【映画】「空気人形」感想・レビュー・解説
国立映画アーカイブで開催中の「映画監督 是枝裕和」の特集上映。2連チャンで観た2作目が『空気人形』。この作品に関してはとにかく「ペ・ドゥナが可愛い」としか言いようがない。本作に関しては「是枝裕和作品」というより「ペ・ドゥナ主演作品」として観たと言っていいだろう。
ペ・ドゥナはなんか昔から好きで、最初は『ベイビー・ブローカー』で観たんだったかな。それから『あしたの少女』に出てたのも観た。でもどちらも「現在のペ・ドゥナ」で、昔の出演作を知らなかったのだが、その後『リンダリンダリンダ』を観る機会があり、それで初めて若い頃のペ・ドゥナを観た。ちょっと破壊力抜群の可愛さで、『リンダリンダリンダ』もまた「ペ・ドゥナが可愛い」だけで最後まで観れる作品だった。
そして本作『空気人形』も、とにかくペ・ドゥナの魅力だけで2時間ずっと観てられる作品で、正直それ以外の要素はそんなどうってことはないって感じなのだけど、でも全然観れて良かったなという感じだった。
というわけで、まずは物語をざっと紹介しておこう。
秀雄は、ラブドール(性欲処理用の人形)に「のぞみ」という名前を付けて、会話をしたり、公園に連れて行ってベンチで一緒に座ったりと可愛がっている。もちろん、”セックス”もする。
しかしそんなある日、秀雄が仕事に向かった後、突然のぞみは自発的に動き出す(そこから、観客の目にはのぞみは「人形」ではなく「ペ・ドゥナ」として映る)。彼女は部屋にあった服(ラブドールに着せるためのコスプレ衣装)をいくつか試し、その上でメイド服を選ぶ。外に出て、ゴミを捨てながら出勤する人たちを眺めたり、お散歩する幼稚園児と手を繋いだり(「冷たい」と言われてしまうが)と、自由気ままに動く。そして、なんとなく入ったレンタルビデオ店でレジにいた男性(純一)に惹かれてしまった。
のぞみは、ベッドの上で秀雄にキスされながら、「私は心を持ってしまいました。持ってはいけない心を持ってしまいました」と心の中で呟く。
こうしてのぞみは、秀雄がいない日中はレンタルビデオ店でアルバイトし(時純一とデートしたり)、あるいは色んな人と関わりを持って話をしたりする。彼女と同じように身体に線が入った人(実際それはストッキングの線だったのだが)を見かけたり、ベンチに座る老人から「私も空っぽだよ」と言われたりしたことで、彼女は「自分と同じような空気人形が実はたくさんいるらしい」と理解するようになる。
のぞみは、純一に惹かれながらも、日々秀雄の元へと戻らざるを得ない状況であり、だからこそだろうか、余計に純一への想いが募っていく。しかし、ある日純一の部屋に上がった時、元カノだろう女性と映った写真を目にしてしまい、「やはり自分は代用品なんだ」と感じたりもする。映画の知識がない(というか、人間社会の知識全般がないのだが)が故に仕事でも足手まとい(だと自分で思っているだけだが)になってしまい、彼女はなかなか心が晴れない日々を過ごしている。
そんなある日、お客さんが全然来ない店内で純一と2人で仕事をしていた時、ひょんなことから壁の釘に手を引っ掛けてしまい、そのせいで彼女の身体からどんどん空気が抜けていってしまった。純一は驚きつつも、お腹の空気孔から必死に息を吹き込むが……。
というような話です。
自分で書いた内容紹介だが、「なんだそりゃ?」という感じで、よくこんなストーリーが成立してるものだなと思う。エンドロールを見て知ったが、本作は業田良家のマンガを原作にしているようだ。どこまで原作に忠実なのかは分からないが、業田良家のマンガなので原作もやはり変わっているのだろう。
ストーリー展開としては、「突然心を持ったラブドールが、少しずつ人間社会に馴染み、同時に色々誤解しながら、一方で純一への恋心を抱き、しかし否応なしに『代用品』である自分の存在に悲しみを覚える」みたいな感じにまとめていいだろう。ストーリーは全体的に、「自分はどうして心を持ったのか?」「心を持った私はどういう存在であるべきか?」「私は心を持って幸せなのか?」みたいなのぞみが抱く色んな疑問を起点に展開されていく感じで、それ故に、「人形が心を持つとはどういうことか?」みたいなことが物語の底流にずっと存在しているという感じだ。
