【映画】「ふつうの子ども」感想・レビュー・解説

これは面白いなぁ。メチャクチャ良かった!ストーリーは、シンプルと言えばシンプルで、「子どもの世界だから成り立つ」という感じもするのだけど、ただ、本作の子どもたちの眼差しは、客席にいる者も含めた「大人」に向けられているわけで、そういう意味では「シンプルだねぇ」なんてのんびり言ってられない部分もある。凄く現代的でありながら、同時に普遍的なものも描いているという、まあなんというか、ホント「絶妙」としか言いようがない作品だった。

まずはざっくり内容の紹介から始めよう。

上田唯士、10歳。学校の作文の宿題を授業で発表している時、同じクラスの三宅心愛に惹きつけられた。

「大人の言うことは聞きたくない」というのだ。

と言ってもこれは、環境問題の話である。彼女は環境問題について熱心に学んでいるようで、「空の上に二酸化炭素を溜め込んだのは大人だ」「私たちは学校でああしろこうしろと色々言われているのに、大人は環境を破壊したまま何もしない」みたいなことを堂々と主張したのだ。

惚れた。唯士は心愛に惚れた。だから彼も、環境問題について勉強することにした。ネットで調べたり、図書館で心愛を待ち伏せしたり。もちろん、「環境問題について知りたい」という気持ちは持っているのだが、それは「心愛の気を引きたい」だけであり、だからどことなく中途半端だ。

自宅では母親に「ゴミの分別が出来てないよ!」と突然言い始める。一方で、心愛から「牛肉1kgを作るのに23kgのメタンガスが出る」という話を聞いて「肉は食べないことにしようかな」と宣言してみるものの、たぶんホントは食べたいと思ってる、肉。ちなみに心愛は、野菜と魚しか食べないそうだ。

さて、そんなある日、かなり暴力的なクラスメートである橋本陽斗が、何故か唯士に「お前なんかやるんだろ?」と言ってきた。環境問題の話である。「何かって、何???」と思っている唯士のところにやってきた心愛が陽斗の話を聞いて、「そうだよね!実際に行動を起こさないとね!」と盛り上がっている。彼女は当然、環境活動家であるグレタ・トゥーンベリの動画(「How dare you」で有名なやつのオマージュ的な映像が本作でも流れた)も観ており、彼女も「何かしたい」という気持ちを抱いていたのだろうと思う。

唯士はよく分からないまま、でも心愛がやるって言ってるから断れるわけもなく、彼らと一緒に「環境問題を啓発する活動」を行うことにした。チラシから文字を切って「車を使うな!」「肉を食べるな!」というビラを作って街中に貼る(筆跡がバレないようにチラシを切り抜いているのに、そのビラに手書きで文字を書いちゃううっかりさ)というのが主な活動だ。

3人はこうしてしばらく「環境活動家」として秘密裏に活動を続けていたのだが……。

というような話です。

本作の魅力的な部分は色々とあるのだが、まずは何よりも、唯士を演じた嶋田鉄太が最高すぎる。この子、メチャクチャ良い評定するんだよなぁ。困ってたり嬉しかったりみたいな「感情が分かりやすく表に出るような状況」の表情も良いのだけど、それだけじゃなくて、そもそもの顔がなんか良い感じだ。普通にしててもちょっと困り顔というか、どことなく自信なさげというか、ちょっと空気の抜けた風船というか、なんかそんな感じがあって、凄く「見てられる顔」だなと思う。彼を主演にしたのは大正解だろう(あるいは、彼ありきの企画だったりするかもしれない。そういう可能性も全然あり得ると思う)。

そしてそんな彼が、そんな「ちょっと困り顔」で、言い淀んだり言葉が出なくなったりする感じがメチャクチャリアルで、なんか凄く素敵だった。彼の良さは、他者と絡んだ時に発揮されるんじゃないかと思うから、彼一人ではその魅力は出せないかもしれないが、ただ、そういう制約を無視すれば、「嶋田鉄太だけでも十分画として成立する」みたいな感じがした。公式HPには、嶋田鉄太について「気鋭の監督たちに愛されてきた」と書かれているのだけど、「それは分かるなぁ」という感じだった。素敵な役者を見つけたなぁ、という感じである。

そして、そんな嶋田鉄太演じる唯士を含め、メインの役どころである心愛、陽斗の3人の関係性がまあ絶妙だった。「とにかく普通じゃないことがしたい陽斗」と「環境問題について本気で啓発したい心愛」、そして「心愛が好きってだけで加わっている唯士」という3人が、絶妙な関係性を築いている。

