【映画】「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」感想・レビュー・解説

なかなか凄まじい話だった。冒頭で「実話を基にしている」と表記されるが、観ながら「一体どこまで事実なんだろう」とは思っていた。それぐらい「イカれた話」なのだけど、ただ、映画の最後に表示された字幕から考えると、本作の大枠の物語は恐らく事実なんだろうなと思う。凄い世界である。

観始めた時は、「映画『セッション』のような世界が描かれるのだろう」と思っていた。『セッション』は、世界最高峰の音楽学校を舞台にした「壮絶な指導」を描く物語で、確かに状況としては近いものがある。ただ、本質的に大きく異なる点があった。

主人公のアメリカ人バレリーナであるジョイ・ウーマック(たぶん彼女の名前が「JOIKA」という表記で、ロシア語読みだと「ジョイカ」になるのか、作中では「ジョイカ」と呼ばれていることが多い)は、ロシアのボリショイ・バレエ団のプリマ・バレリーナになることを夢見ている。そしてそのため単身ロシアへと渡り、ボリショイ・バレエ団の下部組織みたいな感じなのだろう、アカデミーの練習生になった。

これだけでも相当に凄いことだ。アカデミーにもアメリカ人はまず入学できないからだ。それは「アメリカ人」ではなく「外国人」だから、つまりボリショイ・バレエ団というのは「ロシア人であること」を重視しているのだ。実際、毎年5000人もの人がボリショイ・バレエ団に応募するが(その中にアメリカ人や外国人がどのぐらいいるのかは分からない)、これまでボリショイ・バレエ団に入った者はいないそうだ。

作中のある人物は、「ボリショイはロシア皇室みたいなもので、月で踊る方がまだ簡単だよ」と言っていた(たぶんこれは、アメリカが月面着陸を成功させているからこそのジョークなんだと思う)。ロシア人ではない人間にとって、ボリショイ・バレエ団に入るより月に行く方が簡単だ、というわけだ。

そう本作では、「バレエの実力」だけではなく「出自」も重視されるのである。そういう意味で言えば、歌舞伎の世界に近いのかもしれない(歌舞伎にしたって、ここまでガチガチではないと思うが)。

そういう中で、ジョイがどのように奮闘し、闘い、壊れ、狂気に塗れていくのかが描かれていく物語である。

特に、中盤以降の展開はなかなか凄かった。具体的には触れないが、あまりにも理不尽な状況に対して、狂気的なやり方で対処しようとするのだ。ジョイは、血塗れの足を氷水に浸けたり、翌日オーディションだというのに深夜まで練習したりと自分を追い込み続ける。個人的には「そうまでしてボリショイ・バレエ団を目指す執念はちょっと信じがたい」みたいに感じていたのだが、中盤ぐらいで彼女が決断した「狂気的なやり方」を知って、「なるほど、それほどの想いがあるのか」と思わされた。ちょっと普通ではない決断を、バレエのためだけにしてしまうのである。

作中では、かつて伝説的なダンサーだった教師ヴォルコワが凄まじく厳しい指導をしているのだが、その中で、「役のために何が出来るのか問い続けろ」「バレエにすべてを捧げられるか」と生徒たちに訴える場面がある。そしてジョイには、「努力出来ることであればすべてを捧げる」つもりがあったというわけだ。実際彼女は、少なくとも本作中では(実際のジョイ・ウーマックがどうだったかは知らないが)、弱音を吐くことは無かったし、言い訳もほとんどしなかった。「自分の意思で努力出来ることについては、徹底的に突き詰める」という覚悟を持ってロシアに来たのだなということがはっきりと理解できたというわけだ。

そしてその上で彼女には「ロシア人ではない」という、自身の努力ではいかんともし難いハンデを抱えていたのである。常に「限界以上」を求められる環境の中で、ジョイは不屈の精神であらゆることを乗り越え、ちょっと信じがたい状況にまで自身を引き上げることに成功している。

ホントに凄いものである。

公式HPには、実際のジョイ・ウーマックの経歴も記載されているのだが、ざっくり言えば本作でなぞっている感じの歩みを辿っている感じだし、それは彼女が、本作で描かれているような「限界を超えた狂気」に達していたことを示唆しているんじゃないかと思う。

