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「話が合わないこと」の絶望

「これはしんどいなぁ」と感じる状況は色々思い浮かぶが、僕にとってはやはり、「話が合わない」と感じられる状況が一番絶望的だなと思う。これはホントにしんどい。

これは結構、子どもの頃から感じていた気がする。僕が割と覚えているのは、「笑うタイミングを間違える」というミス。僕は、周りの人間が話していることの面白さとかが全然理解出来なかったので、「きっと今笑うんだろうな」みたいなタイミングを予想して笑う、みたいなことをしていた。だから時々、僕しか笑ってないみたいなタイミングがあって、「何笑ってんの?」とか言われてしまうのだ。「ちゃんとした人間」として振る舞うのが、なかなか難しかった頃のことである。

今は「世間」っていうソフトをそれなりにちゃんとインストールしているので、そういうバグは起こらない。笑うタイミングを間違えるようなことはなくなった。けど、「やっぱり話合わないよなぁ」という感覚は、結局そのまま残っている。というか、「世間」をインストールしたからこそ余計に、「合わなさ」みたいなものが強く浮き彫りになってきたとも言えるかもしれない。

しかしそんな僕が、今では誰とでもどんな状況でもペラペラ喋れるようになっているのだから、自分でも本当に驚く。20年ぐらい前の自分に言ったら、とても信じないだろう。それぐらい僕は、昔とは別人になったと思う。

さて、「話が合わないな」という感覚をもう少し掘り下げると、「立っている土俵が違う」という感じがする。まったく同じモノを見ている人でも、立っている土俵が違うなと感じられると、その人とは感覚が全然合わない。一方、見ているものや興味関心がまったく違っていたとしても、同じ土俵に立っている相手とは、共通の話題が1つもないとしてもずっと喋っていられる。「うわぁ、メチャクチャ話合うな」と思う。僕は大人になってから、そういう人と割と出会えるようになったので、本当に良かった。

そんなわけで僕は、特に初対面の人の場合、「自分がどんな土俵に立っている人間なのか」ということが相手に伝わるように振る舞っているつもりだ。そうすると、同じ土俵にいる人が反応してくれたりする。そういう瞬間のために生きていると言っても過言ではないだろう。

今NHKで『テミスの不確かな法廷』というドラマがやっている。発達障害の裁判官の物語だ。「普通の人のルールが分からない」「自分は宇宙人」という感覚を持つ主人公が、「六法全書は、人の世界で生きるためのルールがちゃんと書かれていて、助かったと思った」みたいに感じ、法曹の世界を目指したそうだ。僕は彼ほどではないが、とはいえ「自分は宇宙人」みたいな感覚は無くはない。「世間」をインストールしてなかったら、きっと僕も彼のようになっていただろう。

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