唯士は正直なところ、あまり自分の意思みたいなものを持っていなくて、だから環境問題についても「心愛が大変って言ってるから大変なんだろう」ぐらいの認識でいる。普段の日常生活でも、唯士が状況を引っ張ったりすることはないし、「受け身」と表現するとまたちょっと印象が変わってくるのだけど、「その場の状況に合う感じで上手いことやっていくよ~」みたいなキャラクターである。

そして心愛はたぶん、そんなスタンスの唯士がそんなに好きじゃないんじゃないかな、と思う。もっと自分の意見を持っていて、リーダーシップを発揮できる人が好きなんじゃないか。でもそれはそれとして、環境問題に関心を持ってくれていること自体は嬉しいから関わっている、みたいな感じだろうか。

で、だからこそ心愛は、行動力がある陽斗の方に親和性を感じているんだと思う(好きとかどうとかってことではなく、「話が合う」みたいな感じかな)。でも唯士からすれば、陽斗は暴力的で自己中心的で嫌なことをしてくる奴でしかないから、そんな陽斗が心愛と仲良くしている状況にモヤモヤする。そしてだからこそ、「自分ももっと頑張らないと」と思ってしまうのだ。

さて、今のこの説明でざっくり理解してもらえたと思うが、この3人には「ブレーキ」になる人物がいない。本来的には唯士がそういう役目を担うような性格だと思うのだけど、唯士は「心愛に好かれたい」という気持ちを原動力にしているので、「ブレーキ」のような役割を果たせない。そしてだからこそ、彼ら3人はなかなかの暴走をしてしまうのである。

そういう感じも凄くリアルで良かったなぁ。

しかも彼らには、「ブレーキを掛ける必要なんてない」みたいに思い込める要素もあった。それが「環境問題について啓発しようとしているんだ」という彼らの動機である。つまりこの3人は、「良い結果を導こうとしてるんだから、そのための行動ならしょうがないよね」みたいな感覚を多少なりとも持っているのだ。

唯士も、別のことだったらきっと、そんな「暴走」には加担しなかったんじゃないかなと思う。でも、「環境問題の啓発」は「良いこと」に思える。自分たちがしていることは、もしかしたら良くないことかもしれないけど、でも、それが良い結果を導くならダメとも言えないんじゃないか。そんな葛藤を唯士が語るわけではないけど、彼は心の中でそんな風に感じていたんじゃないかと思う。

そして恐らくその感覚は、母親とのやり取りの中でも膨らんでいったんじゃないかというのが僕の仮説である。唯士が突然環境問題に目覚めた後、母親はそれを否定したりせず応援するスタンスを取るのだが、しかしやはり、そう積極的というわけではない。「お肉ぐらいは食べようね」と言ったり、唯士が環境問題についての映像を見ている時に夫と喋っていて唯士から「うるさい」と言われたりしていた。

心愛は、「環境問題は大人のせいなのに、大人は全然関心を抱かない」みたいなことを言っていて、だから唯士は「お母さんもやっぱり環境問題に関心がないんだな」みたいに感じたんじゃないかなと思う。だから余計に「大人にちゃんと啓発しないと!」みたいな気持ちが強くなった可能性はある。

しかし、映画の話からは少し外れるが、これ、結構難しい問題だよなぁ。心愛みたいな人って実際に結構いる気がしてて、で、そういう子どもが何らかの形で「環境活動家」的なことをし始めたら、大人はどうしたらいいのか。

なにせ、「大人のせいで環境問題が酷くなっている」というのは、まあ事実なのだ。まあ、「その恩恵を子どもだって受けてるんだよ」ぐらいのことは言えるかもしれないが、ちょっと弱いよな。僕自身、環境問題についてはノンフィクションやドキュメンタリーで結構触れていて(それこそ、グレタ・トゥーンベリのドキュメンタリーも観たことがある)、「地球が相当ヤバい状態にある」ということはそれなりに理解しているつもりだ。今から本気の対策をしてもどうにもならないかもしれない、という状況にある中で、僕も含め、「本気の対策をしようと思っている大人」はあまりいない。唯士は母親から「唯士がお肉を食べるぐらい、大丈夫じゃない?」と言われるのだが、恐らくみんながみんなちょっとずつ「自分ぐらい大丈夫」みたいに思っていて、だから誰も何もしないんだろうなと思う。

だから「啓発が必要」というのはその通りだし、若い世代(もちろん唯士たちも含む)がそういう活動に力を入れることはいいことだと思う。

さて、そんな話をしていたら、以前観た『アニマル ぼくたちと動物のこと』という映画のことを思い出した。この作品には、2人の若き環境活動家(共に16歳)が登場する。彼らは「現状のヤバさを訴える投稿をSNSにしたり、デモに参加したりしている」のだが、しかしそれで世界が変わる気はしていない。だから、(どういう経緯があったかは不明だが)監督から「世界の環境問題の現実を見て、専門家の話を聞こう」という申し出に乗っかったのだ。

