は知る。
僕は映画を見ながら、僕の知り合いの一人と成瀬を重ねあわせていた。その子は、成瀬のように喋らないわけじゃない。むしろ、表面的に付き合う分には、よく喋る女の子だ。しかし、たぶんその子は、僕と同じような病気に罹っている。喋ることで、自分の内側まで他人を入り込ませないような、そんな防御として言葉を使っている印象のある女の子だった。
その子と成瀬の外見がかなり近かったこともあって、もしその子が成瀬のように喋らない女の子だったら、成瀬のようだっただろうなぁ、と思いながら観ていた。僕は、言葉で、その子の内側まで近寄りたかったのだけど、結果的にそれはうまく行かなかったみたいだ。その子の内側の奥底に、どんな言葉が眠っているのか、未だに知りたいと思っている。なかなかままならなくなってしまったのだけど。
成瀬と坂上のやりとりをベースにして、「ふれあい交流会」の主軸メンバーを中心に人間関係が描かれていく。ミュージカルの話だけではなくて、腕を骨折した野球部員で交流会の実行委員でもある田崎の野球部での物語、同じく実行委員でチアリーダーの部長でもある仁藤の過去の物語も描かれていく。四人の物語が絡み合って、最初はほとんど誰もやる気がなかったミュージカルという初挑戦の演目を、必死でやりきっていく。
成瀬という、喋らないくせに感情がダイレクトに伝わる主人公をメインに据えることで、場面場面での物語の色がはっきりと伝わる。多くの登場人物が、今時の若者らしく、何を考えているのかよくわからない、はっきりしない感じで描かれるのとは実に対照的で、喋らないキャラクターが最も雄弁、という描かれ方は非常に面白い。主役ではないが、場面場面で全体の空気を変えるキャラクターも、学園ものっぽい雰囲気を付け足していて良いと思った。
『ぜんぶお前のせいじゃないか』
僕は、自分を縛り付けている縄の存在をようやく認識出来た。成瀬と同じだ。「ホントウ」を捨てたバケモノである自分を、変えるきっかけになれたらいいな。
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