なのだけど、その辺りの掘り下げとか価値観の提示が凄く良かったかというと、うーん、別にそうでもないかな。「心を持ったが故に人を好きにもなるし、苦しさも抱くようになる」という話と「自分は心を持ったところで所詮『代用品』であることからは逃れられない」という話を踏まえた上で想像できるような物語展開という感じで、正直その点はさほどでもなかった。
のだけど、ARATA(井浦新)が演じた純一の「性癖」(と言っていいのか?)みたいな話はなかなかぶっ飛んでて、その展開はかなり興味深かったなぁ。全然意味は分からないけど。まあでも、純一の「性癖」と、のぞみがこれまで経験してきた「人間界の常識」みたいなものが上手く(というか「最悪な形で」)混じり合ったことで引き起こされるラストの展開はなかなか想定外という感じだし、その帰結としての「ゴミ捨て場に横たわるペ・ドゥナ」の「汚れ美しい」みたいな感じは素晴らしかったなと思う。良いラストだったなぁ。
で、やはり本作の魅力は徹底的にペ・ドゥナにあるなと思う。そもそも本作でペ・ドゥナはかなり体を張っていて(彼女に「体を張った」という感覚があるのかは知らないが)、肌色多めのシーンが結構ある。男子としてはそういうシーンも「おぉ!」となりはするが、それよりやはり、「それまで人形だったのに、突然心を持ち始めて、人間界のルールが分かってないまま恋をする」みたいな設定に付随する言動すべてが凄く良かったなと思う。
例えば、シーンとして面白かったのは、純一と一緒にレストランで食事をしているシーン。隣の席にいた幼い女の子が父親から「ブロッコリーぐらい食べなさい」みたいに言われているのだが(ニンジンだっけ?)、女の子がその後、父親が観ていない時にフォークで刺したブロッコリーを捨て、食べているフリをするのだ。そしてそれを観ていたのぞみも、フォークで刺したニンジンを捨てて食べるフリをする。のぞみはこんな風に、「周囲の人間の行動を真似する」みたいな形で人間界のルールを学んでいくのだが、それらすべてが「正解」ではないが故に、色んな場面でチグハグになっていく感じが面白い。
また、純一に恋する感じもとにかく素敵でずっと見てられるなと思う。純一が教えてくれる映画の知識を覚えたり、海辺でキレイなもの(ラムネの瓶?)を拾ってバッグにしまったり、夜自分の影だけ薄い(中身が空気だから)のをバレないように立ち位置を変えてみたりするなど、いちいちその行動が可愛い。さらに、彼女は自身のアイデンティティとして「秀雄に属する代替品である」とも認識しているので、「純一のことが好きだけど、堂々と純一と付き合ったり、好きだと伝えたりは出来ない」みたいな葛藤も抱えているように思う。そういう姿も良かったし、とにかくペ・ドゥナの振る舞いが素晴らしかった。
映画『リンダリンダリンダ』でもそうだったが、ペ・ドゥナの「ニヤッと笑う顔」は特に良くて、本作だと、純一に「私にしか出来ないこと?」と聞いた後の笑顔がメチャクチャ素晴らしかった。良い笑顔を見せるよなぁ。
というわけで、最初から最後までペ・ドゥナの魅力爆発の作品だった。
で、個人的にどうしても良く分からなかったのが、「のぞみは一体何に見えているのか?」という点だ。
のぞみは、秀雄にはどうも「人形」に見えているらしい。しかし、秀雄以外の人には「人間」に見えているようだ。この理屈が良く分からなかった(そこに理屈があるのかもよく分からないが)。まあ説明をつけようと思えば、「人は他者を見たいように見る」という感じになるだろう。秀雄はのぞみを「人形」だと思いたいから人形に見えている。一方で、秀雄以外の人には彼女は特に「人形」である必然性はないわけで、だから「人間」に見えているというわけだ。解釈するとしたらこれぐらいしかないよなぁ。まあもしこの捉え方が正しいなら、そこにもまた「代用品」的な視座が入り込むかもしれないし、それはそれで面白いかもしれないが。
とはいえ、そういう「物語上の整合性」などどうでも良くなるぐらいペ・ドゥナが素晴らしかったので、個人的には観れて満足である。とても良い機会だった。
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