【映画】「早乙女カナコの場合は」感想・レビュー・解説

本作においてはとにかく、「長津田と一緒にいる時のカナコが良い」ということに尽きる。長津田はダメダメだし、それは本人も分かっているし、カナコも分かっている。それでも、長津田と一緒にいる時のカナコはとても良いし、そのことをカナコ自身も自覚している。

というややこしさが、実に面白い。

さて、少し前に女友達2人(1人はたぶん7歳ぐらい年下、もう1人はたぶん16歳ぐらい年下)と飲んでいる時に、「彼氏に何を求めるか」みたいな話に少しなった。そしてその時に2人とも、「『話が合う』みたいなことは別に求めてない」と言っていたのだ。実際に、それぞれが今付き合っている彼氏は、別に話が合うみたいな感じではないそうだ。僕には、「そうかぁ、それでいいのかー」みたいに感じられてしまった。

さて、2人共別に今の時点で「結婚」だとかなんだとかってことを考えていないようなので、「恋愛」は純粋に「対人関係」みたいな話になるが、「恋愛」は基本的に「結婚」と繋がることが多いはずだし、そういうことも考え始めると「付き合う相手に求めること」には色んな要素が含まれることになる。実にややこしい。

ただやっぱり僕は、「『話が合わない人』とは無理だなぁ」と思ってしまう。「恋愛」であるかどうかに関係なく、「対人関係」においてはすべてにおいてこの「話が合う/合わない」問題が僕の場合は重要になってしまう。というか、ほぼそこしかない。

だからたぶん、長津田とカナコの関係性を「いいなぁ~」みたいな感じで見ていられるんだと思う。

例えば本作には、「5年・10年先の未来を想定して、逆算で今の行動を決めるべし」と語る女性が登場する。もちろん、それはそれで1つの考え方だし、実際にそういうタイプの人もいると思う。そしてそういう人からすれば、「将来」なんて言葉とは無縁としか思えない長津田みたいな人間が視界に入ってくることはまずないのだろうし、長津田を忘れられないカナコのような人間も信じられないのだと思う。

カナコ自身も、頭では「長津田なんかを選ぶべきではない」と分かっている。彼女は、内定先の出版社の上司から好意を寄せられていて、「初めて出会ったまともな人」と表現していた。それはつまり、いかに長津田がまともではなかったかを示すものでもある。ある人物も、長津田と4年も付き合っていたカナコに対して、その忍耐強さを称賛する言葉を掛けていた。

それでも、客観的には明らかに、カナコは長津田といる時が一番良い形をしている。自分を繕わず、自分の言葉で思ったことを口に出来る。普通には他人に頼みづらいお願いも長津田には平気で出来るし、長津田に対して虚栄心だとか劣等感だとかいうややこしい感情を抱くこともない。早乙女カナコが早乙女カナコのままいられるのが、長津田の隣なのである。

そういうのってやっぱり良いよなぁ、ってどうしても思ってしまう。そりゃあ、「スペック」と呼ばれるような要素が多い方が良いのかもしれないけど、でもどれだけ色んなスペックを持っていたって、「その人の隣で、自分自身としていられない」なら、一緒にいる意味なんか無いよなぁ、と個人的には感じられてしまう。

まあ、ここで書いたようなことは昔から分かってたことなんだけど、こういう物語に触れると改めて思考に上ってくるし、そういうタイミングで改めて考えてみて、「やっぱりそうだよなぁ」って思うみたいなことを繰り返している。

もちろん、カナコが最終的にどういう決断をするのかは分からない。学生時代であれば、それこそ「対人関係」というだけで「恋愛」が出来るが、社会人になり、仕事やら将来やらを考え始めるとなかなかそうもいかなくなるだろう。カナコには「編集者になる」という明確な夢があって、そこに向かって必死に頑張っている。それを歪ませてまで、長津田との関係をどうこうするつもりはないだろう。じゃあ、その先は? 仕事である程度目指していた場所までたどり着けたとしたら、「ダメな男との恋愛や結婚」が人生を脅かす可能性は低くなる。そうなった時、改めてカナコの選択肢の中に長津田は入ってくるのか?

ここまで来ると、男の僕にはなんとも答えを導きにくい問題になってくるが、本作ではとにかく、そういうややこしいぐちゃぐちゃした感じが描かれているなと思う。

ただ、「ぐちゃぐちゃ」と書いたけど、別にそんなドロドロした感じじゃない。早乙女カナコを取り巻く恋はかなり健全に展開していく。まあ本作には、「どちらかと言えば不健全」みたいな恋を描かれるが、それにしたってそう大した感じじゃない。

じゃあ何がぐちゃぐちゃしていくのかというと、作中での色んな恋の関係者が、思いがけない形で関わりを持つようになっていく、みたいな展開があるのだ。なるべくネタバレを防ごうと思ってボヤッと書いているので、ここまで来るともはや何を言っているのかよく分からなくなるかもしれないが、本作では「この人とこの人がこんな感じで関わりを持つんだ」と感じるような展開が多く、それもまた面白い。やはりそれは、ちょっとフィクションっぽさを強めてしまう要素でもあるのだけど、本作全体のトーンからはそう浮いているような印象にはならず、良かったなと思う。

特に、ある種の「恋敵」と呼んで良いだろう女性同士の関わりがとても興味深かった。そこには、なんというのか、一種の「連帯」みたいな感覚がある。フィクションの世界ではどうしても分かりやすく、「恋敵=敵対」みたいな構図になりがちだが、現実の世界ではそう単純な感じでもないよなぁ、と思う。そして本作では、「恋敵同士の連帯」みたいな要素が含まれていて、本作の面白さの1つになっていると思う。

しかし、早乙女カナコに橋本愛というのはピッタリだったなぁ。早乙女カナコの、男っぽいというのか、女っぽくいられないというのか、なんかそういう雰囲気は作品にとって必要だった気がするし、橋本愛はそんな雰囲気を出すのが上手かったなと思う。そして、山田杏奈はまさにその真逆みたいな存在感の役であり、こちらもそういう雰囲気を絶妙に醸し出していた。

しかし、公式HPには、「早乙女カナコは恋に不器用」「本田麻衣子(山田杏奈の役)は高校時代ちょっと地味だった」と書かれていて、やはり「橋本愛」「山田杏奈」という役者が演じると、そういう風に見るのは難しいよね、と思ってしまう。この辺りは、生身の人間が演じるデメリットだなと思う。

あと、男としては、作中に出てくるある人物との対比で、「結局長津田みたいな奴がモテるのか!」みたいに感じてしまうだろう。まあとはいえ、「もし自分が女性だったら」と考えると、やっぱり長津田かなぁ、とも思ってしまうのだけど。この辺りも、難しい問題である。

あと、本作と同じく柚木麻子原作でのん主演の映画『私にふさわしいホテル』と連動しているのだろう、のんが『私にふさわしいホテル』と同じ役名で本作にも出演していた。『私にふさわしいホテル』では、橋本愛はカリスマ書店員役として出演していたのでなんか混乱するが。この辺りの繋がりもまた面白い。

というわけで、メチャクチャ良かったというわけではないけど、面白く観られる作品だった。めんどくさい10年間だけど、それでも、長津田とカナコの関係性には「いいなぁ」という気持ちになってしまう。

いいなと思ったら応援しよう!

長江貴士 サポートいただけると励みになります!

この記事が参加している募集