そしてその中で、彼らが印象的なことを言っていた。ざっくり言うと、「自分たちが知らないだけで、解決策は既に存在しているんだと思っていた」というようなことだ。つまり彼らは、「専門家は既に答えを知っていて、だから自分たちがそれを広める手助けをすれば問題は解決する」と思っていたようなのである。

しかし実際には違った。彼らは「誰も解決策など持っていないし、誰も未来のビジョンが見えていない」という事実を理解したのである。

そう、これは「原子力発電の放射性廃棄物問題」と同じようなもので、「喫緊の課題なのに、誰も解決策を知らない」という、全人類が抱える大問題なのだ。にも拘らず、僕も含めだが、大人は何もしない。年配の人であればあるほど、「自分が生きている間は大丈夫だろう」みたいに考えているからだろう。環境問題に、若い世代ほど関心が高くなるのも当然だと思う。

というわけで脱線したが、要するに「若い世代が環境問題に関して大人を啓発しようとする行動」は完全に合理的だと僕は思うし、彼らはその手段をちょっと間違えてしまったかもしれないが、とはいえ、大人がこんな世の中にしなければ彼らだってあんな行動はしなかったわけで、「やっぱり大人が悪いんじゃね?」と思う。

だから個人的には、子どもたち3人には「ガンバレ!」って思っちゃったし(まあ、自分があの街に住んでたらどう感じるかは分からないが)、むしろ、本作に登場する大人の方に違和感を覚えてしまった。

そしてそういう話で言うと、瀧内公美はやっぱりさすがですね。特に「普通っぽいのに狂気的な人」を演じさせたらピカイチだよなぁ。本作では、後半のあるシーンにしか登場しないのだけど、それでも、その存在感は圧倒的だった。役柄的にはメッチャ嫌な奴だけど、瀧内公美の演技にはメチャクチャ惹きつけられた。素晴らしい。

僕は結婚してないし子どももいないから「子育ての大変さ」とかもちろん分からないわけだけど、とはいえ「そんなんでええんやろか?」みたいに感じる親は色々いるんだろうし、瀧内公美演じる母親にも、陽斗の母親にも、そんな感じのことを感じた。唯士の母親(蒼井優)は結構良い感じの親に見えたけど、彼女は子育ての方針で夫と揉めてる感じだった。

子育てに正解はないと思ってるけど、ただ本作を観ていて、「『環境問題に関心を持っていること』を評価しようとする大人」がほとんどいなかったことが残念だったなと思う。それは親だけではなく、教師も同様だ。本作では、心愛の作文を聞いた際の担任の教師(風間俊介)の反応がイケてなかったなぁ、と思う。っていうか、やっぱり「心がない風間俊介」感が絶妙で、良い存在感を放っていたなと思う。

さてそんなわけで、環境問題的な話とかそれに対する子どもたちと大人たちの反応の差なんかも面白かったのだけど、後は、主役の3人以外の子どもたちも凄く良かった。この映画、どんな風に撮ってるのかよく分からないけど、「子どもたちが大勢いる場面」では「演技してる」みたいな感じが全然ない。唯士、心愛、陽斗たちのやり取りにはもちろんセリフがあるだろうし、この3人以外にも割と取り上げられる子たちにもセリフはあると思うのだけど、そうじゃないクラスメートとかは「結構自由に喋ってるんじゃないか」みたいに感じさせられた。いや、実際の撮影のことを考えたら、子どもたちの「自由に喋ってねー」なんて言って喋ってくれるとは思えないから、たぶんセリフはあると思うんだけど、でもそんな風に全然感じさせない雰囲気の映画で、「どんな風に撮ってるんだろうな」ってところが気になった。「凄く自然な小学校の教室」みたいな感じで、いいなぁと思う。ちなみに、観ている時は「もしかしたら実際の小学校でドキュメンタリー的に撮ったのか?」と思ってたのだけど、公式HPに「彼らのクラスメイト役はすべてオーディションで選ばれ」と書かれているのでそうじゃないことが分かった。まあ、どうあれ、こんなに自然な感じの小学生を撮るのは大変だったんじゃないかなという気がする。

というわけで、実に素敵な作品だった。やっぱり、シンプルな物語は強いよなぁ。あとはやっぱり、主演の嶋田鉄太が最高。素晴らしかった!あと、瀧内公美も最高だった!

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