【映画】「敵」感想・レビュー・解説
面白かった。意味不明だったけど、これは面白い。
「意味不明だけど面白い」というのはたぶん、鑑賞前の時点で「原作が筒井康隆」だと知っていたからだと思う。筒井康隆の小説がまともなはずがない。それに、予告編を観ていても、「よく分からなさ」は伝わってくる。だから、「きっとこの物語は、よく分からないまま終わるんだろうな」という前提で映画を観ていたし、それ故に「面白かった」という評価のなったのだと思う。
ただ、もしもそういう前提を持たずに観ていたら、「面白かった」とは思えなかったかもしれない。「なんのこっちゃ分からん」という感覚のまま、モヤモヤして観終えたような気がする。僕はなるべく、先入観を持たずに映画に触れたいと思っているし、普段そういう意識をしているのだが、今回に限っては、多少先入観を持っていて良かった。
ちなみに、公開3日目に観に行ったが、かなり広めの劇場は、7~8割がた埋まっていたと思う。なかなかの注目度の高さと言えるだろう。
さて、というわけで、まずはざっくり内容の紹介をしようと思う。
77歳の渡辺儀助は、10年前まで大学教授として働いていた。専門はフランス近代演劇史であり、その世界ではかなり高く評価されているようだ。今は都内にある広めの古民家で一人暮らしをしているのだが(妻・信子には20年前に先立たれた)、そこには時々教え子たちが来てくれる。演劇の小道具を扱う会社で働く椛島は、傷んだものの修理や雑用などをしてくれ、女性誌の編集者として働く鷹司は時折彼の家に足を運んでは一緒にご飯を食べたりする。旅行雑誌の編集長になった望月は、分野違いの雑誌にも拘らず、今も雑誌連載の原稿を依頼してくれている。
そういう教え子たちとの関係が多少あるものの、彼の生活はとても静かに進んでいく。自ら食事を自炊し(蕎麦を食べる際は、薬味のネギを切ったり、すり鉢でごまをすったりもする)、食後に豆からコーヒーを挽き、パソコンの前に座って原稿を書き(時々迷惑メールが届き、削除する)、時々やってくる新聞屋に代金を支払う。彼は、デザイナーをしている湯島(彼も教え子なのか、あるいはそうではないのかはよく分からなかった)とお茶をしたり酒を飲んだりすることがあるのだが、その湯島に、「いつ自分の貯金が尽きるのかを計算したら、すぐにXデーは分かる」と普段から話をしている。「貯金に見合わない長生きはするもんじゃない」と考えており、そういう意識でいる方が生活にハリが出ると思っているようだ。
湯島とは、「夜間飛行」という名のバーで飲む機会もあるのだが、ある日そこで、オーナーの姪だという歩美と知り合う。彼女は立教大学の仏文学科に通っているようで、渡辺のことも「凄い先生」と認識しているようだ。彼はそれから、一人で「夜間飛行」を訪れては、歩美とフランス文学談義を重ねることになる。
犬のフンを散歩中の女性に注意した隣家の年寄が女性から「臭い」みたいな扱いをされたのを見て石鹸で身体を洗ったり(物置には、お中元などでもらった使い切れない大量の石鹸がしまわれている)、教授時代に仲良くしていた鷹司が家に来る際は仄かな欲望を自制したり、歩美から「『失われた時を求めて』に出てくる料理が食べたい」と言われて検索したりと、ささやかな「非日常」はありながら、彼は淡々と日々を過ごしていく。既に遺言状も書いてある。親族と呼べる人がほぼいない彼は、今も関わってくれる教え子たちに書籍の処分などを託すつもりである。
そんなある日。いつものように迷惑メールだと思って開いたメールに、「敵がやって来る」と書かれていた。北の方から敵がきて、難民が日本に入り込んでいる、そうだ。普段届く「宝くじに当たりました!」「今晩だけ私の相手をして下さい」みたいなメールとは明らかに異質で、しかしネットでニュース記事を読んでもそんなことは報じられていない。やはり迷惑メールの類だろうか。
しかしその日ぐらいから、彼の生活は少しずつおかしくなっていく。明らかにおかしなことが起こり、それが夢であると分かる、みたいな状況が続くことになるのだ。夢があまりにもリアルなため、それが夢なのか現実なのか区別がつかず混乱することも多かった。
やがて夢の中に、死んだ妻・信子も当たり前のように登場するようになり……。
というような話です。
あーだこーだ書いてはみたが、ぎゅっと要約すると、「丁寧な生活をしている元大学教授が、『敵がやって来る』というメールを境に、現実と夢の区別が付かなくなる」というだけの話で、それ以上でもそれ以下でもない。まあ観客視点では、「一体どこから夢が混入していたのか?」というのが謎で、少なくとも僕には、それを区別する術はないように感じられた。だからもしかしたら、「『敵がやって来る』というメールが境ではなく、映画冒頭から夢の混入はあった」みたいな可能性も考えられるかもしれない。
そもそも、「敵」というのが何を指すのかよく分からないし、「敵」が存在するのだとして(つまり渡辺儀助の夢ではないのだとして)、それが物語にどういう影響を与えているのかも不明である。とにかく分からないことだらけで、だから「ストーリーを理解しよう」みたいな感覚を持たない方がいいんじゃないかと思う。