ただ、個人的に一番酷いなと感じたのは、「不可能を乗り越えた先の世界」での出来事である。これも後半の物語なので詳しくは触れないが、「マジでそんな世界なのかよクソだな」みたいな状況であり、ジョイとしては一層落胆させられたのではないかという気がする。しかしそれでもジョイの憧れが消えることはないわけで、そんな「クソみたいな世界」でもどうにか奮闘しようと努力するわけだが、結果としては墓穴を掘ってしまうみたいな感じになってしまうのだ(これが実話なのかはちょっとなんとも言えないが)。

ジョイはある場面で、両親に対してこんなことを言っていた。

【あの子は死んだ。】

【必死に頂点を極めようとする自分を嫌いになりたくない。
自分の野心や理想を嫌悪したくないの!】

「あの子は死んだ」の意味はちょっと分からないと思うが、それでいい。とにかくこれは、絶望の底にいたジョイが「それでもどうにか踏ん張りたい」と、自分を鼓舞するために絞り出した言葉であり、その力強さと狂気には圧倒させられた。

そんな本作を観ながら僕は、「ある意味では羨ましくはある」と、こういう作品に触れる度に考えてしまうことを改めて思い巡らせていた。というのも、「どれだけ心が引き裂かれても、それでも『目指したい』と思える場所があるなんて素敵じゃないか」と思うからだ。

なかなかそこまでの強さで何かを思える人はいないと思うが、そういう話ではなく、そもそも僕は「強く熱中したり、目指したりしたいと思えるような何か」が別にない。だからジョイのように「ボリショイ・バレエ団のプリマ・バレリーナになりたい!そのためだったらなんだってする!」みたいな状況には、少し羨ましさを感じてしまうのだ。

もちろんそれは、しんどい人生でもある。ジョイが追い求めるものは明確であるが故に、それ以外のものでは代替出来ないからだ。金があっても、名誉を得ても、美味しいものを食べれていても、「ボリショイ・バレエ団のプリマ・バレリーナじゃない」のなら、「幸せ」ではないのである。そんな人生はちょっと辛すぎるだろう。

しかし彼女は、そんなしんどい人生を揺るぎなく歩み続ける。その姿には、ちょっと圧倒されてしまうだろう。生きていることがある種「自傷行為」でもあるような人生の中で、「痛みを感じていることは、プリマ・バレリーナに近づいている証拠」みたいに感じている節もちょっとあって、そういう「自ら追い詰めるような振る舞いをしている」みたいな危うさがちょっと恐ろしくもある。

と書いていて思い出したのが、映画『ノーヴィス』だ。こちらも監督の実話を基にした映画で、大学時代のボート部が舞台である。誰にも強要されていないのに、他を圧倒する練習をこなし続ける女性が主人公で、その狂気に似ている感じもあるなと思った。

一流の世界で常に競争に晒されながら生きていくというのは、常にそういう「狂気」と隣合わせなのだと思うし、やはり自分にはそんな生き方は出来ないよなと感じさせられた。

あと、映画を観終わってから知って驚かされたのが、本作の主演女優である。てっきり「バリバリにバレエをやってた、演技は新人の女優」みたいな人だと思っていたのだが(本作は、相当のレベルでバレエが踊れないと成立しないので)、実は、映画『17歳の瞳に映る世界』や映画『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』などに出ているタリア・ライダーという女優なのだそうだ。どちらの作品も観ているから「それぐらい気づけよ」という感じかもしれないが、僕はなかなか人の顔を認識出来ないのでしょうがない。

調べてみると、タリア・ライダーはダンス経験はあるそうだが(コンテンポラリーダンサーだと言っているようだ)、たぶんバレエはちゃんとやっていなかったんじゃないかと思う。だからこの役を演じるために1年間トレーニングを積んだそうだ。いや、1年間トレーニングしたぐらいで出来るレベルの動きなのか僕にはなんとも分からないが、ちょっと凄すぎるんじゃないかと思う。多少の吹き替え(顔が見えないシーンで別人が踊る)みたいなことはあるかもしれないが、本作では、彼女が実際に踊っていないと成立しないだろうみたいな場面が多いので、よくやりきったものだなと思う。ホントに役者というのは、「やらなきゃならない」となった時の馬力が凄いなと思う。信じられん。

僕にはバレエの知識は全然ないが、そんな人間でも十分圧倒させられる世界が描かれているし、描かれる狂気には驚愕させられるのではないかと思う。正直、あまり観る予定ではない映画だったのだけど、観て良かった。ってか、タリア・ライダーいいなぁ。映画『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』は意味不明だったが。

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