しかし、それでも「面白い」と感じるんだから、まあ不思議な物語だなと思う。
前半はとにかく、「77歳の一人暮らし男性の丁寧な暮らし」がこれでもかと映し出される。料理はもちろん、掃除をしたり、物置のものを庭に並べたりと、日々の暮らしをきっちりと進めていくみたいな感じである。これはもちろん、「元大学教授である主人公の几帳面さ」みたいなものを描き出す描写でもあるが、さらに言えば、「こういう淡々とした生活を送っていた人の日常がどんどんおかしくなってしまう」というギャップを描き出すための初期位置という感じでもあり、作品全体においては重要な要素と言っていいと思う。
しかし、普段の僕なら、こういう「ストーリーそのものとは関係なさそうな無内容な描写」は退屈に感じられることが多いのだけど、本作ではそんな風には思わなかった。その理由ははっきりと説明できないが、間違いなく、長塚京三の演技が素晴らしかったからだと思う。映画『PERFECT DAYS』で主演を務めた役所広司のように、本作でも長塚京三が喋らないシーンが非常に多いのだけど、それでも、その佇まいみたいなものに何か強い「意思」みたいなものを感じさせる振る舞いが多くて、惹きつけられてしまった。
さらに僕は、彼の「生きること」に対するスタンスにとても共感させられた。
ある場面で渡辺儀助は、亡き妻が登場する夢の世界で、こんなことを言う。
【大学教授だったというプライドみたいなものは生活にとって邪魔なんだ。
しかしそれでも、ただ生き延びるために生きることを受け入れられないんだよ。】
彼の、「ただ生き延びるために生きることを受け入れられない」というのは凄く理解できるなと思う。僕も、基本的には同じことを考えている。
とはいえ、今僕は割と「生き延びるために生きている」みたいな状態でもあると言えるわけで、それ故に「生きるの、だりぃなぁ」なんて思っていたりするのだ。
ある場面で渡辺儀助は、授業が退屈だからと大学にあまり顔を出していないらしい歩美に対して、
【というか、学校というのは、退屈との付き合い方を学ぶところだからね】
と言っていた。これは、長年大学教授として働いていた経験からの実感なのだと思うが、同時に、「今まさに自分はそういう状況にいる」みたいな含みも持たせた発言なのではないかという気もした。
そう考えると、「貯金に見合わない長生きはしたくない」という彼のスタンスも理解しやすくなる。彼は、「貯金が無くなる日=Xデー」に向けて淡々と日々を過ごしているわけで、そういう風に考える方が生活にハリが出ると考えているのだった。そしてそれは、「目的地に向かって歩いている」と実感できるような感覚になれるのではないかと思う。
逆に、お金のことはともかく、身体の授業が尽きるまで生きるということであれば、何の目的もなくただ生きている、みたいな感覚になってしまうのだろう。そしてそれは許容できないというわけだ。「貯金が亡くなったら自ら死を選ぶ」という「目的」があるからこそ、自分の足で人生を歩んでいる感覚になれるわけで、それこそが彼が生きていく上では重要な要素というわけなのだろう。
さて、そうなってくると、「『敵がやって来る』と書かれたメールの存在」も、渡辺儀助の夢の世界の話なのではないか、という気がしてくる。「敵」という明確な存在を置くことで、「それと対峙しながら生きていく」という目的が生まれる。
「いやいや、そんなことしなくても、『貯金が亡くなったら自死する』って思ってたら目的がある生き方が出来るんでしょ?」みたいに思うかもしれないが、やはりそうは言っても、「死ぬこと」は怖かったのではないかという気もする。というのも、渡辺儀助は湯島に、「健康診断は人を健康にしない」「人間ドックなんかに行って、わざわざ自分から病気になりに行くなんて馬鹿らしい」みたいに言っていたのだが、その後、血便が出たことがきっかけで病院に検査に行っているのである。まあもちろん、「『死』よりも『障害』や『寝たきり』みたいなことが怖くて病院に行った」という可能性もあるが、そうではなく、「やはり『死』となると恐怖を感じてしまう」ということなんじゃないかという気がした。だから、「自死」とは違う形で「生きる目的」が得られるようなやり方に変えたのではないか……。
というのはまあ、僕の我田引水満載の考え方なのだけど。少しは的を射ていたらいいんだけど。
そんなわけで、実に奇妙で訳わからず、でも面白い作品だった。ラストカットはどういう意味だったんだろうなぁ。それもよく分からなかった。後半に入ると、なんとなく色んな要素に対して「伏線回収」的な描写になっていくので、このラストカットも全体の中で何か意味があるのかなと思ったが、僕にはちょっとよく分からなかった。
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